第24話 饗応の宴①
「父様。今日は頑張って下さいね。大丈夫ですよ。父様の料理ならば、絶対に全ての人を満足させる事が出来ますから。」
励ますように声を掛けて来た耀春を見て、潘誕は思わず苦笑いした。
「お前から、そんな言葉を掛けられるとはな…。お前だって今日が本番だろう。そう言えば…。お前も今夜は宴会場に入れるのか?」
潘誕の問いに、耀春は頷きながら笑みを浮かべた。
「設営を確認した後は、絵皿が使節団の皆様にどのように評価されるかを見届けなくてはなりませんから…。お陰でこっそりと父様の料理を食べる事も出来ますね。」
そう言って笑う耀春に笑みを返した潘誕は、
それに気づいた華鳥が、笑いながら手を振った。
「私達は、会場には入れませんよ。私達は、病人が出た場合に備えて待機するだけですからね。でも、
王宮の厨房に足を踏み入れた潘誕は、待っていた料理人達に向かって丁寧に頭を下げた。
「本日は、宜しくお願い申し上げます。俺のような者が
そんな潘誕に、王宮料理長が声を掛けた。
「なにを言うのです。今日を迎えるまでの様々な
それを聞いた潘誕はもう一度全員に頭を下げた後、力強い声を掛けた。
「本日の料理は、一つ一つ出すのではなく、多くは一斉に会場に
宴会場の扉が開くと、待ちかねた使節団の群れが一斉に会場へと
宴会場に足を踏み入れた使節団の面々は、今迄見た事のない光景に眼を
会場のあちこちには
会場の中央に
食卓の光景に眼を
二面の壁全体には大きな木枠が設置され、そこには二つの巨大な山水画が浮かび上がっていた。
その絵画を
「これは、全てが絵皿ではないか!…。無数の絵皿が組み合わさって、この絵が出来上がっている。」
「本当だ。凄いものだな。青一色の絵だが、まるでこの風景の中に呑み込まれるようだ。」
二つの絵は、一つは遥か遠くまで連なる深山の光景、そしてもう一つには海をのぞむ海岸の光景が描かれていた。
絵の前に立つ者すべてが、壁の向こう側に別空間が存在しているような不思議な感覚に
食卓と壁の絵が
「羅馬よりはるばるお越しの使節団の皆様。成都にようこそ。暁の代表として皆様に歓迎の言葉を贈ります。短い日数ではありますが、皆様にとって良き日々でありますように。」
声の主は、
羅馬使節団の中で、小さな
「今挨拶をしたのは、暁の
そんな会場の
「
華真の言葉が終わると、使節団の面々は一斉に壁の絵皿に向かって殺到した。
そしてめいめいが気に入った絵皿を手にすると、直ぐに中央の料理に向かって列を作った。
「
「そうなのか? しかしこの豚の煮付けも凄い。これを見てくれ。
料理に夢中になっている使節団の皆を横目に、マルクスは会場の一角に
そんな姿を見た
「どうされました?料理には、手を付けられないのですか?」
いきなり声を掛けられたマルクスは、ようやく我に返った表情で司馬炎を見た。
顔面全体に
「この絵皿に
マルクスが手にする皿に眼をやった司馬炎は、その隻眼を細めた。
「陶芸師達が
司馬炎に問われたマルクスは、もう一度手にした皿に眼を落とした。
「見た事もありません。ローマに持ち帰れば、この皿一枚に金貨十枚以上の値がつくでしょう。それに、クイントスが言っていました。絵皿を組み合わせてこのような壮大な風景画を描くなど、とても信じられぬと。ローマにも壁画は多く有りますが、このような緻密に計算された壁絵は、私も初めて観ます。」
それを聞いた司馬炎は、笑みを浮かべながらマルクスを中央の食卓へと誘った。
「過分なお褒め恐縮です。しかし、皿とは本来料理を盛る物ですぞ。」
そう言った司馬炎は、目の前の料理人に指示を送った。
すると料理人は、食卓の大皿の上にある大きな鶏の
料理人が、受け取った絵皿に鶏から削ぎ落とした皮を盛り付けるのを見たマルクスは
「中の肉は食べないのですか?」
「勿論それも食べますよ。しかしこの料理は、この皮の部分が最も
そう言った司馬炎は、鶏の塊の横に置かれた皿に向かった。
そして蒸し
その後、会場のあちこちに設置されている円卓の一つにマルクスを案内した。
司馬炎は、平たい蒸し
どうぞ、と司馬炎に差し出された麺麭を受け取ったマルクスは、それを
鶏の皮から溢れ出る
それに大葉の爽やかさと麺麭の香ばしさが重なり、飲み込むのが惜しくなる味わいだった。
「これは…凄い…」
その二人の
「マルクス殿、こちらの酒も是非賞味して下さい。」
そう言いながら、華真は陶器の杯に酒を注いだ。
勧められるままにその酒を口に含んだマルクスは、思わず
「これは…。何とも強烈な酒ですね。いや…。しかしその後に芳醇な味わいが残る。これは相当に上等な酒ですな。」
そう言って空になった盃に鼻を寄せるマルクスを見て、華真が微笑んだ。
「
華真にもう一度火酒を勧められたマルクスは、一礼すると酒杯を下げた。
「有難いのですが、これ以上頂くと交渉に差し支えます。酔ってしまう前に、華真殿とお話をさせて頂きたいのですが…」
マルクスの言葉を聞いた華真が、それを予想していた顔になった。
「おや、
マルクスが華真と話し合いの姿勢に入ったのを眼にして、クイントスとミアケスが二人の
それを見た司馬炎が、近くにいた暁の文官を呼び寄せた。
「大勢を前にして話し合う内容ではないようだ。直ぐに部屋の準備を…。それと
宴会場から少し離れた会議室に場所を移すと、早速マルクスが口を開いた。
「素晴らしい
「それは困った事です。折角の宴ですから、代表の皆様にも是非楽しんで頂きたいのですが…。それで…。気掛かりとは何でしょうか?」
華真から
「本日、
クイントスの問いに、華真は無表情のまま答えた。
「その事であれば、皆様は既に察しておられるのではありませんか?」
あっさりと切り返されたクイントスは言葉に詰まったが、思い直したようにもう一度華真を見た。
「シルクロードの中間に位置するペルシャが、絹を運ぶ隊商から通行税を得る提案を考えておられるのではないですか?」
それに華真が
「そうであれば、確かに二国の和平の為には素晴らしい提案かもしれません。しかし、それはローマにとっては、簡単に受け入れられる提案ではありません。」
クイントスの言葉に、華真は首を
「ほぅ…。なぜ受け入れられないのですか?」
「通行税を受け入れると言うことは、ローマがペルシャに対して頭を下げるという事も意味するのです。宿敵に対して一部とは言え頭を下げるなど、皇帝陛下も他の重臣達も簡単に同意されるとは思えません。」
クイントスの言葉を聞いた華真は、目の前の三人の使節団代表に対して
「皆様は、皇帝陛下から直々に指名された使節団の代表である筈。それにも関わらず、皇帝陛下の
華真にそう言われた三人は、一斉に座った席から立ち上がった。
「何を言われるのです。我らは、いや使節団全員が、皇帝陛下に忠誠を誓っています。それは皆が、陛下の英邁さに敬服しているからです。」
その言葉を聞いた華真が、三人を
「それならば、勝手に自分達の思い込みに陥らない事です。皇帝陛下にありのままをお伝えすれば良いのではないですか。」
華真の言葉に戸惑ったように顔を見合わせた三人を前にして、華真は言葉を添えた。
「
そう言われた三人は、信じられないと言う顔で華真を見詰めた。
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