第二章

第6話 あーるてぃーえー

「例のドラゴンによって勇者が戦死しただと!? つまらぬ、それでは戦にならぬではないか……」


 勇者が死んだとの報が入った日の午後、緊急で全軍団長が招集され一つの円卓を囲んでいた。

 ……かつて円卓の形を成していた物を囲んでいる、と言った方が正確か。


 円卓を叩き割り怒鳴り散らしている鬼を思わせる図体の爺は第六軍団長『鉄鬼』アビド・ソードマン。

 彼は戦マニアの変態なので、好敵手がいなくなったことを我が子を失ったかの如く悲しんでいる。


「アビドさん。珍しくあなたに同感です。戦とは、伯仲の勝負でなくてはなりません。でなければ単なる虐殺になってしまいます」

「ふんっ、貴様と同じなど何も嬉しくないわ。ワシは勇者でなく貴様が真っ先に死ねばいいと思っとるんだがな」

「ふっ、それこそ同感です。あなたなど天罰によって召されたらいいのに」


 アビドの対面に座る目を瞑ったまま細々と話す三つ目の女は世界に一人しかいない『聖女』ローズ・リングリンド。

 聖騎士が崇めている『主』は彼女であり、皮肉なことに魔王軍の第四軍団長をやっているおり、自らを崇め奉る聖騎士を大層面白がっている。


「オレからしたらお前らが共倒れしてくれりゃぁ万々歳なんだがな」


 横から水をさすのは当然第二軍団長プリシラ。

 狂犬のごとき彼女を制するかのように首根っこを掴み上げてみせたのは、第一軍団長のチャリオット・エル・ドラゴンロード・ジュニアだ。


「おいっ! ふざけんな離せよ!! このトカゲ女!!!」

「黙れ。魔王陛下の御前だぞ。私含め、誰も彼もが首を垂れ口を開くべきではないのだ」


 彼女は竜と魔族のハーフであり、めちゃ面積を取る赤い翼に赤い尻尾と赤い髪を靡かせる情熱的な美女だ。

 純粋な戦闘能力は全軍団長の中でも最強とされており、美貌と強さの合わせ技によって一時期人気投票でアリアを上回ることがあった傑物である。


 ああ……。

 俺はもちろん、言うまでもなく人気投票なんて全くもって縁など無かったがな。


「カカッ、あいも変わらず狂犬めはエル殿に弱いのう。とりあえずワシとしてもエル殿に同感じゃ。アリア嬢に総司令殿は何故黙す?」


 ここでようやく俺に賽を投げられる。

 第一軍軍団長の席に座った状態で淡々と返すこととする。 


「陛下のご意向だ」


 陛下のご意向は全てに優先されるのだ。


「ご意向、ですか?」


「陛下は我らの日常を望んでおられる。だからお前たち、わちゃわちゃしろ」

「わちゃ、わちゃ……?」


 ──みんながわちゃわちゃしているところが見たいわね。


 って、言っていたんだ。

 どうにか理解してくれ。


「シド・ウシク。私には貴官の言っていることが理解できん。我らが集ったのはこれからの戦略を立てるためではないのか?」


 ごもっともだよエル。

 俺もそう思う。


「ふ───、はは。そうだよねエル。ちょっといじわるしちゃった。ごめんね」


 ここまでニマニマ顔で静観していたアリアがえへへと笑いながら手を絡ませて艶のある声で話し始める。


「いい、頭は下げなくていいの。ただの私情で眺めていただけだから」


 姿勢を正し、謝意を述べようとする軍団長らを制すると、アリアは少し寂しそうな声で語り始める。


「ときにエル、あなたは戦略と言ったわね。でももう──そんなの、必要なくなっちゃった」

「と、言いますと?」


 ふふ──と、口を押さえてアリアは微笑み、破壊された円卓の上に浮かべた地図のとある箇所を指差した。

 

 そこにはデカデカと人族の国旗が立てられている。

 ついに──というべきではないだろう。

 早くもその時がやってきたのだ。


「──というわけなので。シド、あとはよろしくね」

「はい」


 胸に手を当て、立ち上がる。

 

 それから俺はゲーム最終盤で言うはずのセリフを重々しく口にした。


「奴らの王都へ、宣戦布告に行って参ります」

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