第3話 メタ的伏線
窓を蹴破り、ダイナミックに突入してきたのは魔王軍第二軍団団長プリシラ。
頭上を通り過ぎる最中、彼女は魔王アリアを目視すると「マジかよ!?」と言いつつ慌てて体勢を変え、軍団長に与えらえた真紅の外套を靡かせ着地すると片膝をつく。
それから三白眼の金色の瞳で俺を睨みつけた。
「アリア様、総司令。先の戦の報告に参りました……して、この状況はいったい?」
プリシラの眼光には殺意すら宿っている。
彼女は猫というより獰猛なライオンであり、圧倒的な捕食者だ。
ギザギザの歯はガチガチと音を鳴らし、仮に俺の指を差し出そうものなら即刻噛みちぎられているだろう。
この関係性はゲームでは最後まで変わらなかった。
「久しぶり〜、プリシラ。今、総司令を労ってるの」
「……そう、ですか。もはや何も言えぬ領域にまで至っていますよ、これは」
プリシラは呆れたように眉を下げる。
「立っても?」
「どうぞ。あ、普通に喋っていいわ」
「……ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて」
何やら怒気を孕んだプリシラが近づいてくると、ゴミを見るような目で俺を見下ろした。
「治ったなら降りろ。クソ野郎」
「……見ての通り動けない。アリアに言ってくれ」
「ガチャガチャうるせえよ。オレぁニンゲンが──」
「──プリシラ。それ以上は感心しないかな」
「〜〜〜〜」
瞬間。
プリシラに向けられたアリアの敵意により、医務室の室温が零度にまで下がる────錯覚。
本能的に四足獣のような構えを取ってしまうプリシラに向け、アリアが「困ったな〜、怒ってないって」とひらひら手を振ることにより、張り詰めていた空気が霧散した。
「……場にそぐわねえ事を言おうとしました、すみません。しかし、アリア様。オレは一応軍人として報告をしにきました。それなりの格好というか…………で、聞いてほしいんです」
「あー、そういうこと。ごめんね〜プリシラ。私が悪かったかな」
やや怯えの色が残るプリシラに向け、努めて優しい声をかけるよう気をつけながら、アリアはようやく俺から離れベッドを降りた。少々残念だ。
俺もこれに続き、ちゃんとした報告会という事なのでいつもの通りアリアのやや右斜め後方に控える。
「報告の内容は一旦シドが起きるまで放置していた、『罠』の件ね」
「はい、総司令が言った『罠』という言葉についてです」
真面目なトーンで話すアリアとプリシラは最高に絵になっている。
会話のセリフは既にして異なっているが、語っている内容自体はシナリオ通り。運命力的なやつによって、シナリオの展開に影響が出ないようになっているのだろうか。
「不可解な言葉だったと軍全体で不審な声が一時上がりましたが、現場にいたオレがこの場で進言させていただきます──シドの、総司令の判断は正しかったです」
「私は何も疑っていなかったけど、ね。続けて」
「はい。本来、オレはそもそも勇者と戦う予定ではありませんでした。
決して独断で戦ったわけじゃないぞ、と念押しして、
「別の戦場から転移させられたのです、勇者の前に──軍ごと」
「あなたほどの空間魔法の使い手が?」
「オレも当時は訳が分かりませんでしたよ。ですが事実です。ニンゲンどもの中に、それだけの事をしでかす輩がいる」
「……勇者にあなたを討たせるのが目的だったのかしら」
「それは……オレの勘ですが違うと思います。勇者一行は4軍と交戦中だったし、追加でオレたちまで相手取るのは荷が重いので……。すみません、ちょっと理由や動機までは分かりません。とりあえず、異変を察知したシドは作戦の決壊を予期し『罠』と表現した──というのがオレの見解です」
「……そうね。シド、合ってる?」
ここで俺の出番が回ってくる。
先の展開を知っていて、答え合わせのように語るのはちょっと変な気分だな。
「……ああ。俺は一応、総司令として全ての軍の配置を把握しているからな」
人間サイドからもリアルタイムで逐一通信入るし、みんなが思ってる以上に情報に齟齬は生じない。
アリアや軍団長各位には、戦局を把握する力があるとだけ伝えてある。
「あの瞬間、プリシラが何故か勇者と交戦しているのを知ってな。不測の事態と悟り、火急で超域魔法を停止させるため『罠』とだけ申告したんだ」
それはそれとして、勇者は『魔王軍第二軍団団長プリシラが、空間遮断魔法を使いやがった!! テレポートが使えねえ!!!』と言ったが、振り返ってみればかなり不自然だ。
超域魔法は標的が視認してから回避するのは不可能な速度を誇るので、わざわざ勇者一行をその場に留める必要がない。
すなわち、プリシラがわざわざ空間を遮断し勇者に
「ときにプリシラ、あの時お前は空間遮断魔法の類を使ってないよな」
「おうっ。当然だろ。だがよ、オレではない誰かが使ってたな〜。突破できない訳じゃなかったが、超域魔法を止めてくれたのは正直助かった。多分、そいつが転移魔法使ったやつだろうよ」
「だろうな。で、そいつなんだが……残念ながら俺にもわからん。そも、現場のお前が分かってないなら断定的な事を言えない」
「……そうか、なんかわりーな」
「気にするな、俺をフラットな視点で庇ってくれただけでもありがたい」
「けっ、そうかよ」
ま、正体は急成長する勇者の失墜を狙った連中──聖騎士だったりするんだが……ここで言うべきか否か。
言えば間違いなく展開が変わる。
いい方向に向かうか分からない以上、言うべきではないか。
というか今気付いたが、あの時言った俺のセリフ──『罠』というのは、この展開のための伏線か。二重の意味で掛かってるし。
この何者かに操作されていたような感じ、心底気色悪いな。
「──はーい、お話は終わりね」
パン──とアリアが手を叩き、やや緊張した空気を断ち切る。
アリアはクリクリとした目を細め「いずれにしても、魔王軍が遅れを取ったことに変わりはないわね」とピシャリと言い切り、
「じゃ、少し街を歩いてこようかな」
「──!? 街、ですか?」
「うん、先の戦いで、魔王自ら前線に出向いておきながら遅れを取ってしまったわ。軍の士気を上げるにはまず、民を元気づけないと」
「なん──っ」
「なぁに、シド。驚きすぎだよ」
シナリオにない展開を示唆する事を言い始めた。
どういうことだ?
ここまで記憶は未来予知の如く正しい上、脱線してしまうような行動も起こしていないはず。
だとすればこれは──原作ゲームシナリオの裏側。
シド・ウシクの主観で綴られる物語。
というより──俺自身の人生。
記憶が混ざってしまい、なまじ先がわかってしまうせいでどこか俯瞰で世界を見てしまっている部分があったのかもしれないが、この唐突感こそが本来の在り方だというのに、何を驚くことがあるというのだ。
『────』
このタイミングで脳内に通信魔法の前兆がジリジリと走る。
特殊な信号だが勇者だな、これもシナリオにはなかった。
『シドだ。マルス、どうした?』
『どうしたってお前。気を失っていたのか? 繋がらなくて心配したぞ!』
『……悪い。超域魔法のダメージがかなり大きくてな。さっき起きたところだ』
『そ、そうか。わかった。病み上がりのところさっそくだが、次の作戦概要を説明する』
『……待て、長くなるのか?』
『ああ、かなりの大規模作戦になる』
『……そうか』
脳内で会話を続けながら、アリアが「護衛よろしくね」と言ってきたので、俺は穏やかに頷いて勇者に断りを入れることにする。この作戦の概要なんて先んじて知ってるし、後で適当に聞き流せばいいだろう。
『今しがた急用が入ったので、後に回せるか?』
『魔王軍側の仕事だな? そんなものは後で──』
『これは人間族の存亡をかけた戦いだ。一縷の裏切りも悟らせてはならない』
『あ、ああ。了解だ……予定は調整しておく。幸運を』
──プツン。
通信が切れると周りに悟られない程度に小さく深く息を吐く。
そう、
今から、前世と今世の記憶を持った状態で、民と触れ合い慈しむであろうアリアと散歩するという大きな大きなミッションに出撃するのだから。
これを完遂した暁には……使命の事など跡形もなく崩れ去っているかもしれないな。
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