第29話 死星

「カカ──っ、慌てなさんな総司令殿。どうやらアリア嬢はかなりやる気みたいだぞ?」


 早くもアリアが鎌を抜いた。

 それほどの緊急事態と捉えたのだ。


 ならば、来るか──魔王の大号令。


『同胞よ、我がもとへ集え──『魔王の福音デモンズ・ゴスペル』』


 アリアの鎌が発光し、不可視の波動が魔都全域を駆け抜ける。


 続いて湧き上がる高揚感。

 身体が熱い、軽い、力が溢れる。


 アリアがそっと後ろから見守ってくれているような安心感がある。


「やるぞ、アビド」

「おおとも! 人族との前哨戦にはちょうど良いなァ!!」


 さっと身体を乾かし、軽鎧を纏う。

 世界最高硬度を誇る鉱石アダマンタイトの特注品のガチ装備だ。

 緊急事態でもったい付けるつもりはない。


「マスター! っ、無事か!?」

「こっちは問題ない。それよりルーシー……慌てず、ちゃんと着替えて出てきてくれ」


 女湯から急いで出てきたのだろう。

 黄金の髪はいっさい乾かされていないし、バスローブを体に巻きつけただけの状態だ。

 

「っ、す、すまない……! 騎士としてあり得ない醜態だ」

「じゃあ、あっち向いてるから、着替えながら聞いてくれ。これからのことだ」

「分かった」

「ワシもだな?」

「ああ」


 衣擦れの音、金属が擦れる音、これらを説明する。


「これより最大級の緊張レベルを以て作戦に取り掛かる。と言ってもややこしい内容じゃない、すべきことは魔物の駆除だ。アビドはいつも通り周囲を巻き込まないよう注意して戦い、小物をまとめて刈り取っていけ。大物は全て避けろ。時間の無駄だ」

「応!」

「そしてルーシーは……一般人の救助に回ってくれ。指示があるまで剣を抜かず、魔物との交戦は極力避けるように」


 この指示に、ルーシーからやや不思議そうな声が漏れる。


「何故だ、私は戦力になるぞ?」

「はっきり言うが、人族のきみは信用が無い。実際の戦争ではルーシーを使うにあたって幾つかのルールと厳重な策を用意し隊の者に伝える予定だったが、今回はあまりに猶予のない中での市街戦が想定される。放し飼いにして聖剣を振り回させるわけにはいかない」


「……そうか。理解した」

 

 マスターも人族では?

 そんなことを言いたげな視線を向けられたが努めてスルーする、本当に猶予がないからな。

 本来ならば牢屋にぶち込んでおくのが皆が安心できる落とし所だが……それはしない。

 

 きっとルーシーのが役に立ってくれる。

 そう信じて彼女を緩く縛り付ける。


「さて──」


 転移魔法を行使、アリアの右手に参上する。


「アリア、どうだ?」


 問いに彼女は眉すら動かさず、冷徹に言葉を紡ぐ。


「領土の各地へ、既に兵を出したわ。魔物が強い箇所には副団長クラスを送ってる」

「プリシラの転移魔法だな?」

「うん、無理させちゃったわ」

「皆、同じだけ無理をすることになるのだから文句は言わせん」


 眼下。

 

 豪雨という散弾にさらされ続ける魔王の膝下には、既に多量の魔物が溢れかえっている。


 密集した小物を、建物ほどのサイズの大剣を振り回し蹴散らしていく殲滅力最強のアビド。

 ドラゴン級の大物を相手取っているのは対魔物戦で真価を発揮するローズと戦闘能力最強のチャリオット・エル・ドラゴンロード・ジュニア。


 プリシラはせっせと兵の転移をやっていて──はっ、つまるところ全軍団長が一都市に釘付けになってるってわけだ。

 

 そうなると他の村町は……考えたくもないな。


「魔物が強いし数も多い。市街戦ゆえにアリアの破壊規模の大きな魔法は使えない」

「そうね。魔王なのに役立たずだよ」

「いや、」


『総司令! 西の最前線に人族の軍が接近しています!! おそらく異変を嗅ぎ付けて強襲に出たものと思われます!!!』

『そうか、了解した』


 やけに動きが早い。

 たまたまか? それとも──


「……アリアは玉座に座していた方がいいかもしれない」

「え、どうして?」

「人族が土足で入国してきたらしい」

「このタイミングで? そんなの狙ってたみたいじゃない。挨拶しに行かないとだめかしら?」

「ダメだな。今、連れて行ける軍団長は俺しかいないぞ? 座ってろとまでは言わないが、せめて一帯の魔物が片付くまで待った方がいい」

 

 数十分もすればあらかた掃除が終わる。

 

 アビドの方向なんて魔物が大量に気化していってる。

 この分だと奴はさっさと他の地に飛ばしたほうがいいかもしれんな。

 

 あっちも……良い傾向だ、兵の士気は高い。

 異常事態にも上手く順応している。

 緊急な時こそ総司令は基本的に手ずから動くべきじゃない、こうしてただ天に座し、戦局を動かすのみ。


 だが……妙だな。

 魔物の死後、気体はどこに向かってる?

 天に流れ、俺の頭上を越え、人族の方へ流れるはず──だというのに黒雲に吸い込まれ、さらに大きくしているのは気のせいか?


『……嘘だろ!? 雲が──っ』


 異変に気付いたのは俺だけじゃなかったみたいだ。

 よほど気が動転していて調整を失敗したのか、誰かの声が全体へ拡声魔法で響き渡る。

 

『落ちてくる!?!?』


 ──


 天に蓋をする分厚い雲。

 それは夜そのもの。


 雲からブツブツ──リアルタイムで死んでいく魔物の顔が浮かび上がり、それらがどろりと溶け落ちて黒い雫と化す。


 魔物の循環。

 世界の構造。

 これを間近で見せられながら、刻一刻と肥大化していく黒雲を睨み付ける。


 俺だけじゃない。

 地上の一般人も、兵も、さしもの魔物すらも。

 誰しもが一瞬から数瞬手を止め足を止め、天を覆う怪物を呆然と眺めている。


 そんな凍った時間の中、彼女だけは猛然と動き出す。



『天を穿ち、光すらも喰らい尽くせ、死せる巨星よ──』



 黒の雨はさらなる闇に飲み込まれる。


 アリアの魔力は何人も触れることの出来ないブラックホールそのもの。

 暴力的で無慈悲で強大な魔力が、急速に高まり、彼女の人差し指に凝縮される。


 今まさに放たれるのは絶死の煌弾。


『超域魔法──白天の煌玉メ・ラ


 天へ着弾し、瞬時に黒から白へ反転。


 目を開けていられないほどの熱風に思わず目を逸らし、再び空を仰いだときには快晴が──否、満天の星々……宇宙が広がっていた。

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