第30話 天命に賭けて

 天蓋のような黒雲は綺麗さっぱり消え去った。

 台風の目のように天に開いた大穴は暫く元の自然な姿には戻らないだろう。


 日に二度までしか使えない超域魔法にはそれだけの威力がある。


「やったか──!?」


 一件落着。

 そう思ったとき、その言葉を誰かが発するのは自明。


 嗚呼、無常かな。

 

 空に空いた穴が逆再生されるかの如く黒雲で塞がれていく。

 さっきの雲はちゃんと消滅している。

 今度のは単純に他から流れてきたものだ。


「あちゃ〜、もしかして無駄だったかな……?」


 さしものアリアも上げていた腕を下ろし、不安になったのか俺の隣にまで降りてくる。


 俺は不安にさせまいとポジティブな言葉をかける。


「いや、そうでもないぞ。雲が大分薄くなってる。これなら十分に捌き切れる……ただ、魔物は倒すのではなく捕縛した方がいいかもな」

「そうね、キリがないし」


 倒したところで頭上の雲に吸収されるだけ、意味がない。


 難度の高いミッションだが、無理を押してでも全軍に伝え、アリアには次なる動きを提案する。


「原因不明の事態だが、解決を急ぐ必要がありそうだ。俺はやけにタイミングよく攻めてきた人族の軍が怪しいと思う」

「うん、私もそう思う。挨拶しに行こっか」


 御意。

 そう言いたいところだが、どうする?

 一手で戦局を揺るがしてきた者がいるかもしれないと思えば、リスキーだ。


「ああ、その前に確認を取らせてくれ」


『西の様子はどうだ?』


 とりあえず、先行させていた部隊と通信を繋ぐ。


『全軍、侵攻が止まりません。規模は20万といったところでしょうか』

『20万……そいつらの中に聖騎士は含まれているか?』

『はいっ、数が多く、聖騎士団長のものと思われる軍旗も見えます!』

『ほう?』


 人族の主力は聖騎士。

 西の最前線といえば、ここより一番遠い場所だ。

 なぜ、そこを選んだ?


『違和感があるな。現場から見て何か狙いはわかるか?』

『戦略的な意味があるのかは分かりませんが……奴ら、魔物から逃げようと奔走する一般の魔族を片っ端から襲っていますね』

『なるほど、殲滅か』

『まさしく』


 誰の号令だ?

 国王陛下には出来ないだろうし……まあ、レイスか。


 西には、人族と魔族を繋ぐ大きな橋がある。

 船での航海以外では一番の逃亡経路。

 どうもここを塞ぎたいらしい。


「18禁ゲームじゃないんだけどな……」


 バイオレンスがすぎるぞ。

 まあともかく、敵軍の主力の位置が分かったのは何にせよデカい。

 乗るか反るか……愚問だな。 


『アビドとエルは軍を率いて西の最前線に先行しろ。他の者は一帯の魔物を掃討したのち、各方面へ向かって魔物の駆除にあたれ』


 指示を出すと一斉に軍が動き出す。

 アビドで雑魚を一掃し、エルがレイスの足を止める、何なら倒す。

 本来レイスの戦闘力は彼女に及ばない。


 エルには予め望遠晶のトリガーを持たせてある。

 レイスがあり得ない動きをしたならば、この目でその真価を見届けてやる。


「すごいねシドは……堂々としてる」


「俺はアリアの後ろをついて回ってるだけだよ。たいしたことじゃない」

「……そうかな」


 アリアは誰よりも前を歩く。

 推しであり憧れである彼女の背後に立てているのに、腑抜けた顔なんて見せられるわけがないのだ。

 

「……アリア、そんなわけで挨拶に行く。魔王は玉座で待つのが相応しい」

「うん……その方がいいかもね」


 片手でハイタッチし、俺は地上に降りる。

 

 その足で同族のルーシーの元へ向かう。


「聖剣、抜いたみたいだな?」


 肩を揺らし激しく呼吸を繰り返すルーシーの背後には魔族の親子。


 感謝の言葉を口にしながら走り去っていく彼らを黙って見送った後、聖剣を鞘に仕舞う。


「剣は弱きを助ける為にある。そこに垣根はない」

「そうか、立派だよ、命は平等に救わないとな」


 重々しく讃えると、彼女の前に立つ。


「そんなルーシーに頼みたいことがある」

「なんだ?」

「耳を貸してくれ」

「あ、ああ」


 差し出されたルーシーの耳元で、ささやくように吹き込む。


「俺は人族のスパイだ。魔王を討つため動いている」

「な──っ!?」

「静かに」


 人差し指を立てると彼女は慌てて口をつぐむ。


「君を買ったのも、全ては人族のため」


 立てた人差し指を上に持っていき、彼女の額に添える。


「これは……記憶? 魔法か」

「信じてくれるな?」

「記憶は嘘を吐かん……マスター、ではなくシド様と呼んだ方がいいか?」

「むず痒いからやめてくれ」


 それより──と続きを促し、次元収納から一冊の本を取り出し、周囲から死角になる角度でルーシーの胸に押し付ける。

 密着し、ルーシーが鎧の内側に収納するまでの間、肉壁となる。


「こいつを王女に渡してくれないか?」

「ミーシャ王女に……? レイス殿でも、国王陛下でもなく??」

「ああ、頼む。絶対に直接渡してくれ。無理そうなら燃やすこと」

「それが人族のためになるのだな?」

「ああ」

「作戦の概要は教えてくれないのか?」

王女に聞くといい」

「そうか……わかった」


 身体を離し、魔力を素早く練り上げる。


「今から飛ばす。身を委ねてくれ」

「転移か……初めてだな」

「アトラクションを楽しむつもりでいいぞ」

「あと、あとらくしょん??」

「ああ」

「どういう意味なんだ……?」


 転移魔法で彼女の身体が掻き消える直前、あえてはっきりと聞こえるように口にする。


「平和って意味だよ」

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