第三章

第21話 娼館しかねえだろ

 侵攻開始まであと一週間。

 もうしばらくの間休暇を取るつもりだったが、仕事へ戻っていた。


 訓練場の見回りにアリアの警護、各軍団長との情報交換etc──まあ、とくに変わったことはしない。

 正史の魔王軍もパワープレイでの侵攻だったし、特段頭を使うような準備をすることはないのだ。

 

 シナリオを破壊するという意味では、ここで俺があれこれ口出しした方がいいだろうが、この段階では控えておく。


 あまり横道に逸れすぎると、それはそれでシナリオを知っているというアドバンテージが薄れてしまうからな。

 雨を都合よく操作したり、行動を読んでいたり──と、敵さんはかなり俯瞰した位置から状況を見て動けるご様子なので、下手に刺激して更なる手を打たれるのは面倒だ。


「……絶対レイスなんだよなぁ」


 そして誰が犯人かなど、振り返ってみればみるほどに確信的だ。


 表の勇者が死んだのも、手回しできる立場にいるレイスの犯行の可能性はあるし、この前の丘の上での一件だってあまりに都合よく出来すぎている。


 絶対と言い切って断定するのは早計ではあるかもしれないが、明らかに俺を意識した行動を取っているのは確かだ。

 

 だとしたら奴の目的が……分からんな、これが。


 ならば能力は何だろうか。

 雨を操る、未来を読む、世界を見渡す──あの状況から想定できるのはこの辺りか、どれも本来のレイスの能力では不可能だがな。


 そして、俺に施した呪い。

 これはどういうつもりだ?


 人族の領地に入ってきてほしくない、とは言うものの未来や世界を見渡す能力があるのなら必要のない攻撃だ。対策など簡単だろうからな。

 

 だとしたら能力を持っていたとしても精度はそこまで高くないのか。


 呪いの縛りが弱いのは、単純に俺の呪い耐性が高すぎるからだろう。

 なにせカリュオーンに耐えられるくらいだ、ほんの少し行動にルールを課すのが限界。


「どう打って出るか──」


「あいかわらずシけた顔してんな、そーしれーさんよ!」


 研鑽に励む兵で熱された大訓練場には似合わない、よほど呆け顔を晒す俺の背中を力強く叩かれた。


 振り向かなくとも分かる、プリシラだな。


「来る時は連絡を入れろ。お前の声は人族の鼓膜に優しくない」

「はッ、オレらよりよっぽどバケモンなてめえに言われたくないね」


 彼女は俺の肩に腕を回し、全体重を預けてくる。

 どこぞの不良に絡まれているような気分だな。

 てか一々胸を当ててくるな、コイツ……最近何かと接触が激しいんだよな。


「……離れろ。みなの手が鈍くなる、お前のせいでな」

「いいんだよ、これもシドの為だぜ?」

「どういうことだ?」

「この間だったかな。夜空に幽霊が現れたって話題になってるぜ。しかも、それがアリア様とてめえに見えたって話だ」


 ……


 え、何それ聞いてない。


「オレぁ、よくないと思ってんだ。人族とアリア様がくっついちまうのは。前から思っていたが、そろそろまずいぜ?」


「…………何の話か分からんが。なるほど、最近やけに接触してくるのはカモフラージュの為というわけだな」

「そーゆーこと。それに総司令とはいえ男なんだ、悪い気はしねえだろ?」


 こいつ、俺を何だと思ってやがる。

 

 だが、それはそれとして少しやり過ぎた部分はあるか。

 何というかあの時はブレーキがぶっ壊れていたんだ、薬やアリアの魔法も効いてたし。


 そう、だから仕方ない……! 

 

「あぁ……気を遣ってくれていることは理解した。このまま続けてくれ」

「ほう……? いいのかよ。案外気に入ってくれてたのか?」


 プリシラが鉄板みたいに固く大きな胸をぐいぐいと押し付けてくる。

 獣タイプの魔族だから──ではなく、シンプルに筋肉だ。

 どういう構造で成り立っているのかは知らん、ファンタジーだ。


「……ちがっ。何でもない、とりあえずアリアの前では控えてくれよ」

「へいへい、もちろんだぜ」

「本当にわかってるのか? バレたらマジで殺されるぞ」

「わーってるよ、言われなくても。だがよぉ、正直言って俺とナカヨシしてるくらいじゃ足りねえと思うぜ?」


「そんなに……深刻なのか?」

「深刻も深刻よ。噂ってのはすーぐ広がるんだぜ? てめえに伝わってなさそうなのを見る限り、そこんところは死守してるみてえだがよ。困ったことに一部じゃ既に不満が上がり始めてる」


 スパイたる俺の地獄耳に届かない噂なんてあるのかよ。

 よほど俺──というか魔王の耳に入らないように細心の注意を払って広がっていった噂なんだな。


 あと、これはどう考えても俺の行動による発生したシナリオ外イベントだ。

 どのタイミングでシナリオが横道に逸れるのか、もっと想像して然るべきだな。


 まあ、広がってしまったものはどうしようもない。

 噂に対する対抗手段は、そうだな。

 できるほどに強力な更なる噂を流すのが一番か。

 

 ならば、シド・ウシクのお固いキャラクター性からするとアレが効果的だな。

 アリアに対して申し訳ない気持ちでいっぱいだし、プリシラよりも先にぶち殺されかねないが、あそこに行くのはでも大きなメリットがある。


「……プリシラ。お前、悪い顔してるぞ。何を考えているか……何処に行けばいいと考えているか当ててやろうか?」

「いいぜ。総司令様の灰色のちぼーで当ててみやがれ」


 せーの──で、呼吸を合わせる。

 

 俺のすぐ横にあるプリシラの顔がしたり顔で歪む。


「娼館だな」

「娼館しかねえだろ」


 


=======


三章スタートです。


前話に続いてカクヨムさんとチキンレースしようってわけじゃないです……。

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