第33話 パワーで押し込む

「初めまして、かな。コウモリ野郎」


 ……ったく、何だって言うんだ。


 この男は俺の知らないことを知っている。

 

 イライラする、モヤモヤする。全てをぶち壊してしまいたい……だが、我慢だ。

 そんなことをすれば思う壺。

 努めて冷静に冷静に。


「……コウモリじゃない、俺は魔軍総司令だ。くだらん戯言に付き合う気はない」

「ははっ、いいね。あくまでもそのまま行くっていうならそれも一興」


 レイスの踏み込みに合わせ剣を重ねる。


 致命の剣戟、その最中。

 精神的優位に立っていると確信しているであろう彼は次々に口撃を繰り出してくる。


「でも、それじゃ僕には勝てない」


 一撃が徐々に重くなる。


「勝つさ」

「それ、どの立場での言葉? だとしたら残念ながら無理だね。もう勝負は決してる」


 レイスの突きが俺の頬を掠める。


 代わりに俺のカウンターがレイスの右肩を裂く。


「今ここでお前を討つ」

「あはっ、それは魔族側の言葉だね。はっきりわかるよ」


 二度、三度、浅くレイスを斬り裂き押し込んでゆく。


 明らかに俺の方が強い。

 それなのにこの男の顔から余裕の色が消えない。


 対照的に俺は……


「お前……お前は何を知っている!? 答えろ!」

「おおっと? らしくないね。答えるって何をさ」

「全部だ」


 ゾッとするほど低い声が出た。


「はっ、傲慢だね。でも、当然だけど──」


 レイスは飛び退きながら口角を上げる。


「教えない」

「貴様ッッ」


 視界が一気に狭まる。

 こいつをっ、今ここで! 斬り伏せなければならない!

 

 かつてないほど神経を逆撫でられ、


「止まれ総司令殿! 罠だ!!」

「──っ!?」


 追撃を仕掛けようとしていた俺を制止する声を受け、カリュオーンを地面に突き刺して急ブレーキをかける。

 

 一寸先の虚空を巨大な魚型の魔物が丸呑みした。


 エルを捕らえた一手だ。


「はぁ、はぁ……助かった。礼を言う」


 完全に我を忘れていた。


「お互い様だ。救援が無ければ私はやられていた」


 時間をかけ、何とか魔物の襲撃を抜け出したエルが俺の隣に立つ。


 無事ならよかった。

 結果オーライ、このまま奴を叩き、全てを軌道修正する。

 

 いや、したい──が正しいか。

 2対1だというのに、奴の余裕は消えない。


「あらら……時間切れかな。残念」


 肩を竦め、じりじりと足を後退させる。


「レイス……といったな。私と総司令殿で柔軟に魔物を捌けば貴様を討つことなど容易い。もう大道芸は通じんぞ」


 レイスが臆したと感じ取ったのかエルが剣に炎を纏わせ威圧する。


「大道芸……? ああ確かに、ここで僕が見せたものはお遊びのようなものさ。本命は既に送り込んである」

「どういう意味だ?」

「さっき地中を移動する魔物は見たね」

「ああ」

「この世界の人々は雨のせいで上ばかりを気をつけているけれど、少々不用心だ。もし僕のような統率者がいれば──」

「……おい、貴様。まさか……!?」

「ああ、想像通りだね。早く戻ったほうがいいよ。ずっと強い魔物を選んだから」


「──っくそ! 総司令殿! 一刻の猶予もない。戻るぞ!!」


 エルが俺の肩を叩き、指令の催促をする。

 

 しかし、俺の身体はすぐに動こうとはしない。


「おい!」

「あ、ああ……」


 エル、君は気づかないのか。


 プリシラは転移魔法の使い過ぎで、もう大軍を動かすことはできないだろうし、。この場に彼女より優れた空間魔法使いがいるからだ。


「エル……戻るには今ここで奴らを倒す必要がある」

「何だと?」

「この場のどこかに優れた空間魔法使いがいるはずだ。行きは許してくれたが、帰りはそうもいかないだろう」

「例の、プリシラ以上の術者か」

「ああ」


 もっとも……そいつの姿が見えないのが致命的だ。

 レイスが使役する魔物の口内に食わせて、地中に隠れている可能性だってある。


「いや……問題ない。カリュオーンの力を解放し、レイスを追い詰めればノコノコと現れてくれるはずだ」

「だが……いいのか? その力は日に何度も使えるものではないだろう?」

「アリア様の救援に行けないよりはマシだ。さぁ──」


 行くぞ。

 そう声を掛けようとした瞬間、エルの姿が消えた。


「だめだめ、一対一サシでやろうよ。せこいのは禁止」

「……どこへ飛ばした?」

「お望み通り魔王アリアのもとへ。でかい爺さんも送っておいたよ」


 レイスは飄々と言葉を続ける。


「元々、君がここにやってくるかどうか見たかっただけなんだ。本当に僕らの味方のままなら、あのままドラゴンのお姉さんが死んでても問題なかったはずでしょ」

「……」

「そんなわけで、君はもう信用できないことがわかったからもういらない。部下のみんなには良い感じに誤魔化しておくから、国のために死んでおくれよ」


 ……


 レイスの言葉は、俺を常に先回りしている。


 俺を信用できないのは間違ってないし、否定はしない。


「なあ、お前」

「レイスとは呼ばないんだね」

「……お前の能力は問わない。せめて目的だけでも教えてくれ」


 問うとレイスはニヤケ顔をやめて、驚くほどに優しい声を出す。


「愛する人のためだよ」


 愛しそうに、物悲しそうに、けれど確かな意志を以て。


 彼はスッと剣を突き出す。


「納得したかな?」

「…………ああ。一つ、俺を倒す算段はあるのか?」


 カリュオーンの力を解放すれば、レイスがさっきみたいな小細工をする前に倒し切る自信がある。

 速度で圧倒し、パワーで押し潰す。

 それで終わり。

 

 だが、カリュオーンの威力くらいレイスも承知の上のはず。


 何かを企んでいるな?


「いや……答えなくていい」


 問答無用。

 組み伏せてから聞けばいいのだ。

 俺をここに引き寄せた理由の一つに、アリアとの共闘を防ぎたい──とかも考えられる。

 そも、話がしたいだけなら此処である必要がないからな。


 カリュオーンの同化率を40まで上げ、爆速でレイスに斬りかかる。


「うぉわ!? ちょ──っ、おしゃべりは!?!?」

「これ以上は無駄だと判断した」


 俺が力を上げるとレイスも剣に最大限魔力を纏わせて対応してくる。

 

 この感触──フルパワーだな。

 だが弱い、十二分に押し切れる。


 そうなれば、


「引きちぎれ!」


 周囲の魔物が一斉に俺めがけて向かってくる。


 構うものか。

 防御魔法でダメージを最小限に抑えて、このまま一撃喰らわせる。


「ああっ、くそっ、やっぱり地下世界産じゃないと止められないか! それにしても遅すぎる! 聖剣はまだなのか!!」

「聖剣?」


 いい。

 何もかも斬り捨てて、このまま討──


「あら総司令殿。それはよくないですわ」


 勝てる。

 その確信を以て振るった薙ぎの一閃は、地面に突き立った先端に竜の頭を象った錫杖によって止められた。

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