第22話 テンプレ女騎士

 魔王都ヴァルハラにも色街はある。


 ここは大都市だからな、ヴァルハラに存在しないものは他の街にも無いと言っていいくらいだ。

 

 夕闇に浮かぶ大小様々な薄ピンク色の魔法光が妖しげに訪問者を誘惑し、立ち並ぶ家屋はぼんやりと歪んで見える。

 これは誘惑魔法チャームによるコーティングだな。

 低位だし、人々のマインドをコントロールするほどの力はない(高位の魔法は法律で禁止されている)が、店に入ろうか迷っている者の背中を押す程度の効力はあるので、客引きの女性との相乗効果で中々のパワーがあるだろう。


 無論、鉄の心と高い魔法耐性を持つ俺には両方ともに効果は無い。

 それと、


「おいおい……マジかよ。総司令が何でこんなところにいるんだよ」

「そりゃあ、溜まってるんだろ」

「だとしたら……魔王陛下の話はデマか? 総司令もバレたらまずいだろうし」

「いやいや、そんなことより見ろよ、何でプリシラ様がいるんだ!? こっちに男娼はいないぜ?」

「あ? 知らねえのかよお前。プリシラ様はここらじゃ有名人だぞ」


 ……よーし、良い感じに噂が広まってるな。

 コソコソ話してるみたいだがばっちり聞こえてるぜ? なめんじゃねえ。


 それにプリシラね。

 この人、なんかノリノリでついてきたんだよなぁ。


「お前、常連だな?」

「そうだぜ? 悪いかよ」

「いや、そんなことはない」


 悪くない。

 全然悪くないし……というか、設定上では知っていた。


「ならよかったぜ。かーっ、トカゲ女も連れて来ればよかったなぁ」

「エルを?」

「カタブツのリアクションを見てみてえってだけさ──おっ、あそことかどうよ。人気の店だぜ〜?」


 プリシラがキャッキャと指差したのは一際でかい建物だ。

 人の往来は激しいが、その分だけ客引きも多いので余裕がないという印象は薄い。

 デカデカと出された看板には『人族の館』とストレートに記されてある。


 見れば客引きも人族ばかりだし、なるほど、これは他とは違う強烈な個性だな。


「お前、わざとここに誘導したのか?」

「おうよ、言ったろ? リアクションが見たいって」


 プリシラは意外と頭が回る上、俺を心の底からは信用しない。

 真っ先に噂のもみ消しに動いたのも、俺のような外様がアリアと関係を持つのを快く思っていない故。

 

「で、どうよ」

「べつに……何とも思わないさ」

「そうかい、ならさっさと行こうぜ?」


 真紅の外套をはためかせてズンズンと進むプリシラに付いてゆくと、入口付近で人族の女性に服をついと引っ張られた。

 

「……客引きなどせずともここに決めていたが?」

「あ、ぁ、いえ。そういうことではなくて……」

「?」


 どういうつもりなのか分からず、内心首を傾げているとプリシラが助け舟を出してくれる。


「嬢ちゃんはシドに指名して欲しいんだとよ。客引きみんながスタッフってわけじゃねえ」

「そういうものなのか……?」


 流石に詳しいな。

 その辺りのシステムはてんで分からん。


 確かに、夜で冷え込んでいるというのに女性の露出度は高く、スタイルが強調されるような──言い換えるならば、品定めしやすいように配慮された服装をしている。


「だからシドよ、もうちょい反応してやれ。嬢ちゃん話しかけづらそうじゃねえか」


「……」


 まったくもって場違いすぎるな、俺は。

 シド・ウシクは性欲を大昔に捨ててきているし、前世の俺はアリア一筋すぎる。

 綺麗な女性に対して綺麗だなぁ、という感想は覚えてもそれ以上はない。

 

 武士然としたエルの方がまだ人間味のある反応を示しただろうよ。


 はてさて、どうしたものか。

 こんな入り口で誘いを受けるのは、せっかくここまで来たのに勿体なさすぎる気もする。

 俺のやり方でこの店を攻略してやろうじゃないか。


「……きみ、名前は?」

「と、トーリです」

「俺のことは知ってるか?」

「し、シド様ですよね。もちろん存じております」

「ならば話は早い。この立場ゆえ、そう何度も足を運べるわけでもない。だから君を選ぶことは……残念ながらできないな」


 ここで客を積極的に捕まえようとしているということは、まあ……そういうことだ。

 女性ではない。

 俺は当たり前のように心を殺して金貨を二枚女性に握らせる。


「案内、してくれるな?」

「──っ、喜んで!」


 やや落ち込み気味だった彼女は喜色を弾ませて意気揚々と俺の提案を引き受けてくれた。

 金貨が二枚もあれば、節制した暮らしをすればひと月は十分に暮らしていける。

 枚数は探りだったが……この店の給金は金貨二枚で飛んで喜ぶ程度というわけだ。

 無論、人気次第で変動するだろうがな。


「ククっ、てめえはやっぱ性格わりいな」

「……どう思われようと構わんよ」


 さて、一連のやり取りで案内を受けることになった。

 

「好みの子がいたら話しかけてくださいね」


 ムーディーな色味の魔力光が焚かれており、中は全体的に薄ピンク。

 両サイドには奥まで一直線に部屋が等間隔で続いており、それぞれ扉の前には人族の女性が立っている。

 客が蟻地獄に巻き取られるようにして足を自ら運んでいく光景は中々に興味深い。


 まあ、まったくもって他人事じゃないわけだが。

 

「……最高ランクはここにいるのか?」

「この店は上階ほどランクが高くなるので、ここにはいないですね。そこまでお連れしましょうか?」

「ああ、頼む」


 最上階にあたる三階に足を踏み入れるても景色は変わらない。

 一階と同じように部屋の前で女性が佇んでいるだけだ。


 容姿についても確かに綺麗な者ばかりだが、だからと言って一階との決定的な差は見受けられないので、どのあたりが最高ランクの理由なのかが不明だ。


「この店の子は、立場によってランクが変わります。私のような単なる村娘は最底辺で、上は聖騎士や貴族まで。戦で蹂躙されてこんなところまで連れてこられたのに決定的な上下関係があるなんて……ふふ、いえ、なんでもありません」


 俺が困っているのを察知したのかトーリが自嘲混じりに解説してくれる。

 

 プリシラよ、俺を観察するような目で見るな。

 人族の不幸話を聞いて動揺するようなタマなら、俺は今の今まで生き延びていないさ。


「……では、右の手前から順に紹介してくれ。分かる範囲でいい」

「あっ、ぁあの。一つ聞いてよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「シド様はその……なんで、ま……魔族の味方をするのですか?」


 いきなりだな。

 まあ、俺の正体を知るよしもない田舎の村娘からすると疑問でしかないか。


「はっ、ガツンと言ってやれよシド」

「黙ってろプリシラ。命令だ」

「ちぇっ、へーい」

 

 やり辛いな……まあ、ここは。


「お前たちが憎いだからだ。だから攻撃する」


 総司令シド・ウシクとして正しい回答をしておこう。


「……同族意識とか、ないのですか?」

「無い。聞くが、憎しみに種族など関係あると思うか? 例えば、そうだな。村を攻めたのが人族の盗賊だったらどうだ?」

「盗賊を、恨むと思います。それに人族も……信用できなくなると思います」

「そういうことだ。単純だろう?」

「そ……そうですね、単純だと、思います。失礼しました……変なことを聞いてしまって」

「いや、いい。ああ……そう畏まるな。べつに今の質問を受けて罰を与えようなどと思ったりはしない」


 トーリは深々と頭を下げ、プリシラはニマニマと口角を上げる。

 満足いく回答だったみたいだな。

 

「それでは、案内を精一杯させていただきま──」


 案内再開──トーリが気を引き締め直したその時、奥の部屋の扉が吹き飛んで素っ裸の男がカーペットの上を転がった。

 

「すぅ──? って、あーー……」

 

「おいおい、なんかすげえ事になってんじゃねえか」

「行くぞ」

「おう!」


 携帯している剣を抜き放ち、呻く男の前に立つ。


「……ぃ、総司令? なぜ……ここに」

「そんなことはどうでもいいだろ。何があった?」

「っ、くそ女ですよ。聖騎士の……っ!」


 土煙が晴れてゆくと、鉄のベッドに両手首を鎖で繋がれた状態の女が見えた。


 長い黄金の髪に、一糸纏わぬ素肌には無数の浅い傷がつけられている。

 新旧様々な傷跡だ。

 胸糞悪い”何か”が起きていたことが容易に想像できるな。


「どうするよシド。あの女、うちの兵に手ェ上げちまったみたいだぜ?」

「……」

「処刑、かい?」


 そう詰めてくれるなプリシラ。

 最上位決定権を握っているのは俺だ。

 すぐに答えを示してやるさ。

 

 俺は剣を抜いたまま聖騎士と呼ばれた女のもとへ歩み寄ってゆく。


「く……、はは、あはははは! お偉い様が来たみたいだな! のこのこのこのことこんなところまでッッ!! 汚らわしい魔族め!!!」


 こけた頬で、ギラついた瞳で威嚇してくる。

 流石は聖騎士、魔力を封じられ枷を嵌められようとも面構えが違う。

 判断力が落ちているせいか、どうやら俺が人族であると認識できていないみたいだ。


「殺せ」

「!?」

「その剣で私を斬り殺せ! これ以上生き恥を晒してたまるか!!」


 よし、この人で決まりだな。


 眠るようにして目を瞑った彼女に向けて振り上げた剣を──俺は後ろに投げつけた。

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