第5話 主人公補正

 競争したい──ね。

 彼女は分かっているのだろうか。 


 元来、俺は魔王を守護する立場にあるため、修得している魔法も防御に寄ったものが多いのだ。

 通常の戦い方で勝負になるとでも?


 まあいい、やるだけやろうじゃないか。


「第八指定魔法──『無限鎧インフィニティ・アーマー』」


 魔剣カリュオーンを後ろに流しながら走り出し、最高位の防御付与魔法バフを発動。

 全ての攻撃(過剰火力は防げない)を一度だけ無効化する障壁で全身を覆う。

 しかもこの魔法は剥がされるたびに自動で障壁が復活する効果を併せ持つので、生半可な攻撃は一切通さなくなる。

 

 これにより大きな魔力の高まりを感じ取ったのかドラゴンは雄叫びを上げ、天に広がる漆黒の雲を纏い出す。


「ちっ、?」


 この雨によって誕生したばかりの魔物は並より強い。

 あのように魔素を大量に含んだ雲を纏い実質的な付与バフをかけるのだ。


 効果は確か……単純明快で、自動回復リジェネと攻防力強化だったか?


「今世で戦うのは初めてだが……」


 どんなものか見せてもらおう。


 強く地を蹴り飛び上がり、魔剣をドラゴンの顔面に向かって斬り下ろす。


 しかし、火花が舞っただけに留まり硬質な外皮を突破できない。


「グルゥアアッッ」


 ドラゴンは俺を雑魚と悟ったのか大振りで鍵爪を放ってくる──が、これは魔剣を割り込ませて防御する。


 衝撃により俺はドラゴンの真横に吹き飛んで、大地ではなく空中を蹴って今度は大きな翼の付け目めがけて魔剣を叩きつける。


「グギィアッッ!?」


 黒い血が静かに噴き出し、逆再生のように傷口が治まってゆく。

 とはいえ切断するまで至らず、攻撃の反動で宙に留まっているところにブレス攻撃を叩き込まれる。

 あまりの圧力に魔剣を突き立てたまま、黒炎を受け俺は無様に墜落することになるが──無限に再生する無限鎧インフィニティ・アーマーを破られることはなく、埃を手で払うようにして無傷で受け流す。


 ドラゴンもこれには驚いたのか追撃で放とうとしていたブレスを甲斐甲斐しく引っ込めてみせる。

 ゲームで見た動作だな。

 性格は臆病──なので、大技を防いだ後に大きな隙を見せる。


「ふふ──っ、さっすが守護騎士パラディン。ダメージを受けない戦い方はお手のものね」


 好機だったので攻撃を加えようと思ったが、ここまでの戦いを呑気に観戦していた拍手で俺を賞賛してきたので踏み留まる。


「……」


 観客ギャラリーは彼女だけじゃないな。

 結界の外を見れば動員された兵だけでなく、建物の窓からも一般の人たちも俺の戦いを見ているみたいだ。


 そう、見ている。

 天下の魔王軍総司令。

 魔王の右腕の戦いを。


「……案の定盛り上がってないな。むしろちょっとガッカリしてる雰囲気が伝わってくる」

「まぁ、仕方ないよ。それがあなたの戦い方だもの」


 気にしなくていいよ〜と言いつつ、アリアは小さくサムズアップして見せた。


 はっ、分かったよ。

 やれ──だな?


「散歩の目的は……士気向上だったか」


 まったく、体の良いサンドバッグがやってきたものだ。

 

「こい──カリュオーン」


 呼びつけるとドラゴンに突き刺さっていた魔剣がドロリと溶け落ちて、俺の手元にまで戻ってくると再び剣の姿を成した。


呪化カース


 鍵言を呟き魔力をさらに流す。


 魔剣はこれに応じて九十九の眼球から血の涙を流し、俺の右腕に絡みつく。


 ビキビキと不快な音を立てて凝固した血が俺の皮膚を突き破り肉へと侵入を始め、やがて右腕と魔剣が同化したような形になる。


「同化率20」


 異形と化した右腕の力は、軽く振るうだけで魔力風が吹き荒れ、ドラゴンまでもが僅かに後退するような素振りを見せるほど。


 それにしても……きもいな。


「これで士気上がるかい?」

「上げ上げだよ」

「それはアリアだけだろ」


 軽口はそこそこに、最初と同じように飛び上がり魔剣の一撃を放つ。

 

 ただの振り下ろしだ。

 だが、威力はさっきの十倍はあるだろう。


 現にドラゴンが初めて行動の全てを防御に回し、両手を使って受け止めてみせた。


「グゥルオアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」


 それも全力で。

 こんなところで産まれてしまったばかりに……世界最悪の魔剣の一撃を受ける羽目になるなんてな、数奇な運命だ。


 あとはこのまま押し込んで──


「抜け駆けって──最低だよ?」


 背後に零度の気配。

 飛び退いて避けると極小の紅蓮がドラゴンに直撃して豪炎を巻き上げる。


「……先手譲っただろ。魔王みたいな奴め」

「魔王ですけど?」


「──くそっ」


 ヤケクソになって燃え盛るドラゴンに斬りかかる。


「あはっ、負けるか!」


 同じくアリアも大鎌を携えて突撃し二人の攻撃が重なって、あろうことか特大の爆発が発生してしまう。


 あまりに高密度な魔力同士の衝突は時として大惨事を生んでしまうのだ。


「はは──!」


 結果として、ドラゴンは花火となった。


 無数の肉片が大空へと舞い上がり、大地に降り注いで肥やしとなる前に気化。

 

 哀れなり。

 強大なドラゴンは生誕30分でこの地より去ってしまったのだ。


「……呆気なかったな」

「当たり前。手こずるわけがないわね」


 魔王軍最高戦力二人。


 魔王アリアとシドによる情け容赦ないリンチなど、この世に受け止め切れるやつなんて存在するわけがないのだ。少なくとも現時点では。


 魔剣の能力を解除し、次元収納アイテムボックスに仕舞った辺りで同じく身軽になったアリアが話しかけてくる。


「ざーんねん! これじゃ引き分けね。でも、楽しかった」

「……そうだな。良い演目にもなっただろうし」


 手のひらを合わせ艶やかな仕草でしっとりと話すものだから、俺だけでなく観客ギャラリー全てが呆けたような目で彼女を見てしまう。


 そして、観客が次の瞬間にどよめいたのは俺の頬にアリアが軽くキスをしたからだ。


「魔王の褒美──って、理解してね」

「は……ぃ」


 彼女は拡声魔法で周辺にも声が届くようにしたので、もはや一帯は阿鼻叫喚の嵐。


 士気?

 そんなものは爆上がりだ。


 明日は我こそがと志す者で志願書がいっぱいになるだろう。

 それを捌くのは俺の仕事──と考えれば……いや、考えるのはよそう。胃が痛くなるだけだ。


 とりあえず、後のことを考える前に事後処理だな。

 通信はできるようになっているみたいだし。


『周辺の部隊に告ぐ──魔王陛下の寵愛が欲しいと思うならば、掃除に取り掛かれ! 雨が凝固する前にな』

『『は!!!』』


 先のように即刻魔物になるのはドラゴンのような強力な個体だけだ。

 それ以外は早急に拭き取るなり対処すれば問題ない。


 みんな凄まじくイケイケだし、適当に指揮を取ってるだけ片付くだろう。

 よし、現場へ向か、

「随分と早足だねぇ」

「…………俺には責務があるんだ。総司令としてのな」

「ふーーん」


 何やらジト目で小悪魔チックに人差し指でツンツンしてくるアリアを努めてスルーして俺は兵らの元へ向かう。


「赤くなっちゃって……そんなこと言いながら自分が欲しいんでしょ。ち──────」


 最後まで聞く前に声が届かないところまで移動することで回避した。



♧♧♧♧♧

 


 三日後。

 俺は久しぶりの休日ということで図書館で本を読んでいた。

 次の展開まで暇だしな。

 

 読んでいるのは魔法指南書。

 前世でゲームをしていた時と今世での魔法仕様に違いが無いか改めてチェックをしているのだ。


「魔法は第一指定から第八指定まで。血に刻むことによって鍵言を唱えるだけで使用可能……システマチックなのはゲームに合わせてってわけか」


 魔法を覚えるために小難しい訓練などは必要ない。

 丸薬を飲むことで血に定着し、どの第何指定までの魔法が修得できるかは才能に依存する。

 

 修得してから、魔法を強化するためには努力が必要だ。

 理解を深めたり、何度も何度も強くなってゆく。


 ああ、この辺はゲームと違うか。ゲームだと魔力量に依存してたし。

 

 魔法指南書を再確認することで新たな発見があるかと思ったが、そんなことはなさそうだ。

 

 それなら次は──



 バタンッ。



「こちらにおられましたか総司令!! はぁ……っ、はぁ……っ。き、火急の報告です!!」


 突如。

 伝令兵が図書館に息を荒げて飛び込んできた。


「……通信で先に知らせろ」

「申し訳ありません! この喜びをっ、直に伝えたくてこのような形に──!!」


「喜び……? 話せ」


「はい! それが──」


 ゲーム内に転生した俺は今更何を言われても驚かない自信がある。アリアの言葉は例外中の例外だが。


 しかし、興奮混じりに放垂れたその言葉は、さしもの俺も──おうむ返しのように聞き返してしまう。



「勇者が……死んだ??」



 勇者死亡の報せであった。

 

 


===========



第一章 了

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