第25話 最強と、最弱の聖騎士

「ばべねえよ」

 

 魔王の強烈な一撃を受け止めながら、聖騎士のパンチを顔面で受け止めた存在はこの世に俺しかいないに違いない。


「させねえよ」

「言い直しても、カッコよくはないかな」


 アリアよ、そんなことは重要じゃない。

 俺へのツッコミで意識を逸らしている隙をついて剣の腹でアリアの手を滑らせて受け流す。

 タップダンスを踊るようにしてルーシーの腕を取り、さらには彼女の足を払って体勢を崩すことによってアリアの追撃を強引に回避する。


「邪魔しないで。殺すから」

「部下の所有物だぞ?」

「気に入らないの、だめ?」

「うーーーーん、だめ。アリアの頼みでも聞けないな」


 金貨千枚だぞ?

 俺の年収3年分だぞ?

 アリアのお願いとはいえ、はいそうですかと首を振れるほど安い買い物じゃない。


 しっかし、容赦なく攻撃を繰り出してくるアリアを捌くのは本当に骨が折れる。

 武術までも超一級品。

 受け止めるたびに骨身が軋み、剛風が吹き荒れる。

 隔絶とした領域の戦いに慄いたのか、ルーシーは尻を着いたまま擦るようにして距離を取ってくれた、実にありがたい。


「あはは──っ、身体を動かすのって楽しいね!」


 確かにアリアとこうして戯れ合うのは楽しい──が、ひとまず今は話を聞いてもらうのが先決だ。


 秒間数十発の拳が飛び交うような超高速戦闘の最中、俺はふいに両手を広げて無防備に身体を差し出す。


「ふぇ──!? ちょっ!」


 ズドン。

 

 大砲が撃ち出されたような音──弾丸と化した俺が広い謁見の間の壁まで一直線にぶっ飛んで大激突する。


「ぅ、く……っ、はぁ、はぁ」


 わざとらしく息を切らし、軋む肉体を突き動かしてゆらりと立ち上がる。

 そして祈るように言ってのける。


「わる、かった。今の一撃で矛を収めてほしい」


 摺り足でルーシーのもとまで戻り、片膝を着く。


「なんでここまで……そんなにその女が良いの?」


 呆然とした顔で俺の表情を窺うルーシーに向け薄く微笑み、献上するように言葉を述べる。


「ええ、とても。ですが俺は────決っっっっして邪な気持ちで奴隷を買っていません。身も心も魂もアリア、あなたの物だ」


 俺は役者型のスパイだ。

 最低限の知能は持っているつもりだが、千手先もの未来を見通すような空前絶後の智謀を誇っている訳ではない。


 いつだってそう。

 潜伏するのは心の灯台。

 その下の暗がり。


「そ……んなこと言われちゃったら。ふ、ふふ……えへへ」


 もっとも、アリアの前では演じる必要すらない自然体──つまり最強の状態でいられるがな。

 どんなにキザな言葉であろうとも全てが本心。

 

「あぁっ、こほんっ。許すわ!」


「……ありがとうございます。では、このシド・ウシクが全霊を以って最強の尖兵に仕立て上げますのでご期待くださいませ」

「うんうん、期待してるよ〜!」


 ──────

 ────


 退室後、二人して胸を撫で下ろす。

 ルーシーは手首から先を失った右手を眺めながらボソッと失礼なことをぼやく。


「その、なんだ……随分とチョロいのだな魔王は」


 ああ、これはいただけないな。


「失敬だぞルーシー。口を慎め」

「……思ったことを口に出すなというのならそうするが?」

「あぁ……すまん、俺は別に尊厳まで縛る気はない。だが……その、ああ……」


 アリアが尻軽みたいに思われるのは嫌だな、イメージをすり替えるとしたら──


「そう、ギャップだ。アリア様はお気に入りにだけ、とても寛大でチャーミングな姿を見せてくださる」

「誇らしげだな。さすがは総司令、とでも褒めてやろうか?」


 少し熱くなってしまった俺に向け、ルーシーが冷笑をぶつけてくる。


「……遠慮しておくよ」

「ふっ、承知した」


 ……いや、ほんとに熱くなりすぎたな。

 ルーシーの冷たさが心地良いくらいだ。

 記憶が宿ってからと結構な月日が経ったが、今の今までアリアの推しポイントの断片を誰かに打ち明けたことはついぞ無かった。

 

 多分ルーシーが奴隷だから、だろうな。

 立場がかけ離れており、しかも仲は割と冷めている。

 変に気負うことのない存在。

 だからこそ言う必要の無いこともついつい滑らせてしまう。

 

 ……あまりよくない兆候だが、俯瞰できているだけマシだな。

 ルーシーとの関係も良好に保たなければならないのだから、ナチュラルに見下したような接し方をするのは論外だ。

 立場に差があるのは事実だがフラットにいこう。


 

 視線を振りながら歩くルーシーと魔王城の長い廊下を歩いていると、彼女が何やら悩ましそうなトーンで声をかけてくる。

 

「ときにマスター」

「おう」

「私は弱いのか?」


 ……フラットに答えよう。


「弱いよ」

「そうか……魔族側の忖度ない言葉は痛いほど沁みるな」


 深く声を落としてしまうルーシー。

 弱いのは確かなんだけど……


「気を落とすなって訳じゃないけど、結局のところ皆魔王や勇者には勝てないんだし……そういう意味じゃ同列だぞ? 俺もルーシーも」

「気休めの言葉はいらん。事実としてマスターは強いだろ。魔王ほどではないかもしれんが、先ほどの戦いだけでも分かる。私と同列ではないことは言わずもがな、今まで見てきたどんな戦士よりも上だということがな」

「……」

「最弱の聖騎士……そう王都では呼ばれていた。レイス殿率いる部隊には選ばれず、左遷のような形で寄せ集めの兵を押し付けられ、先の戦で敗北を喫し奴隷堕ち……マスターが大枚叩いて買った私はその程度の存在だ」


 吐き出すようにしてルーシーは語る。

 出会って間もない者に聞かせるようじゃないと思うが……この人もまた、ある意味でと感じているのかもしれない。

 

 であればまともな回答は必要ない。

 感情のままに語りたいだけなのだから。


「……そうか、大変だったな」

「ドライな返しだな」

「冷たくしてほしいのか?」

「なんだ、安い意趣返しか。ならば遠慮しておく」

 

 感情の乗らない声で会話を一区切りにするルーシーへ向け、一言だけ添えておく。


「強くはするつもりだ。魔王軍の尖兵としてな」

「ふ──っ、好きにしろ。私を強くして後悔しないといいがな」


 少なくとも失敗はしないよう精一杯頑張るさ。

 魔王軍の──ではなく、俺の尖兵として鍛えるのだ。

 ルーシーは今、完全無所属な野良の聖騎士。

 俺はもう人族の領域へ忍び込むことはできないが、ルーシーならば可能。

 

 最弱の聖騎士を買った俺に対し皮肉もさっきの言葉には含まれていたが、そもそもルーシーに見出した『価値』は強さじゃない。

 聖のオーラは人族の特権であり、正義の使徒の証明。

 無条件に人族からの信頼を得やすく俺とは違いレイス達から警戒されていないので、意思を汲んで動いてくれたならばこれ以上ない武器になる。

 何なら最弱の称号はラッキーだ。

 ルーシーが中枢まで潜り込むことに成功した際に、奴らが舐めてくれる可能性がある。


「どうしたマスター。顔が変だぞ」

「それは酷くない?」


「ええ──酷いと思いますわ。ルーシーちゃん」


 ふいに──ローズの声が廊下に静謐に響き渡る。


 川のせせらぎのような安らぎを与える声。

 まさに聖女。

 

 もしも、前から図ったように現れた彼女が、邪悪な笑みを顔面に貼り付けていなければ──もしかすると長年過ごしてきた俺ですら、彼女が聖女であると信じ込んでしまっていたかもしれない。


「私の矮小な名を知っているだと? 随分と酔狂なものだな、三つ目の女」


 さっそく煽り散らかすルーシー。

 

 そんな事言ったら……ほら彼女、余計に楽しそうじゃん。


「ぷふ──っ、失礼」

「何がおかしい?」

「いえ、歓喜の笑みですよ。ええ、本当に。我が子に会えて嬉しいのです」


 垂れた涎を拭いながら、ローズは何処からともなく大きな黄金の鍵を取り出して──虚空を捻った。


 すると、たちまちの内に鍵は黄金の粒子となり、姿形を再形成してゆく──先端に竜の頭を象った錫杖の姿へと。


「……っ、ばかな」


 一部始終を目撃したルーシーは恐る恐る足を前へと運ぶ。

 吸い寄せられるように。

 抵抗を失ったかのように。


 風に運ばれた金の粒子がルーシーの身体に触れると、失われたはずの右手が復元され──これを以て確信に至ったのか、彼女はその場に膝から崩れ落ちる。


「ローズ様の聖女の錫杖セイクリッド・ロッド……だと??」

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