推しの魔王を裏切って破滅させるクソ野郎に転生したので、原作ゲームのシナリオを破壊して運命をねじ伏せることにしました

ぱんまつり

第一章

第1話 使命をかなぐり捨てて推しを叫ぶ

「シド、人族を征服したら私と結婚しない?」

 

 魔王軍と人族の最前線。

 大軍勢の中央に陣を敷く魔王アリア・ハートプランシェットが、右腕たる俺にしっとりとそう言った。


「陛下の臨むままに」

「あー、魔王軍総司令としてのあなたじゃなくて、”シド・ウシク”に聞いたんだけど……」


「…………その聞き方はズルいな。断る理由がない」

「あはっ、よかった〜。シドって堅物だから、もしかしたら断られるかも──って思っちゃったんだけど、杞憂だったみたいね」


 玉座に座るアリアは、新雪のように白くシミひとつない綺麗な脚を組み替えて、ゆらりと右腕を前へと突き出す。


「ちょうどこの方向に勇者がいる。あなたの言う通りに先制して超域魔法を放てば、それで私たちの勝利が確定するわね」


 消費魔力量が多いが、一撃で大軍を葬り去る威力を誇る魔王アリアの『超域魔法』。

 直撃さえすれば邂逅することなく、人類最大戦力たる勇者一行を討ち倒すことが可能なのだ。


 そう、


「うん、任せて」


 アリアからは見えないだろうが、俺はきっと悪い笑みを浮かべているだろう。


 ふふっ、笑うなシドよ。

 超域魔法の着弾位置に勇者一行がいないと知っていて、無駄打ちに多大な魔力を費やしたアリアがこの後勇者一行に襲撃される算段なことを知っていても笑うな。


 ふはっ、ああだめだ。

 笑うなという方が酷だろ。


 魔王アリアは愚かすぎる。

 俺は人族だぞ?

 いくら同族に襲われ、故郷を追われたという体の良い辛い過去を持っていて、戦闘力が高いとしても信用などするなよ。


 まあいい。

 俺がスパイだったことを最期に知り、自らの愚かさを後悔して逝くがいい。

 

 見届けさせてもら──


『──────くせんは。作戦は中止だ! シド!! 魔王の超域魔法を止めろ!!!!』


 突如、勝利の確信に緩みつつある俺の脳内に、鬼気迫るの声が響いた。


『何事だ!?』

『戦線離脱できていない! 魔王軍第二軍団団長プリシラが、空間遮断魔法を使いやがった!! テレポートが使えねえ!!!』

『──っ。それはまずいな』


 くそっ、そもそも何故空間魔法の使い手であるプリシラがそこにいる。

 持ち場から離れるなよ!?

 

 軍を操作する立場にあるのは──俺か。俺の失態だ。

 プリシラの好戦的な性格を考慮して、戦場に連れてくるのを避けるべきだったのだ。

 いや、奴は便利だから連れてこないという選択肢は──くそっ、反省会は後だ!


 それよりもまず──!


「アリア!! 今すぐ超域魔法を止めろ!!! 罠だ!!!」


 勇者はいない──とは言えない。

 プリシラが立ち会っている以上、下手な嘘を吐けないから誤魔化すしかない。


「ええっ!? どういうこと!? でも今更──止められない!!」

「──ッ、マジかよ!!」


 周囲の土煙が舞い、赤紫色の可視化した魔力がアリアの右腕を包み込んでいる。

 彼女の頭に生えた小さな二つの角もパチパチと紫電を放ってるし、いかにも発射直前といった感じだ。


 超域魔法の操作は魔王といえども容易ではない。

 アリアを今から攻撃しても、止まるかは分からない。 

 くそっ、かくなる上は──!


「ぅおああああああああああ!!!!!!」

「──っ、シド!?!?」


 俺が盾となるしかない。


 超域魔法を除き最上位の魔法である、第八指定魔法──『断界障壁ワールド・オブ・シールド』を発動。


 眼前の世界が歪み、ズレて、ぼやける。

 遅れて放たれた赤紫色の極太光線が障壁に直撃し、拮抗する。


「おッッッも。ぐぬぬぬぬぬぬ──」


 しかし、拮抗は一瞬のこと。


 ジリジリと押され、俺は引き退がることになるが、ようにして魔力を限界まで継ぎ足していく。

 目の前がどんどん赤くなる。

 鼻血がドバドバと溢れる。

 全身の筋繊維がぶちぶちと切れてゆく。


「もうやめて!! あなたがそこまでする必要なんてないでしょう!?!?」


 黙れ。

 俺は何がなんでも、この使命を果たさねばならないのだ!!


「うるぉあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」


 命を賭した魔力行使。

 やがて──超域魔法の奔流は止まり、俺は前に出ようとしていた勢いに任せてよろよろと前のめりに倒れる。


 地面に直撃する瞬間、ぽふんと柔らかい大きなものが俺の顔を受け止めた。


「シドぅ……無事で、よかったぁ」

「……あり、あ?」

「あなたは……って人は。たまに訳わかんないくらい無理しちゃう、からぁ。やめてよぉ……そういうの」


 ポタポタと俺の頬に降り注ぐ熱い液体。

 魔王アリアがわんわんと泣いている。


「…………わかった」

「わかってないっ、わかってないくせに……でも、許すしかないじゃん」


 彼女の顔をなぜか直視できない。

 悲しませてしまってのだ、何故か。


 頭が割れんばかりに痛い。

 脳裏に、こことは違う何処かを照射したような光景がジジッジジッ、とフラッシュバックしている。


 それは膨大な情報の嵐。

 一瞬にして何処かの誰かの記憶を追体験しているような感覚は、まさしく自らの感覚がそいつと混ざり合っていくようだった。


「え……っ、シド……? なに? この汗の量」


 安堵していたアリアの表情が徐々に歪んでゆく。

 事態が急変したのだろう。

 感覚が薄らいでいて俺にはよくわからないが、もしかしたら今、身体にも異常が発現しているのかもしれない。


 必死の形相で叫ぶ彼女の声も急速に遠ざかってゆく。


 もはや感じ取れるのは──脳内を埋め尽くしている、日本という国のひとりの男の記憶のみ。


 そんな状態のままテレポートによって魔王城に転移すると、即座に緊急医療室へ運び込まれる。


 魔王軍一の名医による処置を受けている間も俺は記憶の旅路を続けており──どれほどの時経たのか分からなくなってきた頃、プツリとそれは止まり、ギリギリのところで保っていた意識が急転直下で落ちていくのだった。



♧♧♧♧♧♧


 

 雨利泰斗。

 それが魔王軍総司令シド・ウシクの前世の名。

 彼の24年もの人生経験が今、我が物として俺の中に根付いてしまった。


 何やらこの世界の全貌や、俺自身が辿る運命などなど──凄い勢いでいろいろ叩きつけられてしまったが、その辺りは検証しないことには判断しかねるのでひとまず置いておく。


 それよりも、今この瞬間に発生している問題を対処するのが先決だ。


「……ふっ、ははっ、ははは」


 幾重もの医療魔法が組み込まれた魔法のベッドで俺はゆらりと起き上がり、口を両手で抑える。


 この笑いは紛れもなく本心からくるものだ。

 おそらく、俺を構築する新たな要素の一端。


 そして、次に溢れ出してしまう『シド・ウシク』らしくない言葉も、どうしようもなく嘘偽りのない本心。


「ぃよっしゃあぁああああああああ!!!!! 異世界転生だオラぁああああああ!!!!! しかもアリアたんの側近最っ高ぉおおおおお!!!!!!!!!」


 ありえない。

 信じたくない。

 ふざけるな、これが新たな俺だと? 

 こんなもの受け入れられるか!


 スパイたるこの俺が──シド・ウシクが。


 アリアに対する気持ちが溢れて止まらない!!!



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