第23話 AIBO
「ひぃっ!?」
情けない声が上がったな。
当たってないならヨシ。
「トーリ。いるな?」
「は、はい!」
「この部屋に決めた。先客はそうだな……悪いが駐屯所にでも連れて行ってくれないか?」
「は、はぁ……よろしいのですか?」
突き放すように言うと、背後から悲鳴のように訴えかけられる。
「理解できませんッッ、俺が何をしたって」
「奴隷とはいえ暴行罪は適用される。それともなんだ? 人族には何をしてもよいと?」
「──ッ、知るかよそんなもん。総司令がいくら冷徹に振る舞おうとも所詮は人族だ。ったく、魔王陛下の気が知れブフォバ!?」
果実が潰れるような音がして耳障りな男の声が途絶えた。
「シドの悪口はいくら言ってもいいがよぉ、アリア様はダメだぜ?」
俺は良いのかよ……。
「プリシラ、殺してないな?」
「おう、半殺しだぜ」
「ならいい。自分で歩けないだろうからトーリの代わりに連行しろ」
「へーい」
即座にプリシラの気配が掻き消える。
転移魔法は彼女の得意とするところ、手続きを終えたらすぐに戻ってくるだろう。
それまでに話をつけておくか。
「さて、と。客の相手をしてもらおうかな」
部屋の入口に布をかけて中を見えなくして、ベッドの前に立つ。
総司令モードは解除、努めて声色は明るくするよう意識する。
「私は死んでも貴様の思い通りにはならんぞ……!」
しっかし威勢のいいことだ。
捕まってしまったのは傷の時期から逆算して、俺に前世の記憶が宿った戦いの辺りか。
ゲームでも確かに数人の聖騎士が捕えられてしまったと騒ぎになっていたな。
だとすると──
「ルーシー」
「──なに!? なぜ私の名をっ」
「さてな。ルーシー顔をしてるからじゃないか?」
「っ、貴様、バカにしているのか!?」
女騎士──ルーシーがジタバタと足を暴れさせる。
いや、すごい速度だな。
これを食らったら一般兵程度、余裕でぶっ飛ばされてしまうのも頷ける。
「確か90分だったっけ? 短すぎるなぁ」
「……指一本でも触れてみろ。さっきの男のようにしてくれる」
「してくれても構わないんだけど、えと……金貨500枚くらいかな」
どすん──と、ベッドの上に山のように積み上げた金貨を乗せる。
「君を買いたいんだけど、これくらいでイケるかな?」
「私を……買う、だと?」
「あー、店に払う分がこれくらいとして、君に払う給金もあるか。じゃ、毎月十枚追加として──」
「……気持ち悪い」
「んん?」
女騎士さんがゴミを見るような目で俺を見てくる。
「魔族風情が私を値踏みするな、生殺与奪の権を握ったと過信するな、虫唾の走る声で語らうな!」
……ここまでストレートな憎悪をぶつけられたのは久しぶりだな。
さすがは女騎士さん。
鉄の誇りと高貴な意志。
だが、残念ながら貴方は値踏みされる立場だし生殺与奪の権も握られている。
認めたくはないだろうが、純然たる事実だ。
「俺の麾下に入れる──そのための金だ」
「貴様……私の声が聞こえなかったのか?」
「いやいや聞いていないのは君の方だよ。今の君は紛れもなく、単なる奴隷だ。一生をここで終えるか、買われて主人のモノになるかの二択しか無い。事実として聖騎士としての君は既に死んでいる」
「…………っ」
この人は優秀だ。
だから事実をキッパリと伝えれば唇から血を流しながら呑み込んでくれる。
甘い言葉で誤魔化したところで、気付かれた時に疑心の種になるから逆効果だったりするのだ。
「暗い未来しかないかもだけど、一応俺のもとに付けば最悪一歩手前までは浮上できる」
傷付けられた身体を見る限り、この人を攻撃したのはさっきの兵だけじゃない。
強く気丈な聖騎士を一方的に嬲る機会など、ここでしか得ることはできない。
それがこの人が最上階に相応しい価値を持つ理由。
それが辛い未来しか待ち受けていない理由。
暴行罪云々を適用できるのは今みたいに生傷が残っていて現行犯を摘発できる時のみ。この世界の犯罪捜査能力は決して高くはないので、風化した傷が誰の手によるものかなど闇のままだ。
誰も助けてくれやしないし、俺も人族を救うために魔族の兵を動かすことは難しい。
しかも奴隷は呪いで自殺を封じられているので、自己判断で苦痛から逃れることもできない。
これら全てを理解して、
「……貴様は何者なのだ? あぁ……私の名はルーシーだ。知っているみたいだが、騎士の礼節として改めて名乗らせてくれ」
核心に迫る疑問をぶつけてくる。
当然の問いだな。
「名乗り遅れたな。俺はシド・ウシク。聖騎士なら知っているな?」
「シドに、総司令……先ほどの会話は本当だったのか……。ふふっ、なるほど、大罪人の下につけというのだな?」
スパイ作戦は知らない──と。
扱いやすそうで何よりだ。
「そういうことだ」
「愚図め、魔王軍本丸の旗下に加わるのと同義ではないか。ありえん、断る────と言いたいところだが、」
彼女は覚悟を決めたように天を仰ぎ、その力強い眼光を放つ瞳を俺に向け直す。
何かよからぬ事を考えたな?
「私を買うことを許してやる」
「態度でっか」
本場の女騎士さん強すぎだろ。
ま、いいや。
最高の相棒として上手く付き合ってみせるさ。
そういうのは得意だろ? シドよ。
「まあ、なんだ。これからよろしくな」
「……ちっ、手ぐらい握ってやるか」
仲良く手を繋ぎ、金貨1000枚…………で! ご成約して店を出たところまでは順調だったが、帰り途中、奇遇を装って現れた顔テッカテカなプリシラに絡まれてしまった。
こいつ、別の店で済ませてきたな?
「さっきのおもしれえ女を買ったのかシドよ。良い趣味してんな、嫌いじゃねえぜ」
「黙れ下郎。殺すぞ」
ルーシーさんこわ。
これ早く帰ってお話ししないとまずいな。
「……行くぞルーシー。めんどくさいのは放っておけ」
「了解した、マスター」
ま、マスター!?
騎士流の主人に対する呼び方を律儀に守るつもりなのか。
「マスターだってよ?? ぷはっ、呼ばせてんのかぁ?」
「呼ばせてない!」
「珍しく動揺してんな。おもしれえからマスター呼び続けさせてくれや。ま、そんなことより明日までに上手い言い訳考えとけよ。せっかく買ったその女、アリア様に殺されても知らねえぞ?」
「……お前に釘刺されるまでもない」
「はっ、だろうな。またな、今日は楽しかったぜ〜」
プリシラは掻き消えるように姿を消した。
はぁ、神出鬼没すぎるのも厄介ポイントだな。
「アリア……魔王か。そうか、誰も辿り着けていないあの魔王の前に明日、私は会うのだな」
「ああ、変な気はくれぐれも起こすなよ?」
「任せろマスター。聖女に誓って勝手な行動は慎んでみせよう」
聖女に誓って、ねぇ。
あいつも性格悪いし、嫌な予感しかしねえよ。
……明日は奥歯の薬をアップグレードして臨むとしようか。
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章ごとにシドが深く関わるキーキャラクターが登場しています。
まずはツンツンテンプレ騎士様です。
よろしくお願いいたします。
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