第7話 深淵への階段
そも、同族である人族に襲われ故郷を失ったというのは真っ赤な嘘である。
そんなものは同情しやすいだけのフィクションだ。
ゴリゴリの温室で産まれ育ち、国家プロジェクトの一環として魔王軍のスパイとなるよう鍛え上げられてきた。
作戦が上手くいき、たまたまたまたまアリアの側近にまで上り詰めただけのこと。
「シド・ウシクだ。通せ」
国をあげて手塩にかけて育てた兵なだけあって、俺は王城まで転移魔法で移動することを許されており、妨げられることもない。
「お帰りなさいませ、王があなたをお待ちです」
人族の王都──グリムヘルジュの王城謁見の間。
小綺麗な侍女に大扉を開けてもらい、中へと姿勢良く進む。
黒をベースにデザインされた魔王城とは違い、こっちは白ベース。
王座へと伸びる赤いカーペットが無ければ一面雪景色の銀世界に迷い込んだのかと思うほどだ。
「うむ……よくぞ戻った」
「お久しぶりです、グリム国王陛下」
軽く頭を下げ、すぐに高所へ座る白髭を蓄えた爺へと向き直る。
「その態度。懐かしいのう」
「……あなたが許したのです。ご不快ならやめますが?」
「いや、よい。私とそなたの仲ではないか」
旧知の仲のような会話だが……アリアや他の団長に聞かれでもしたらタダでは済まないだろうな、流石に。
総司令として部下を連れて行くなどできぬと、訳のわからない格好をつけて一人でここまで来ることに成功したが、流石に盗聴魔法はかけられている。
まあ当然、王城内どころか王都周辺はそのような魔族由来の通信系魔法は使えないので問題はないのだが。
「──して、勇者が死んだことは知っておるな?」
「もちろんです」
そのせいでここに来るのが二年ほど早まったのだからな。
「……しかし、解せないですね。勇者がドラゴンに負けるなど」
「耳が痛いが、何もおかしくはない。ドラゴンは勇者一行を半壊させていったのだからな。それほど強大であったのだ」
「なんと……っ」
口振りからして撃退には成功したが打倒には至らなかったというところか。
まさか、プレイヤースキルを失った勇者がそこまで脆いとは……。
シナリオの強制力的なもので生き残るものとばかり思っていた。
「……ですが、悼んでいる暇はないです。俺がここに来たのは、これを届けるためですので」
「宣戦布告──です。此度は魔王軍総司令としてこの場に参りました」
地に着くほど長い紙をこの場に置き、正眼で国王を見据える。
王がどのような反応をするのか興味がある。
本来、宣戦布告は物語最終盤に追い詰められた魔王軍が放った最期の賭けだ。
だが、今回は意味合いが全くの真逆。
起死回生の一手ではなく、必勝の一手。
勝利を確信しているからこそ打って出たのだ。
さあ、王よ。
あなたはどう出る?
「ふむ……ほう? なるほど、ふっ。くく……フハハはは!!」
「……」
変化が……ないだと?
ゲームでは、勝ちを確信した高笑いを見せたが、それとまったく同じだ。
いったい何が──
「魔王よ、そうまでして死に急ぐか!?」
正眼で視線が交錯する。
王の目は、未だ力強く、何も諦めてなどいない。
そして次の言葉は俺の心に荒波を立てるのに十分すぎた。
「愚かな……蛮族らしく狭量よな。一生涯不毛の地に留まっておけばよいものを……」
「……」
狭量──だと?
常々我が身以外を案じまくり、俺のような人族を受け入れてしまうような大海のごとき心を持つアリアの心が狭いだと??
狭いのは貴様のデコだろうが。
勇者に任せっきりのテンプレ国王に何がわかるッ。
──みしり。
推し全肯定マシーンと化した俺の周りの地面が軋み始めた頃、王が冷や水を被せてきた。
「勇者が死んで勢い付いたのだろうが……なぜに勇者が世界に一人しかおらぬと決めつける?」
シナリオからの脱線を示唆する言葉。
瞠目する俺を置き去りにして、王は重そうに腰を上げて王杖で白亜の床を鳴らした。
すると──ゴゴゴゴゴゴゴゴという重石が擦れ合うような音がして、俺と王の間に地下へと続く階段が出現した。
おいおい……まさか、これは──
「化け物には化け物をぶつけるのが道理よ。さあシドよ、お前には人族の最高傑作に会う権利がある。いざ、ゆこうではないか!」
子どもがオモチャを紹介するようなノリで、裏ボスに会いに行こうなんて言うんじゃねえ。
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