第16話 魔戦士の一振り

今回、三人称です。

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 元来、魔剣は諸刃の剣そのものである。

 

 程度に差はあれど、全ての魔剣は装備者を蝕むを持ち破滅を願う。

 例えばシドが所有する魔剣カリュオーンは過去666人の装備者に生存者はいない──『死の魔剣』とされている。


 しかして性能に関しては伝説の聖剣と並んで最強。

 魔の頂点たる魔王とは相性の関係上分が悪いが、それ以外には明確に強く出ることができる。

 魔物ごとき、いかに強化されようとも塵芥に等しい。


「ふぅ……っ」


 魔戦士が真一文字に薙ぎ払う。

 ただそれだけでドラゴン級の魔物が肉片と化す。


 魔物どもは、目の前の人が持つ剣を朧げながらに理解して距離を取ろうとするが、当代最強の魔戦士はそれを許さず追撃と言わんばかりに瘴気を纏った斬撃を


 天と魔物が割れ肉片が花火のように打ち上がる。

 雨と肉片が混じり合い、丘の上に地獄が具現化する。


 負けじと魔物たちも植物で形成した槍や弓矢で応戦する、大地が爆散するほどの破壊力と速度だが──魔戦士は木の葉のようにひらりひらりと躱し、躱しきれないものは刀で打ち払う。


 浮遊する無数の目はそのまま彼の視界となるので、死角などどこにもないのだ。


 地上最高峰の戦いの最中、魔戦士は淡々とした呼吸を繰り返しつつ冷静に戦局を俯瞰する。


 敵からの攻撃によるダメージはない。

 だが、同化による影響か、激しい痛みによって首筋を多量の汗が伝う。


「……『自動回帰オート・リカバー』」

 

 魔戦士の周囲には無数の目と彼から剥がれ落ちた皮膚が浮遊している。


 力を得た代償だ。

 急速に喰われ始めている。

 これに抵抗するための第八指定の自動回復魔法。

 立ち所に皮膚が再生し浸食の速度を凌駕する。


 だが、最高位の魔法を常に発動するためには膨大な魔力が必要となるため、継戦可能時間は極端に短くなる──5分が限界といったところか。


 しかし、それだけあれば十分。

 魔戦士が勝負を決めるための大技を放つ構えを取る。

 応じて魔物どもが何やらその身を寄せ合い合体を始めた。


 ごきゅ、ごきゅと骨が砕けるような音が鳴り触手のような蔦が絡み合い一つの形を成す。


『ガァアアアアアアアアア!!!!!!』


 オークでもゴブリンでもない、顔部分に大輪が生えた天を突くほどに大きな花の巨人。

 両肩からは大木の幹のような蔦が無数に伸び、大地を這い回りながら魔戦士へと向かう。


 魔戦士は腰を落としたまま動かず──呼吸を止める。

 

 水面よりも静かに、居合の形から動作する。


 力んでしまうという意味では大技だが必殺技ではない。


 ただ、ひたすらに速いだけの一振り。


 魔戦士の身体がブレると、瞬くよりも早く風が吹く。

 

 あまりにも静かに巨人の図体が上下に分かれ、残心の体勢を維持した魔戦士の後ろ姿が見えた。


『ァ、ゥ、、アウア!?』


 魔物はいまだに気付かない、己が斬られたことに。

 

 ここから先に勝負論はない。

 魔戦士の次なる一振りで細断され埃と化してしまったから。


「……相変わらずひどい戦い方だ」

 

 シドは同化を解除すると不満げにぼやく。

 あまりにも強い力ではあるが、自分の力のみで戦ったという実感がないからだ。

 まあ、そのような事を言い出したら全ての剣士は同じ武器で戦わなければならなくなるのだが。


 そんなことよりも今はリムの元へ向かうのが最優先である。

 シドはすっかり荒れ果ててしまった丘を去ろうとして、気づく──大きな魔力、すなわちリムがこちらへ近づいてきているということに。


「はは……なんだ、探す手間が省け──いや、」


 首を傾げる。

 魔力の数が一つではなかったからだ。


 二つ、三つ──いや、それ以上だ。


 魔剣を仕舞うことはできない。

 シドはバフを展開しつつ静観しつつ、濡れたせいで垂れ下がり邪魔になった前髪をかきあげ魔剣の切っ先を前方へ向ける。


 数秒後。

 丘の下方から太陽のように眩い黄金の鎧を身に纏った集団が現れた。


「……聖騎士の皆さん、魔物の駆除に向かわなくてもいいのか? 勇者はもういないんだろ?」


 この投げかけに金髪の美青年──聖騎士団団長レイス・フィール・ブラッドがリムの手を引いて先頭に立ち、誰にも悪感情を抱かせない心地のよい声色で皮肉混じりに言い捨てる。


「ふ……っ、魔物? そんなものは放っておけばいい。それより、見えてるかな。勇者なら。そうだろ? ウシク」

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