第10話 今の自分にできること

「──というわけでして」

「なるほどなるほど……たいへんだねぇ」


 弁当に関する素直な感想を述べるとアリアは大層喜んでくれたが、そのお陰で本題に入るのが遅くなってしまった。


 裏ボス──もとい『真の勇者』について話すとアリアはトントンと眉間を小突いたのち、口を開く。


「私より強い者がいるから進軍を取り止めろ──というのは、理屈としては分かる。でもね、それは今更聞けない話かな」

「……何故?」

「そんなこと言ってたら一生攻められないからだよ。それなら、戦いによって兵力が低下している今が好機ってわけ」


 人族を攻め落とすのは決定事項。

 どうせ強者と戦うことになるなら、表向きの勇者を失った直後でダメージを受けているであろう今がチャンス。


「……まったくその通りです」


 困ったな。

 アリアを止めるに足る材料がない。


 この人は飄々としているが意志は固い。

 第一、全軍に向けて進行の意を表明している以上これを取り下げることはないだろう。魔王として。


「でしょ。我々魔王軍は、一直線に王都へ向かって突き進むの。これは揺るがない決定事項」


 進軍経路はシナリオ通り、か。

 あくまでもシナリオの強制力は継続していて、アリアを殺すための刃が『俺と表向き勇者』から『真の勇者(裏ボス)』に置き換わっただけ。

 

 はっ、どうあってもこの世界はアリアを殺したがっているみたいだな。

 『リム』は正直裏切り者と連携を取れるような状態にないので使命は破綻している。もう完全に別シナリオで以ってアリアを殺す気だな。

 まあ……ラスボスが裏ボスに勝てるわけないからこっちの方が明らかに確実なわけで、正道とも言えるか。


 ともかく。

 

 シナリオに見放された俺がすべきことは──


「──ねえ、シド」

「はい?」

「あなたは死なないでね」

「……」

「魔王命令」

「御意に」


 俺がすべきことは、この素晴らしい『居場所』を守ること。

 絶対にアリアを死なせないこと。

 今の命令を守ること。


 そのために俺ができることは、


「アリア。いえ、アリア様」

「なぁに?」

「開戦まで休暇をいただきたいのですが……可能でしょうか?」


「へ? 意外ね。んー、いいよー、毎日一時間ここに来てくれたらね」


 なんて軽い条件。

 そんなの、言われなくとも一時間と言わず二時間でも三時間でも留まり続けるさ。


「このシド・ウシク。全力で馳せ参じさせていただきます」

「ふふっ、何それ……都合のいい時で構わないわよ」


 やや顔を傾け、しっとりと言うアリア。


「は。それでは──」


 俺は深く礼をして謁見の間を退室する。



 そして図書館で適当に時間を潰し、夜になると自室に戻る途中で進路を変えて静かに魔王城を出る。


「ふぅ〜、俺にしかできないことだ。大丈夫。シナリオは破壊できる」


 ここまでだって十分シナリオは横道に逸れまくっている。

 それを謎の強制力で修正されているだけ。

 

「第7指定魔法──『上位転移グレーターテレポート』」


 魔力的な痕跡を残さない転移魔法で、人族王城の地下鍾乳洞に転移する。


 入り口付近にマーキングを残せて助かった。

 人族王都には魔王軍の探知や転移魔法は届かないが、俺だけは出入り自由。

 

 こっちはこっちで俺の『居場所』なのだ。

 この圧倒的な特権を存分に使い切ってやる。


「さて、ここからが本当の勝負だな」


 口に出し、覚悟を決めて先へ進む。


 もちろん向かう先は例の少女が眠る空間だ。

 

 青白い光のなかへ進むと、王とともに来た時とは違って初っ端から魔力刃が飛んできたので咄嗟にバックステップして回避する。


 どうやら少女の空間とこちら側に境界のようなものがあるようで、魔力刃が一定のラインにまで届くと霧散して消えるみたいだ。

 この仕様は原作通りだな。


『また……来たのですか。死なない人』

「……凄い覚え方だな」

『覚え方なんて何でもいいのです。あなたは嫌いです。回れ右して帰ってください!』


 帰れ、か。

 残念ながらそういうわけにはいかないな。


 俺は魔剣カリュオーンを抜き放ち、同化率50で呪化カースして再び前進する。


『だから──っ! 来ないで──って、言ってるじゃないですか!!』


 『無限鎧インフィニティ・アーマー』、『命の盾ライフセーバー・シールド』、『聖域ホーリー・フィールド』を展開しつつ縦横無尽に駆け巡る音速の刃を呪化カースした右半身を駆使して捌く。


 弾いた衝撃や、命中しなかった魔力刃が俺の周囲を斬り裂きまくって凄まじい戦場跡を形成してゆくが、それでも俺には一つたりとも当たらない。

 

 やがて、無限に等しい弾幕を乗り越えて、少女の元へ辿り着くと俺は次元収納アイテムボックスから取り出した厚めのブランケットを被せてやった。


『──!?』

「俺は話をしにきただけだ。だからキミも刃を下ろしてく」

『ひぃやァッッ、こわいコワい怖いぃ!?!?!?』


「れ」


 『命の盾ライフセーバー・シールド』が発動して、使った位置、つまり入り口にまで戻される。


「ふっ、はは。まあ……簡単じゃあないよな」


 そう確信して、境界線にどかっと腰を下ろすのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る