第8話 エクストラクエスト:『勇者の寝返り』

 赤黒い魔力光で満ちた鍾乳洞に二人の足音が響いている。


 両サイドに爛れた鉄の柵が人が歩けるよう道を示してくれるものの、足元はぬめぬめとしており歩きづらい。

 そこら中に白骨化した魔物の死骸が埋まっており、死ねば空へと還るという常識を覆しているのを容易に察することができ、この場所の異常性が語られずとも見て取れる。


「意外と驚かないのだな? 私が初めて来たときは腰が抜けたぞ??」

「……水面のような心でいなくてはスパイなどやってられませんので」


 見たことのある光景に驚いたりはしないってだけなのだが。

 それになぜ魔物が還らないのかもわかっている。


 ここが『世界』だからだ。

 魔物はここで生死を繰り返している。

 だから先日の魔雨とは比較にならないほどの魔素がこの場を満たしており、呼吸を繰り返しているだけで立ち眩みのような不快感が襲ってくるほどだ。


 ゲームだと、『毒』の状態異常を常に付与してくる最悪なエリアになっていたな。


「見るがよい。あの先こそが、世界の中心だ」


 やがて、青白い光が見えてくる。

 王に続き歩みを進め光の中へ入ると、一気に視界が拓ける。


 

 白い部屋だ。



 天井には無数の白い凹凸があり、そこから水滴が絶え間なく落ちてくる。


 水滴の落ちた先──そこには、壁から伸びる極太の鎖で繋がれた白髪の少女が眠っていた。


「アレこそが真の勇者。先の戦いで死んだ男は、類まれな才を持っていただけの単なる人族である勇者を名乗らせていただけに過ぎん。本当の勇者とは超越者であり、自然には生まれぬ」


 だからこそ、こうして作るのだ。

 魔物の循環が起こるほどの高濃度魔力空間にて、生身の人族を放置する。

 これにより超常的な突然変異が人為的に発生して人外の化け物──『勇者』が誕生する。

 

 無論、適正が無ければあっという間に体内の魔力に異常をきたし、たちまち死んでしまうので彼女は選ばれた存在。


 この時点で何年が経過しているのかは分からない。


 あの少女は裸のまま、飲食や睡眠を絶たれ、この場でひたすらにあの水滴を浴び続けている。


「くはは、気をつけろシドよ。もはやアレは天災そのものだ。触れたならば身を焦がされて死ぬぞ?」

「……」


 王の言葉を無視して、俺は一歩一歩前へと進む。


 理由は単純。

 もしあの少女が戦場に解き放たれてしまったら、アリアが死ぬからだ。


 ならば、俺がこの場で殺し、芽を摘んでおくしかない。

 彼女の壮絶な半生を思えば心苦しいことこの上ないが、俺にとってアリアの生存は今や何よりも優先されるのだ。


「……っ」


 しかし、これはなんだ?


 近づくほどに圧力が強くなっていく!?


 海を深く潜るのと同じ……確かにこれは触れたら死ぬことになるな。

 おそらく触れた奴らはペシャンコに圧殺されているのだろう。


 ならば──


「第八指定魔法──『無限鎧インフィニティ・アーマー』。第八指定魔法──『命の盾ライフセーバー・シールド』」


 潰されるたびに復活する障壁。

 一度だけ死の身代わりとなり、即座に術者を使用地点まで転移させる効果を持つ盾。


 これらを張っておけば継続的なダメージにも対応できるし、最悪の事態も起きないと判断してさらに足を前へと進めてゆき、とうとう少女の目の前まで到達する。


「……シド。もういい、戻ってこい! それ以上は危険だ!!」


「王よ……俺にはこの少女が扱い切れる存在なのか、確かめる義務があるのです」


 一言前置きをして手を伸ばす。


 少女の肩に──触れる。


 すると、指先を起点に『無限鎧インフィニティ・アーマー』がゴリゴリと剥がされ始める──が、耐えられる。


 当たり前だ。

 第八指定魔法の障壁が、単なるパッシブスキルで破られてたまるか!


 よし、このまま至近距離で叩っ斬って──


『とうさま、今どこで何をしているのですか?』


「────っ」


 声。


 空間に響き渡る、少女の可愛らしい声。


『ああ、近くにいるのですね。わたくしには分かります……悪い人は、殺さなきゃ!!』


 殺意。


 指向性を持った魔力の刃が俺を襲い────


「……マジかよ」


 転移する。


 『命の盾ライフセーバー・シールド』が発動し、元の位置まで戻される。



『ふ、はは、ははは!! 死んだ。死んだ? 死んだ!?!? やった…………ね。リムちゃん」


 ……これは、確か負けイベだな。

 魔王アリアより遥かに強い。


 本来なら流石にここまでは強くなかったと思う。


 エクストラクエスト『勇者の愛』に酷似している。


 裏ボス──『リム』との決戦前に、一度主人公パーティーはなす術もなく破れ去るからな。

 丁度今みたいな狂気的な強襲によって。


 で、本番はまともにやりあえるっていう、RPGでよくある形式だ。

 バトルフィールドがここではなく地上に移るから、フィールド補正がなくなって弱体化したのではないかと考察されてはいるが。


 しかし……負けイベが現実で起きるとかヤバすぎるな。

 致死性の猛攻をイベント補正抜きで耐え抜かなければならない。


「王よ。走れますか?」

「あ、いや、私は……」


 王は子鹿のようにガクガクと震えていた。


「走れませんね。俺がおぶって行きます」

「……すまん」


 第八指定魔法──『聖域ホーリー・フィールド』をドーム状に展開。


 魔力を含む攻撃を相殺、それが出来なければ減速させる展開し王をおぶって走り出す。

 転移は使えそうにない。

 少なくともこの空間を抜けないことには。


『あ、まだ生きているのですね。ちゃんと死んでください』


 さっき俺を瞬殺した魔力の刃が嵐のように吹き荒れる。

 射出の瞬間は目で追えないほどに速く、『聖域ホーリー・フィールド』に侵入してきた時点でようやく全貌が掴めた。


 これを何とか走りながら回避し出口へ向かう。


 ようやっと逃げ切れるといったところで背後の魔力圧が急激に高まりを見せた。


『あっははははは!! 死なななない死なない凄いすごいスゴイすご────』


 まずい──そう判断しておぶっていた王を出口へ投げ飛ばすと振り返って魔剣カリュオーンを抜き放つ。


呪化カース。同化率50」


 俺の右半身が異形の姿と化し、そのまま全力で斬り下ろす。


 すると金切り音が鳴り響き、俺を中心にして後方の地面がV字に割れ、そのまま背後の壁までもが斬り裂かれたような跡が走った。


『え、うそ。本当に死なな……い??』

「はぁっ、はぁっ。はっ、こんなところで死ねるかよ」


 吐き捨てるように言い放ち、一目散に逃走する。

 追撃は……来なかった。



♧♧♧♧♧♧



「────というわけだ。どうだ、我が最終兵器は凄いだろう?」


 さっきまでの恐慌は何処へやら。

 まさかあの子を御し切れるとでも思っているのか?


 まったく、王という奴は度し難い。

 まあ、外へ出してほしくはないので、進言はしておこう。


「確かにあの少女は魔王アリアよりも強いかもしれません。しかし……危険です。魔王を倒したとて、この国に危害を及ぼさないという保証はありません」


 強い──というのもそうだが、それ以上に現状アリアを倒せる存在は彼女しかいない。


 魔王アリアは魔力量で上回らなければダメージを与えることができないので、魔力の塊ともいうべき『リム』という少女はまさにうってつけの人物だ。


 原作ゲームの俺が側近として誰よりも近くにいて実力も世界最強といっても差し支えなかったにも関わらず、暗殺という一手を打てなかったのはこれが原因。

 世界最強の『聖剣』を持つ勇者のために魔王打倒のチャンスを作り出す役割に徹するしかなかったのだ。


「うむ、そなたが言うのなら一理はあるのだろうが……」


 流石の王も思案し顎を摩る。


 それから全力で頭を抱えた。


「……いや、すまんな。少し考えさせてくれ。少なくともアレが希望であることには違いないのだ」


「そう、ですか……分かりました。それでは、この辺りで……」

「ああ、引き続きよろしく頼むぞ」




 深く頭を下げ、退席する。

 王城を出て人族の王都を懐かしみながら散策していると手頃な公園を見つけたので、ベンチにやたら重くなった腰を下ろす。

 

「はぁ、疲れた……」


 手の甲に顎を乗せ、はしゃぎ回る人族の子供たちを眺める。

 

 平和だ。

 戦争なんて起きていないのだと錯覚させてくれる。

 この光景は何処の国でも全く同じ、日本という国でもそうだった。


「どうしたものかな……」


 ぼやきつつ、空腹を感じたので次元収納アイテムボックスから弁当箱を取り出す。


 これはアリアが手ずから作ってくれたものだ。

 次元収納アイテムボックス内は時間が経過しないため、まだまだ弁当箱が暖かい。


「推しの愛情たっぷり弁当いただきま────す」


 いざ、ご開帳。

 

 中身がやたら真っ黒で焦げ臭かったとしても、最強の弁当であることに変わりない。

 これ以上のお宝はこの世に存在しない。

 断言できる。


 俺は両手を合わせ、努めてにこやかに野生のように弁当にがっついた。


「グボはぁッ、むぐッ、ぁ。……さいっこうァ!」


 刺々しく突き刺さる愛を口いっぱいに受け止め切り完食する。

 

 深く喜びを噛み締め、


「ご馳走様でした……」


 次元収納アイテムボックスに弁当箱を仕舞い、立ち上がる。


 帰ろう。


 故郷ふるさとへ。

 

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