第9話 (アリア視点)私にとっての特別
寒い冬の中で、少し暖かい日のことだったかな。
シドがウチに来たのは。
「俺を……魔王軍に入れてほしい。人族なら幾らでも殺せる、だからお願いだ」
灰色の髪が特徴的な少年が貴族の首を手土産に魔王軍の門を叩いたのをよく覚えている。
話を聞けば、故郷を盗賊に追われたらしく主犯だった辺境の貴族を殺して此処まで来たそうな。
「ふーん……おもしろいじゃない、いいわよ。エル、通してやりなさい」
「な──っ、迂闊です魔王陛下! 人族の策謀に違いありません!!」
「いいのいいの、もしそうだったら四肢を引っこ抜いて送り返してやるから。くだらぬマネを二度としてこないように、ね」
「…………分かりました。では、末端の兵として──」
「あ、私の側に置いて遊ぶから、部屋を用意してやってって意味ね」
「……魔王陛下の御心のままに」
こんな幼い人族が成せるようなことではないと思い、その時は疑ったし、挑戦状と受け取って存分に愛でてやるつもりだった。
けれど予想とは裏腹にシドと名乗った少年は忠犬のように命令をこなし、類稀な戦闘力をもって実際に人族の兵を次々に葬ってみせたの。
たとえ人族の策謀だったとしても、これは使えるとその時思ったわ。
そんな中、数年が経ち、肉体的に成熟してきても全く裏切る素振りも見せなかったので、いつしか私は遊びではなくちゃんとした側近として彼を使うようになり、魔王軍総司令という大きな責任が伴う立場に任命することにした。
「ありがたき幸せです、陛下」
流石にこの地位を与えてやれば邪な気持ちにもなるだろうと思ったのだけれど、それでも彼は尽くしてくれた。
犬のように、律儀に、忠実に。
「誰もいないときや許可を出したときは……アリアって呼び捨てなさい」
「は。アリアさ……アリア」
「良い子。あ、敬語もいらないわ」
「初めて来た時みたいに話して頂戴」
「アリア……これでいいな?」
「うむ! よろしい!」
だから……かな。
もはや彼を疑うこと自体が失礼なことだと思って、完全に気を許してしまった。
だって仕方ないじゃない?
何年も裏切られることなく一緒にいたら、もうそれって親友とか恋人とか家族みたいな関係じゃん。
下僕のように扱うのって、なんか違うなと思ったの。
で、そうやって同年代の友人のように話していると……どうしても彼の見え方が変わってくる。
私より少し高い身長。
綺麗な灰色の髪。
澄んだ黒い瞳。
魔王軍総司令として恥じない実力を備える研ぎ澄まされた鋼鉄の肉体。
少しお堅いけれど、真面目な性格。
段々と、顔も……悪くないように段々見えてきた。
これが自分の気持ちを理解する決め手だった。
別に彼の顔は大きく変わっていないのにも関わらず、格好良く見えてくるなんて噂に聞く『恋は盲目』現象だと確信するしかないじゃない?
そんなむず痒い心境で日々を過ごしていると、ちょっとした事件が起きてしまう。
「アリア。食べ物を残すな。シェフが泣くぞ」
嫌いな野菜を皿の片隅に寄せていると、対面で静かにナイフとフォークを動かすシドに注意されたの。
「へぇ……言うようになったねシド。もしかして、偉い立場について調子乗ったのかしら?」
少し気を許し過ぎたかもしれない。
忠犬のようだったシドが意見を申し立ててきたのだ。
自分の気持ちはさておき、これはいけない兆候だと思ったので、むしろこっちから注意してやろうと思った。
「そうだ、俺は偉い立場になったから……俺はアリアが心配だから言っている」
「心配……?」
「配下の仕事を蔑ろにするようになったら終わりだ。誰もついて来なくなるぞ? 俺はアリアに孤立して欲しくない」
「……べつに。それでもいいわ。シドさえ居てくれたら……」
「今、俺の話を聞いていない──つまり、蔑ろにしているということになるが、いいな?」
「え、ちが、よくない……」
狼狽える私を見て、シドは柔和に笑う。
「冗談だよ。俺はこうやってアリアを注意することについて仕事だなんて思っていない。友人? のような存在として、注意してるんだ。本当はそうなって欲しくないけれど、もしもアリアが独りになるような事があっても俺は絶対に側に居続けるよ」
衝撃的だった。
胸の奥深くに突き刺さって、自分の中で世界が変わるようなインパクトがあった。
今まで私を咎めるようなことをしてくる者はいなかったからシドの言葉は、存在は、とても意味のあるもののように思えたのだ。
♧♧♧♧♧
そろそろかな。
シドが宣戦布告に行ってから結構時間が経ったし、もうお弁当を食べた頃合いのはず……。
シェフに手取り足取り教えてもらいながら一生懸命汗水垂らして作ったお弁当は、ビジュアル的には少し微妙だったけれど、間違いなく美味しく出来上がったと思うな〜♪
あ。
転移の気配。
「いっそげ〜」
バタバタと玉座に戻り、魔王らしい姿勢でどっしりと座る。
こほんと咳払いをしたタイミングで謁見の間の扉が開き、シドが入ってくる。
彼が眼科で膝を着こうとしたので手で制す。
「無事で何より。報告を聞かせもらおうかな」
「は。宣戦布告は受理されました。ですが……」
「ですが?」
「一つ、大きな問題が起きまして──」
ふむ、何かしら。
まあそんなことよりも。
「待って。その前に、一つ正直に答えてちょうだい」
「なんなりと」
ごくり。
喉を鳴らし、意を決して問う。
「お弁当はおいしかったかしら?」
「…………」
この問いにシドは顔を伏せ、何やら肩を震わせながら絞り出すようして答える。
「最高、でした」
さいこう?
そんな、あのシドが出し惜しみもなく賞賛の言葉を口にするなんて!
「そ、そそそそう?! やった! それならまた作るわね!!」
次はもっと凄いのを作ろう。
シドが涙を流すくらいのね。
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