第2話 裏切る理由をくれ!(限界化)
「ぅ……ぁあぁあああ。誰か俺を殺してくれぇ……」
いっそあのまま殺されていればよかったと思うほどの屈辱だ。
この感情が本当に嘆かわしい。
シド・ウシクとして魔王アリアを敵視する感情と真っ向からぶつかり合っているせいで吐き気を催すほどに気分が悪い。
「ああっ! アアッ!! くそっ! くそッッ!!」
ベッドにヘッドバウンディングで頭を叩きつけて感情を矯正しようとするが、もちろんこんなものに効果はない。
なんだか虚しくなったのでベッドから降りて、身支度を整えながら記憶を軽く振り返る。
「…………プレイヤーの憎しみが、世界を繋げたとでも? はっ、馬鹿げてるな」
俺はRPGゲーム『アルカディアフロンティア(通称アルフロ)』に登場する人間族でありながら強大な力を持ち、魔族を束ねる魔王アリア・ハートプランシェットの側近として暗躍するスパイ。
魔王を裏切り『勇者(プレイヤー)』の味方をする作中最重要キャラクター。
戦争終結後は英雄となり、美女を侍らせ堕落した生活を手に入れる──というのが大まかなストーリーだ。
作品完結後の平和な世界では裏切り者の信用できないやつとして嫌われており、プレイヤーからも
「それがどうした。どこまでが真実か、確かめてやる」
『両』の俺が事態を完全に信じきれていない、流石に。
ここが本当にアルフロ世界なら、そろそろだ。
超域魔法を受け止めてシドが倒れるというのは、記憶に異変が起きるというイレギュラー以外はシナリオ通り。
なら、次の展開は────
「──シド!!!! 今、獣のような雄叫びが……ぁ、って、あれ?」
────シドを心配したアリアの医務室訪問。
彼女は息を荒げながら、粉々に破壊した扉の前で安堵の声を漏らす。
「よかったぁ」──と。
突入時の言葉は変化しているが、展開自体はまったく同じだ。
ここで異なるのは、俺の反応。
本来ならここは事務的に魔王軍総司令として「無様にも醜態を晒してしまい、申し訳ございません。なんなりと罰を」とでも言うところだが……。
「…………ぅあ」
「ん?」
声が出せん。
真っ直ぐ前を向けない。
鼓動がうるさい。
アリアの指先が視界に入った瞬間からこうだった。
戦闘時のように冷静な自分を生み出し、思考することはできても、まともに行動することができない。
「お〜、どっくんどっくん。すっごい心臓が高鳴ってるわね」
「〜〜〜〜〜〜!?!?!?!?」
アリアが俺の、俺のっ。
胸に耳を当てている!?
これは──まずい。
「は、離れろぉっ!」
「きゃっ!?」
だから俺は魔王を強引に引き離すという暴挙に出てしまう。
アリアは魔王らしからぬ少女のような声を上げて、
「……シド。ごめんなさい。まだ完治していないのに、私が来ちゃったから……」
一度ならず二度までも醜態を晒してしまったこの俺を、心の底から心配してくれる。
全面的に俺が悪いというのに……。
「すま、ない……」
なんだか申し訳なくなった俺はよろよろと後退し、ベッドにストンと腰を落とす。
それから視線を掬い上げるようにしてアリアの方に向き直る。
彼女は何も変わらない。
ただただ優しくしてくれている。
その忙しく動く背中の小さな黒い羽根も、比喩抜きで神に設計された抜群のプロポーションも、全てを熱く包み込むような紅い瞳も、夜の帳そのもののような黒く艶やかな髪も──全て全て見慣れたものだ。
それなのに。
それなのに──。
「う──っ、くっ、ぅぁあ……」
「え……っ!?」
全てが新鮮。
全てが喜び。
全てが感動。
この俺が────泣いている?
今までのような悪感情は一切湧き上がってこない。
どうやったらこの美しい顔をめちゃくちゃに破壊できるか、それだけを考えて行動してきたはずなのに……。
いや、それ自体が間違っていた。
おかしかったんじゃないかとすら思えてくる。
俺自身、べつに魔王軍によって故郷が破壊されたわけではないのだ。
やったのは同族である人間たち。
本来ならば彼らに向けるべき憎しみを、アリアたち魔族に向けていたのではないだろうか──そう、
そうとしか思えないほどの感情変化。
でも、仮にそうであったとしても、訳のわからない記憶の混入によって使命を否定するのは……違う気がする。
俺は────
「……ごめんなさい、シド」
思考の世界に没頭している俺を、突如としてアリアが抱き締めてきた。
強く、強く。
絶対に逃げることはできない魔王の抱擁。
意志も、思考すらも超越して、俺の鼻から血液が流れ落ちてゆく。
「何か、何か……思い悩んでいるんだね。私の知らないところで。気づいて、やれなかった……魔王なのに」
脳を震わせるような甘い声に、俺の身体は脱力してしまう。
「……そんな、ことは」
「そうね、そんなことはない──って言って、シドは話してくれないよね。でもいいの、これは私の
この涙は正直言ってアリアが想像しているようなネガティブなものではないのだが──でもそうか、そうだよな。
アリアは愚かだ。
ともすれば愚かと見えてしまうほどに『優しい』のだ。
つい先日まで、敵でしかなかった俺は、アリアの行動や言動をただただ愚かとしか捉えることが出来なかったのだが……新たな記憶によってプラスマイナスゼロとなり、フラットに見ることが出来ている。
そうなれば、ああ……まずいな。
本当に。
魔王アリアを裏切る理由が──見つからない。
こうなったら託された使命に従って動くか。
それしかない。
新たな記憶も、過去の体験も、全てかなぐり捨てて使命遂行の機械と化す。
物語を知ってしまったのだから、もはやアリアを殺すことなど作業のようなものなのだ。
いいぞ、それでいこ──
「……ねぇ、シド」
「はぃ……」
「これだけ言わせて。もう、無茶はしないこと」
「それは……約束できない」
「魔王命令」
「……は」
もう無理……限界化しそう。
使命だの記憶検証だの、後からでよくない????
ずっとこのままでいいし。
最高で最強なんだから。
『────やっと繋がったぜ、起きたみてえだな。戦の報告しに行くからそのまま医務室の空間は開いとけよ』
あ、プリシラの通信か。
そういえばそれがあったな。
『待て、プリシラ。総司令としての命令だ。あと30分待機しろ』
『はぁ〜? ふざけんなよ、こちとら一週間も待ったんだ。もう一秒たりとも待つ気はないね』
『そうか……分かった』
『何がわk』
──プツン。
と通信を切り、何食わぬスパイ顔で鼻血を拭う。
この時間は重要なのだ。
アリアに対する耐性を得るため、今後を考えるための時間。
「────────ざっっっけんじゃねえ!!!!!!」
そんな素晴らしい時間は、窓ガラスは粉々に蹴り飛ばし突入してきた猫耳魔族プリシラの怒号によって終わりを告げるのだった。
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