第18話 使節団を迎える準備
成都では、ローマの使節団を迎える準備に取り掛かった。
「使者達を
「至急に
突然の志耀の命に、王平は眼を
「潘誕の店?それはまた、どうして…?」
「あの店の五人。
王平が馬を駆って潘誕の店にやってきた時、店には耀春が戻って来ていた。
耀春の顔を見た王平は、満面の笑みを見せた。
「今日は家に戻って来ていたのだな。これは好都合だ。」
耀春は、自身が描いた絵を
これで絵画処へは店からの通いになると潘誕は喜んだが、耀春は通いの提案を拒否した。
「
耀春の言葉に、潘誕はがっくりと肩を落とし、華鳥はそれで良いのよという表情で耀春を見詰めた。
気落ちする潘誕に向かって、耀春が言葉を掛けた。
「父様。今までみたいに、ずっと家に帰って来れない訳ではありませんから…。週に一度、お店の定休日には戻って来ます。そうすれば、ちゃんと父様母様とはお会い出来ますし、父様が私にお弁当を届けて下さる手間もなくなります。」
王平が店を訪ねて来た日は、耀春が家に戻って来る定休日だった。
王平は、目当ての五人が店に揃っているのを確認した後、皆に向かって声を掛けた。
「
王宮からの依頼を受けて、潘誕は頭を抱えた。
「全く、志耀様も無茶な事を
難しい顔をして考え込む潘誕に、華鳥が声を掛けた。
「あちらの国の料理など、気にせずとも良いのではありませんか。暁まで
「そうは言っても…。五百を越える大人数の
「それで、耀春への依頼は?やはり絵を描く事?」
「はい。そのように言われましたが、只絵を描いてそれを飾るだけでは能がないと思っているのです。」
それを聞いた華鳥は、耀春の顔を
「だけど
「それはそうなんですが…。絵の題材を考えるだけでなく、何か新しいものに挑んでみたいと思っているのです。
耀春は、そう言いながら思案顔を作った。
すると潘誕が、何かを思い出した様子で立ち上がった。
そして、急ぎ足で
「父様、それは何ですか?」
「これは、知り合いの陶芸師が持って来てくれたものだ。その方には、店の料理を盛り付ける
耀春は、木箱の蓋を取り、中を改めるなり眼を
「何て美しい大皿。皿全体が
大皿の表面に指を滑らせ、その色合いにうっとりとした表情を見せる耀春を見て、潘誕が頷いた。
「そうなんだ。この大皿を見た時、耀春だったらこの皿にどんな絵を描くのだろう…そう思った。お前が店に顔を出した時に見せようと思い、
耀春は、大皿に眼を釘付けにしていた姿勢を解いて、潘誕を見上げた。
「父様、この皿を作られた方にお会いしたいのですが…」
店にやって来たその人物は、白い総髪に長い
その老人は、迎えに出た耀春に向かって
店の卓に腰を下ろした田楽老人は、目の前に座る耀春を興味深げに見つめた。
「ほぅ、貴女が潘誕殿の
田楽の褒め言葉に照れたように下を向いた耀春だったが、直ぐに顔を挙げると、
「この美しい
田楽は目の前に座る耀春に微笑を見せると、穏やかな声音で答えた。
「
耀春は、改めて皿の琥珀色に眼をやった。
「すると、この大皿は
「いやいや、日頃より儂の
すると耀春は、一枚の絵を取り出して大皿の横に広げた。
「お教え頂きたい事が御座います。この大皿に、このような絵を描いて焼き付ける事は可能でしょうか?」
耀春が田楽に示したのは、色鮮やかな絵具を使って描かれた
田楽は、ほぅと小さく息を吐いて絵を
「何とも美しい絵ですな。花の香りと鳥の
「
「いえ、実は全て異なった絵を描いた皿を、千枚作りたいのですが…」
それを聞いた田楽の
「ほぅ…千枚も。製作に期限はあるのですか?」
「半年です。絵は、私だけでなく
それを聞いた田楽は、首を横に振った。
「無理ですな。先程申し上げた通り、このような
耀春は、真剣な表情で田楽の言葉に耳を傾けた。
「この皿に絵付をしようとすると、先ず琥珀の皿を高温で焼き、その皿に絵を描いて、もう一度低温で焼くという手順をとります。しかしこれほど多くの色を使おうとすると、焼き付けた時の発色には必ずムラが出ます。一人の絵師でも難しいのに、大勢の絵師が絵を描くとなると…。出来上がった絵皿に統一性を求める事は不可能でしょうな。」
田楽の説明を聞いた耀春は肩を落とした。
「やはり無理なご相談だったのですね…」
「貴女の言われる事は、難しい事に更に難しい事を重ねようとしているのです。しかも半年しか期限がないと
田楽にそう言われて、耀春は顔を挙げた。
田楽は、耀春の顔を覗き込みながら尋ねた。
「どうしても
「それは、どう言う意味ですか? 他に何か手立てがあるのでしょうか?」
田楽は、
そして次々と木箱の蓋を開けて、中に収めた小皿を耀春の前に並べた。
「それぞれ、青、薄青、白の皿です。
それを聞いた耀春の顔に興奮の色が浮かんだ。
「その色とは、何なのですか?」
「青です。青の色材が、焼いた時に一番ムラが
「素晴らしい。ぜひ田楽様の教えに従いたいと思います。それと田楽様にお願いがあるのですが…」
身を乗り出して顔を近づけて来た耀春を、田楽は興味深げに見詰めた。
「はて、何でしょうか?」
首を
「私だけではなく、絵画処の絵師全員に、陶器への絵付の手法をご教授願えませんか?それと、絵付前の薄青の皿の
田楽は、耀春の言葉を聞きながら長い
「ほぅ。それは大仕事ですな。当然それに見合った報酬は頂けるのでしょうな?」
田楽の言葉を聞いた耀春は
「ほ、報酬ですか…。申し訳ありません。私にはその事は全く分かりませんので…。それが判断出来る方に相談しないと…。」
「王宮に確認など取る必要はありません。陶芸師への賃金や
田楽の言葉に、耀春はぽかんと口を開けた。
「私のような者が描いた絵など、報酬になる筈がないではありませんか…」
「いや、この絵を頂戴したい。将来には純金何袋にも化ける絵ですからな。それにこの仕事は、王宮が
田楽を見送った後、潘誕が不安気な表情で耀春に尋ねた。
「あのような事、お前が勝手に決めて良いのか? 何恭様から
それを聞いて、耀春は初めて気づいたように顔を挙げた。
「分かりません。でも何恭様からは、今回の帝からの
耀春が炎翔が
「何を探しているのですか?」
華鳥に問われた潘誕が、乾燥した赤い植物の実が詰まった壺を手にして倉庫から出てきた。
潘誕が手にしている壺の中身を見て華鳥が言った。
「この赤い実は、十年以上も前に飛仙の蔵から貰って来たものですよね。確かトウガラシとか言う…。まだ持っていたのですね。もしや今度の饗応に使うのですか…?」
潘誕は、壺の中身を確認しながら髭を
「
そう言いながら、潘誕はトウガラシの詰まった壺を華鳥に手渡した。
受け取った壺の中の匂いを確認して、華鳥の顔が
「何です、此れは…。口にする迄もなく、強烈な辛味が鼻を刺します。このようなもの、料理に使えるのですか?」
潘誕は、壺から立ちのぼる
「ふうむ。確かにこれ単独では使うのは難しいな。だが上手く使えば、これまでにない料理が出来るかもしれない。飛仙の
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