第26話 『聖剣』カリュオーン
「ルーシーちゃん、初めまして。会えて光栄ですわ」
遠い日を懐かしむように、しなやかな指で錫杖をなぞるローズ。
彼女はやや左右に揺れながら歩みを進め、一歩足を踏み出すごとにルーシーの緊張が高まる──側に立つ俺が肌感覚で分かるほどに。
「止まれローズ」
「なぜ? 彼女、震えるほどに喜んでるように見えますよ。ローズ様に会えて」
ルーシーを手に入れると決めた瞬間から分かっていた不安要素。
ローズのだる絡み。
事あるごとに自らを崇める聖騎士を嘲笑し肴にしてワインを浴びるように呑む女だ。
高みの見物キめていた時ですらその様。
この聖女は、ルーシーのことなど面白い玩具としか思っちゃいない。
ルーシーにはなるべく居心地良く過ごしてもらいたいし、障害になりかねないローズには是非とも関わらないでいただきたい。
「……命令だ。着た道を戻れ」
「えぇ……そうですか。構いませんわ。総司令殿の命令なら仕方ありません」
やれやれとローズは肩を竦ませると、やけに素直に命令を聞いた。
何を考えている?
「随分と煙たがられているご様子。もう二度とちょっかいかけようなどと……ふふっ、くだらぬことは考えないようにしますわ」
錫杖を鍵に戻し、背を向ける。
何事もなく邂逅が終わる。
──そう思ったのは些か早計過ぎたらしい。
「待たれよ! まだ、貴殿と話していない!」
硬直状態から復帰したルーシーが手を伸ばしたのだ。
これに対しローズは待っていましたと言わんばかりに、早い反応で足を止める。
「……なんでしょうか?」
「先ほどまではあまりの衝撃に打ちひしがれてしまっていたが、たった今、準備が出来たのだ!」
「準備?」
「現実を否定する準備だ」
「……変な事を言いますわね」
振り返ったローズの顔は三日月のように裂け、三つ全ての瞳が開かれていた。
ルーシーは多量に発汗しながら悠然と立ち続ける。
「貴殿はやはり聖女様ではない! 実際のローズ様が生きた時代は今より遥か昔だからな!!」
確かに、人族側の伝承上では五百年ほど前に聖女は死んだことになっているな。
「もし、聖女様とやらが魔族だとしたら……その限りではない。そうは思わないのですか? それに錫杖はどう説明されるのです?」
「……聖女様は人族だ、聖典にはそう記されている。錫杖は確かに歴史的に見ても適合者はごく少数だが、ゼロというわけではない。貴殿が解錠し、尚且つ使用することが出来たからと言って証明にはならん」
断固たる否定に対しローズはまったく以て怯まず、再び距離を詰め始める。
「止まれと言ったが?」
「総司令……それは誰に向かって言っています? 魔王軍軍団長のローズに命じているのだとしたら──ふふ、無駄ですよ」
「……」
──シナリオの前倒し、かなり違う形ではあるが。
ローズは使命を全うすることを選んだようだ──今、この場で。
だとしたらそれは俺にとっても好都合なので、少し冷徹かもしれないが静観させてもらう。
「わたくしは
ルーシーの前で立ち止まり、やや身体を後傾させる彼女の額に軽く口付けをする。
「な──っ!?」
「貴方の記憶、実に美味ですわね」
じゅるり。
ローズは卑しく上品に舌で唇をなぞる。
「最弱などと……嬲られ続けた人生に飽き飽きしている。でも、平凡な剣にこそ誇りを感じている。この力で弱き民を守り、勇気と希望を与える光となりたい──絶対に叶わぬ夢に陶酔することで何とか自己を保っている姿はとっても気丈で麗しくてわたくし好み──」
「覗くなァ!!」
ルーシーがローズを突き飛ばし、アリアの前で見せたようなファイティングポーズを取る。
「
「は?」
「凄く、イイ。わたくし……次は弱いコに力を差し上げたいと思っていたんですよ」
「……邪悪な魔族め。貴殿の口を、二度と聖女を騙れぬよう塞いでやってもいいのだぞ!!」
──
「貴殿……そう、それですよ。貴様と吐き捨てればよいものを、心の何処かでわたくしが聖女である可能性を排除しきれない。ふふ──っ、心まで優柔不断で弱くて最高ですわ」
「き、貴様ァ!!」
「そうそう──」
拳を振り上げたルーシーの胸に──ローズの腕が突き刺さる。
しかし、血は出ない。
代わりにローズはずるりと黄金の剣をルーシーの体内から取り出した。
「か──っは!?」
「何故、聖剣が勇者にしか適応しないのか知っていますか? 聖剣が勇者の身体の一部だからですよ」
「か、らだの……?」
「そうです、見えますか? これがルーシーちゃんの聖剣ですよ〜」
ふらふらと倒れそうな身体を維持するルーシーの前に。
ぶらぶらと聖剣をチラつかせるローズ。
「私の……聖剣?」
「えぇ、カリュオーンとでも名付けましょうか。総司令とお揃いです♪」
ローズの瞳は全て閉じ、流血している。
聖女?
悪女の間違いだろ。
「わた、わ、私の聖剣──っ」
「おおっ、うはっ、もうこんなに強く! 今から溺れるのが楽しみですわ!!」
恭しく聖剣を抱き締めるルーシーを見下ろすローズの顔は恍惚としていて、醜悪そのもの。
今のルーシーはきっと、深層心理ごと引き出された状態で、ローズの顔なんて見る余裕なんてないだろう。
「聖女とは、全ての聖騎士の母。内なる聖剣を引き出す者、錫杖なんてファッションに過ぎませんわ」
全ては、ローズが面白そうと思うか否か。
先代の……ドラゴンに殺されたアルフロの正主人公くんも、物心つく前にローズによって聖剣を引き出されている。
物語最終盤で彼女は語っていた──赤ちゃんに聖剣を持たせてみたかった、と。
何処ぞのサイコパス犯罪者だよ、と言ってやりたくなるような所業だ。
アリアもこれ知った上で雇い入れているからなぁ。
闇堕ち聖女は絶大な戦力になるし、魔族に反転させた主たるアリアを絶対に裏切れないから信用は出来ずとも安心は出来る。
「終わったな……さっさと行け」
「あら、総司令。奇遇ですわね。命令とあれば退きますとも」
「……くそ野郎」
「くそ女と言ってくださいまし」
「ところでやっぱり貴方も性格悪いですわね。見てないで助け舟を出せばよろしかったでしょうに」
「……さてな、何か起こる気がして見逃したんだ」
「何か?」
勇者の誕生──上手く御せればメリットしかないというのに、止めるわけがない。
知っている理由はもちろん言えないがな。
「俺は勘が良いんだ」
「ふふ──そういうことにしておきましょうか」
ローズは三つ目にぐるぐると包帯を巻きながら鼻で笑う。
「その子、しばらくまともに口を聞けないでしょうから、安静にさせてあげてくださいな」
「すごいなお前」
追い込んだ張本人がそれを言うのかよ。
「あ、魔族領だと聖典に出てくる聖女は魔族ですよ──って伝えてあてくださいね」
「そんな鬼畜な追い討ちはしねえよ」
しっし──と蝿を払うように手を振るとようやくローズは去ってくれた。
嵐のような出来事だったな、まじで。
「さて……」
これからしっかりルーシーのケアをしていくとして。
真なる勇者──リムは今、どうしているだろうか。
彼女に関してはどうしても手を差し伸ばすことができない、情けない父親かもしれんが祈らせてくれ。
いかなる策を講じようとも彼女の動き次第で全てが瓦解するのだから。
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