第24話 (アリア視点)シドが奴隷を買った???????

 シドが奴隷を買った。

 うん、奴隷を買ったの。


 ????????


 何が起こっているのかよく分からないし、目を疑うような光景だけど実際に人族の女を侍らせて、玉座の前まで来た。

 

 どうしたものかしら。

 シドの事だからきっと何か考えがあるのだろうし……うん、きっとそうに違いないから優しく接してみよう。


「あー、うん。顔を上げてちょうだい」


 シドと女が顔を上げる。


 シドの端正な顔の目元には珍しく隈が浮かんでおり、灰色の髪は心なしかへたれているように見えるわ。

 女の方はまぁ、普通。

 普通ったら普通。

 顔もスタイルもオーラも性格も地位も、全てにおいて私が上ね。


 でも、そうね、この聖の気配はちょっと気になるかな。


「シド、説明を」

「は──昨日、色街へ足を運んだ際に「えぇっ、色街!?」」


 シドがギョッとして言葉を詰まらせる。

 いやいや、驚くでしょ驚くよね……だってあのシドが色街??

 

 待って情報量が多すぎるんだけど……ほんとに。


「続けてよろしいでしょうか……」

「え…………どうぞ」

「では」


 何やら先日のシドとの夜遊びが国中に噂として広まっていること。

 これを塗りつぶすために色街に行ったこと。

 聖騎士の奴隷を見つけたので買ったこと。


 シドは包み隠さず起きたことを身振り手振りを大きく使って説明してくれた。


 誠実なのは嬉しいけれど……随分とまあ、大胆に動いたのね。


「相談してくれたらよかったのに……」

「……相談したらもみ消してくれたのですか?」

「……どうだろ」


 言われてみれば噂くらい広まっちゃったところで、全然痛くも痒くもないかな。

 むしろイイまである。


 でも、そっか……シドが断固として揉み消すため動いたってことは、私よりも全体への影響を選んだということね。

 いやいや、そっちの方が大事なのは分かるし、仕方のないことなのは呑み込めるんだけど……少し悲しい。

 大手を振って歩けるようになるためにも、早く戦を終わらせないと。


「ふぅ……受け止めたわ。じゃあ、彼女を買った理由を説明してくれる?」


 ──と、問いつつ通信魔法を『聖女』であるローズに繋ぐ。


『ローズ。今いいかしら?』

『は、何なりと』

『過程を省いて説明するから簡潔に教えて』

『御意』

『今ね、私の前に聖騎士っぽい女がいるんだけど──』

『──っ!? 続けてください』


 ここでシドが言葉を紡ぎ始める。


「生きたまま従う聖騎士は貴重なのです。奴らは基本的に魔族に捕まるくらいならその場で死を選ぶので、こうして奴隷として侍らせていること自体が奇跡的──

「ふむふむなるほどなるほど」


 会話しつつ並列思考でローズとの通信も処理する。


『聖騎士は貴重なんだって。だから捕まえたらしいわ』

『捕まえ──って、誰がそんな事を?』

『シド』

『はぁ、そうですか。経緯は分かりませんが』

『で、何を聞けばいいかな?』

『名前を聞いてみては?』

『名前? わかったわ』


──メリットとしては、この者を教育することで強力な暗殺者に仕立て上げることができる点と人族の情報を引き出すことができる点です。さらには──」

「はーい、ストップ。その女、なんて名前なの?」

「……名前?」

「うん。急に知りたくなっちゃったー」


 ぐぬぬ、とシドが押し黙ると聖騎士の女がすくっと立ち上がる。


 女は私を憎悪を剥き出しにして睨め付けて、胸に手を当てて口上する。


「我が名はルーシー・ルードリヒ!!」

『ルーシー・ルードリヒだって』

『あぁ、ルーシーちゃんですか』

「グリムヘルジュ神並びに聖女ローズの名に誓って命を賭す事を宣言する!! 私と戦え!! 魔王アリア!!!」


『あー、ごめん。切るね。戦いたいんだって』

『ふふ……ヤンチャな子ですわね。可愛がって差し上げてくださいな』

『命は保障できないけど、いい?』

『如何様にでも』


 プツンと通信を切り、私は大仰に眼下を見下ろす。

 

 熱意を持ってプレゼンしてくれたシドが頭を抱えて天を見上げている中、女は剣すら持たず拳を前に突き出してファイティングポーズを取っている。

 

「なに? 私と戦いたいの?」

「いえッ、この者は気が触れ」

「マスター。私はとっくに気が触れているぞ!?」

「は?」


 はー、最高。

 目を白黒させるシドが見られるなんてすっごく良い日ね。


 シドに動かぬようハンドサインを出し、しばしの余興につきあうこととする。


「これが狂わずになどいられるものか! この手で魔王を討てるのだぞ!! 聖騎士の宿願ッ、私が果たしてくれる!!!」


 その女、狂犬が如し。

 さすがは聖騎士と言ったところね、魔法も使わずに並の兵よりも遥かに速く階段を駆け上がってくる。

 

 でも、なんだろう。

 この程度で私を倒せると思っているなんて、聖騎士の宿願とやらは大した事ないのね。


 ああ、そっか……失敬、間違えちゃった。


「あなた……聖騎士じゃないわ」


 拳を振り上げた女の目の前で、足を組み替え直す。


「奴隷でしょ?」

「減らず口を──ッッ!!!」

 

 右手を振り上げる。

 それだけで女の拳が腕と別れを告げて血飛沫と共に宙を舞う。


「ぁ、あが──ッッッ。グゥぅアアアア!!!!!」


 相当の激痛のはず。

 それでも残った左腕の拳を全力で引き絞り、弓矢のように仰け反って見せた。

 千回は殺せるほどの隙だ。


 私を殺したいという心意気は認めるけど舐めないでほしいかな。

 

 魔王の称号は軽くないわ。

 

「はぁ、死んで」


 女が拳を繰り出すよりも速く立ち上がり、心臓を貫くために突きを放つ。


 キィ──────ンと甲高い音。


 私の突きが止められる。

 指先には冷たい鉄の感触──剣の腹。

 こんなことが出来るのは、この場ではシドのみ。


 彼は、女の拳を頬にめり込ませた状態でモゴモゴと話す。


「ばべねえよ」

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