第17話 異色の者ども

 そんなものは放っておけばいい?

 

 こいつ、何言ってやがる。

 お前は確かに勇者を疎ましく思っていたが、国一番の愛国者だろ。


「……解答になっていないぞレイス。なぜ国家戦力の聖騎士が真っ先にここに来た!? 今回の雨は規模が普通じゃないのは分かるだろ?」

「放っておいても。そういうことだよウシク。それより何故君がここにいるのかな?」


 問題ない、だと?

 確かに俺は全貌を掴めているわけではないから、実際には大した危機ではないのかもしれない。

 だが、レイスはそれでも自ら率先して民を救いに動くような男だ。


 ……くそ、ツッコミどころはあるが、それより言い訳の方が先だな。


「ああ……言い訳いらないよ」

「なに?」

「理由なんて聞く必要がないからね。君はスパイ、余計なことはせずただただ阿呆みたいに我々の合図を待っていればいい」


 レイスが手を上げて周りに合図を出すと、両サイドの聖騎士が剣を抜く。


 男と女……確か、コニーとベニーだったか。

 レイスの側近だ。

 背後の奴らもそう、ここに駆けつけているのは皆彼の息がかかった者たちだが、流石に多すぎるな。


「シドさん、大人しく捕まってください。悪いようにはしませんから」


 男──コニーが申し訳なさそうに眉を下げる。


「そう、ただ少し独房に入るだけ」


 女──ベニーが魔法を練り上げる、あの怪しいピンクの光は……睡眠魔法か。


「……」


 リムをどうこうする作戦が破綻していたのかは定かではないが、結果だけを見るならばレイスらにしてやられた形になってしまったな。

 

 そう、のだ。

 

 どう考えてもこの布陣は動員してくるのはおかしい。

 雨を予期していて尚且つ強大な魔物がこの場に出現することを知っていなければ、こうはならないだろう。


「連れていけ。魔法などかけずとも抵抗はしない」

「そう? どうしますか? レイス様」


「いいんじゃないかな、抵抗しないって言うなら。彼、嘘吐いたら死ぬんだし」

「あぁ……そうでしたね、なら問題ないです」

 

 自ら手錠に繋がれに行き、レイスの隣を通り過ぎる寸前、幼い声が耳に届く。


「ぱぱ……わたしを殺そうとしたんですか?」


 消え入りそうな声だった。

 レイスが余計なことを吹き込んだな?


 俺はリムにだけ見えるように人差し指を下に突き出して首肯する。


「……そうだ」

「え、ぅ……そんな……」


 リムは鼻を啜りながら、うめくように泣きじゃくる。

 これをベニーとコニーが慌てて慰めているところを確認して俺はレイスの背に声をかける。


「さっさとしろ。魔族領に戻らなければ不思議に思われてしまうだろうが」


 自分でやらかしておいて横暴なセリフだとは思う。


 

♧♧♧♧♧♧



「さて、ようやく二人きりになれたね」


 一時間後、王城の牢に手錠も枷もなしにぶち込まれていた。


 目の前には椅子に足を組んだ状態で座る笑顔のレイス。


 このクソむかつく顔はいつものレイスだな。


「本題なんだけど……なんで君、リムちゃんのこと知ってるの?」

「……さぁな」


 ゲームで知ってるから──なんて言えるわけがない。


「言葉にしなければ嘘にはならない、て思ってるね? 大正解だ。そして僕には君の口を割る手段が無い。さぁて困った困った」


 さっきこの男が理由を聞いてこなかったのは、聞けなかったから。

 シドという男の口は鋼鉄よりも遥かに硬い。


「勝手に困ってろ。そしてさっさと解放しろ」

「うわぁ、態度でっか。そんな凄まなくても解放するさ──ただ一つ、条件を飲んでくれたらね」

「条件? 何を言っている。俺の帰りが遅れて困るのはお前たちもだろ」

「あー、ま、それもそうか。だから条件ってのは嘘嘘。力ずくで聞かせる──こうやって、ね!」

「──ぅぐ!?」


 レイスが俺の腹に魔力を纏った手を宛てがう。

 すると焼けるような痛みと共に十字架を象った焦げ跡が刻まれた。

 数秒経つと砂上に水が吸収されるようにして消えていった。


「これは……呪魔法。何を遵守させる気だ?」

「自分の意志での入国禁止。難しいことじゃないから怯えることはないよ」


 肩を竦め、あっけらかんと言ってのけるレイス。

 確かに何も難しくはないな。

 だからこそ、そんなイージーな縛りを課したのが甚だ疑問なのだが……。


「……これですべき事は済んだのか?」

「そうだね。これ以上はちょっと思いつかないかな。あまり縛りすぎて魔力が目立つようになっても問題だし」

「そうか……禊が終わったなら、もう行くぞ」

「おーけーおーけー、忘れ物しないでね。遠足は終わりなんだからさ」


 なんだこいつ、顔近っ、シンプルにうぜえよ。


 なので唾の塊をガッツリ吐きかけてやった。


「っ、なッ! きたな!?」

「唾なら吐けるぜ。このくらい躱してみせろよ、団長さん?」

「なんだと!? 優しくしてやればいい気に」

「あぁ……痛いのは勘弁。じゃあな」


 レイスの拳が直撃する寸前に転移魔法を発動。

 魔王城の大扉の前に転移する。


 その足のまま執務室に向かい、流れで通信魔法を飛ばす。


『シドだ。ローズ・リングリンド、至急俺の執務室に来れるか?』

『────はい、こちらローズ。問題ありません。ですが、休暇中とお聞きしていましたがお仕事でしょうか……?』

『ああ。聖女としてのお前と話したい』

『……承知しました。しかし、ふふっ』

『どうした?』

『淑女をこのような夜分に呼びつけるなど……アリア様にはどのように言い訳するおつもりで?』


 ……レイスともども聖なる職につく奴はどいつもこいつも面倒くさいな。


『何もしない。お前と会った後にアリア様のもとへ向かう』

『おや、お熱いことで』

『……切る。さっさと来い』

『あらあらふてちゃ』


 通信をぶつ切りした頃、執務室に到着する。


 黒塗りの豪華な椅子に腰掛けて天を仰ぎ、怒涛の一日がまだ終わりそうにないことに頭を抱えたのだった。

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