第27話 世界の崩壊
王国の最深部にて鎖に繋がれ眠っていた少女リムは、忍び寄る足音によって目を覚ます。
「や、お待たせ」
「ベニーさん……おはようございます。今日はコニーさん一緒じゃないんですね」
ランタンと、袋に詰められたパンを持ってやってきた彼女はリムの前で胡座を組んで座った。
やや外はねしている──いや、寝癖となってしまっている豊かな青い髪を人差し指にくるくると巻き付けながら眠そうな声で答える。
「コニーはだんちょーと打ち合わせ。アタシだけじゃ嫌?」
パンをちぎり、リムの小さな口に持っていきながらラフに話す。完全にオフである。
「ぜんっぜん嫌じゃないです。ベニーさんとコニーさんはわたしが無理言って付き合ってもらってるんですし……」
「……無理はしてないけど。まあいいや」
当初はレイスが直々にリムの面倒を見ようとしていたのだが、リムが大いに暴れるものだから世話役が交代となったのだ。
──『必ず迎えに行く。ベニーとコニーを頼れ』
もっとも、これはシドが彼女に向けて残したメッセージによる結果なのだが。
そんなことを知らないベニーとコニーは悲劇の少女が自分達を頼ってくれたことを大層喜んで、世話役を買って出た気の良い奴らである。
「無理ひてないって、ほんとうでふか?」
「パンは逃げたりしないから、焦らず食べな」
口いっぱいに頬張って貪り食らうリムを微笑ましく思いながら、ベニーは太ももをポリポリと掻きながら答える。
「こんな仕事してると男なんて寄ってこないの。アタシのが大抵の男より強いし。リムちゃんみたいな可愛い子どもが欲しいな……って、夢見てるのに残念」
「コニーさんはだめなんでふか?」
「あいつは双子の弟だからナイナイ」
ベニーは内腿に両肘を預け、組んだ両手に顎を乗せてリムをボヤッと見つめる。
「シドさんの気持ち分かるなー。リムちゃんってホントかわいい。あの人落とせるのはもう王女様しかいないものだと思ってたよ」
「はぁ……あの人はパパですよ」
「恋愛的なやつじゃなくてもすごいってことに変わりはないよ。シドさんはいつだって仕事しか頭になくて付け入る隙がなくて……強いしホント英雄って感じ」
そんな男がリムを巡って大胆な行動を取ってみせた。
レイスは中断させたが、きっと人族の未来にとって良いことであることに間違いはない……なんにせよ羨ましい限りである。
「ベニーさんはパパが好きなんですね!」
「好き、かな……うん、憧れてるという意味ではそうかも」
憧れは憧れのままにしておこう──ベニーはそう心に決めている。
言葉を交わした回数も少ないし、そもそも彼とは釣り合っていないと認識している。
シドは終戦後、稀代の英雄として語り継がれる存在であり、そんな大人物にはもっと相応しい女性がいるのだ。
「食べたなら、今日はご本持ってきたから一緒に読もうか」
「え〜、今日こそ外行けるっと思ったのにぃ。我慢してあげます……」
「あはは、良い子良い子」
大戦士の物語でも聖騎士の物語でもなく、とあるスパイの物語。
彼をモチーフにした物語。
最高のスパイの略歴は無論、外部には一切漏れていない。
彼に救われたのであろう世界の何処かにいるファンが妄想のみで綴ったお話だ。
なぜそんな本をチョイスしたのかといえば、ベニーがシドを推しているからではなく単純にリムが喜ぶと思ったからだ。
彼女自身が語ったようにシドに対して向けている感情は憧れ。
リムが彼を慕っているから持ち上げるような形で語ってしまったが、ベニー自身は彼を慕う者の一人にすぎない。
「あぁ……リドルさん死んじゃったんですか。かっこよかったのに……」
物語終盤。
スパイの主人公は人生最大にして些細なミスを犯し、そして死ぬ。
──死んだように見せかける。
「ええっ!? なんで生きてっ、うわぁ、こんな最期アリなんですか?! 酷い……」
主人公は最終局面で不死鳥のように復活を遂げ、巨悪の僅かな隙をつき勝利への貢献をする。
そして彼はそのまま姿を消し表舞台からフェードアウトする──誰にも語り継がれることはない。
だからこそリムは酷いと言うのだ。
頑張った主人公が相応の賛美を受けないのはおかしいと。
「アタシはアリだと思う。だってその方が渋いし」
「わたしはナシ派です! 最後はハッピーエンドじゃないとダメですよ!」
「リドルにとってはハッピーエンドなんだよ。リムちゃんにはちょっと難しいかな」
「あっ、それずるいですよ。ベニーさん嫌いです!」
「え、じゃ、ナシ派に寝返るよ」
「今さら遅いですよ〜!」
ジタバタと暴れるリムの頭を撫で、ベニーは立ち上がる。
「んじゃ、また後で来るから。それまで良い子にしててね」
「はい……なるべく早く来てくださいね」
「分かってるって」
世話役──言い換えるならばリムのストレス管理役だ。
今まではリムの制御など不可能と思われていたが、奇しくもシドが光明を見出してくれた──というかある程度の教育を施してくれた。
ベニーは想定していたよりもずっと楽に業務をこなせているし、楽しんでリムと接することが出来ている。
──リムちゃんが戦場に出なくても済むようにしなくては。
彼女は聖騎士として、表情を引き締める。
リムとの逢瀬、つまり制御作業が意味をなくしてくれるように頑張らなくてはならない。
出口へ向かうベニーが決意を固め直していると、進行方向から馴染みのある顔が近づいてくる。
「調子はどうだい? ベニー」
「──っ、これはレイス様。滞りなく」
「そうかい、引き続きよろしく頼むよ」
完全装備の聖騎士団団長レイスの登場に、身体を強ばらせるベニー。
レイスの背後に控えるコニーも青髪を兜の中にしまっており、いかにも戦闘準備万端といった感じだ。
仰々しい様子に背後のリムも緊張を隠せていない。
「それで……どのようなご用件で?」
「ああ、戦を始めようと思ってね」
「戦!? まだ時間はあるはずでは……!?」
「時間なんて守るわけないよ。筋書きは破壊しないと意味がない」
気でも触れたのだろうかとベニーは眉を下げる。
対するレイスは気に留めず飄々と空間を歩き、中央に立つ。
「うーん、この辺かな」
そして、愛剣を抜き放つ。
「コニー! レイス様は何をされている!? 答えて!!」
「ええっ!? 僕に聞かれても分かりませんよぉ。動けないリムちゃんを護れとしか言われていませんし」
「リムちゃんを……護る?」
急激に高まる緊張感。
レイスの方へ振り返った時には既に事が始まっている。
煌々と輝く剣。
赤いマントをはためかせる美青年が膨大な光の奔流を天井へ向けて放つ。
「ホーリー・レイ!!!」
耳鳴りがするほどの大振動。
落下してくる岩石を剣で破壊しながらコニーとベニーは鎖に繋がれたリムを護りに行く。
理解の範疇外。
翻弄されながらも、おそらくレイスが期待しているであろう魔法をベニーとコニーは行使する。
「第七指定魔法──『
刺激の強すぎる光景をリムに見せないための魔法をベニーが、
「第八指定魔法──『
あらゆる存在を遮断する魔法をコニーが行使、岩石の悉くをブロックする。
天に風穴を空け、差し込んできた日光を眩しそうに見上げるレイスは新鮮な空気を一杯に取り込みながら笑う。
「ああっ、楽しい! みんな僕の思い通りに動いてくれる!」
レイスとは違って、襲いくる全てを剣一本で掻い潜る実力はない。
それが分かっているからこその言葉。
「……なんなんですか、いったい」
ベニーは純然なる疑問を口にする。
「……ここを破壊する際、どうしてもリムちゃんを刺激してしまうから暴れないように抑えつける役が必要だったのさ。ウシクが君たちを期待してたっぽいし一箇所に縛り付けるという意味でも丁度いい」
「期待?」
「疑問に思う必要すらないよ、意味ないし。全てが終わるか、リムちゃんが必要になる瞬間まで世話でもしながら留まっていてくれたらそれでいい」
レイスは剣を鞘に収め浮かび上がり、未だ状況を飲み込めていない二人へさらに追い討ちをかける。
「まあリムちゃんが暴れないように見張っててよ。魔族、皆殺しにしてくるから」
飛び去っていく彼の足元へ、下から黒い煙──否、この地下空間で循環していた魔物を産み出す黒い雲が続いてゆく。その際、一部が魔物化し地に落ちてしまったため、ますます
弟姉に走る戦慄は異様な現象に対してか、或いは『皆殺し』という戦略的勝利を逸脱した宣言に対するものか。
「……姉さん、僕もう、何も分からないよ」
臆病な弟が怯えている。
姉のベニーはその場に座り込み、胡座を組んで祈るように目を閉じる。
祈りを捧げるのは神か聖女か、或いは信ずる己自身か。
浅くなった呼吸を抑えこんで声のトーンを落とす。
「聖騎士として為すべきを為す。それだけでいい」
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