第16話 小媛の出産

 それから四ヶ月後。

 店の扉を激しく叩く音が、明け方の店内に響いた。

 潘誕はんたんが扉を開けると、白い服を身にまとった二人の若い男が、馬から下馬したままの姿で外にたたずんでいた。

「はて? 貴方達あなたたちはどなた様です?」

王宮医療処おうきゅういりょうどころよりの使いで参りました。医療長様が、華鳥様に至急に来て頂きたいと申されています。」

 その声を耳にして、今度は華鳥かちょうが前に進み出た。

「貴方達のその姿は、確かに医療処の方々ですね。医療長様が、私を.....?」

 使いの二人は、華鳥の前で片足をひざまづかせた。

「宮中で急病人が出ました。突然に倒れて意識不明となっています。医療処の医師では手のほどこしようがないので....」

「それにしても…。何故なぜわざわざ私を呼びに来られたのですか?」

「実は…。病人は、絵画処かいがどころの女絵師で小媛しょうえんという者です....」

耀春ようしゅんがお世話になっている方ですね。確か身重みおもと聞いています。すると....耀春が、私を呼ぶように医療長様に懇願したのですね?」

 その言葉に、男達はうなずいた。

 横でやりとりを聞いていた胡蝶が、狼狽うろたえたように口をはさんだ。

「華鳥様、どうしたら良いでしょう?」

 華鳥は、直ぐに意を決して顔を挙げた。

「ともあれ、駆けつけるしかないでしょう。耀春が懇願し、医療長様もそれに同意したという事は、患者の容態は切迫してるという事よ。」

「でも華鳥様は産婆さんばさんではないのに....」

「耀春から話を聞いている限りでは、小媛さんは未だ臨月には程遠ほどとおい。お産になる事はあり得ない...。胡蝶、一緒に来なさい。」

 そして華鳥は、胡蝶の隣に立つ炎翔にも眼をった。

「炎翔、貴方も一緒に来て。」


 華鳥に名指しされた炎翔は、びくっと身体を震わせた。

「そんな....。もしはりでの治療を念頭におっしゃっているなら、俺の施術せじゅつだ人間に試した事は無いんですよ。動物達での経験は積み重ねてはいますが…。今の段階でいきなり人に使うのは危険過ぎます。」

はりを行うと決めてる訳じゃない。でも場合によってはそれが必要になるかも。炎翔。貴方は以前、医者というのは時には人殺しになる覚悟が必要と言ったわね。今がその時かもしれない。それに妊婦が重体で、耀春が助けを求めて来ているのよ。貴方はそれを放っておけるの?」

 華鳥にそう言われて、炎翔は渋々ながらうなづいた。

 三人は、急ぎ支度を整えると、男達の乗って来た馬にまたがった。

 馬上で炎翔の背中にしがみつく胡蝶に向かって、炎翔が声を掛けた。

「胡蝶。華鳥様とお前の二人で何とかして欲しい。俺が手を出すなど、無謀でしかない。頼んだぞ。」

 緊迫した炎翔の声に、胡蝶は背に回した手に力をめた。

 やがて華鳥が疾駆させる馬に続いて、炎翔と胡蝶が乗った馬も王宮門へと到達した。

 門の外では医療長が到着を待っていた。

「華鳥様、お待ちしておりました。さぁ早く。」


 華鳥達が案内された処置室の真ん中には寝台が据えられ、小媛が寝かされていた。

 その枕元には、季煌きこうと耀春の二人が蒼白の顔つきで付き添っていた。

 部屋に入って来た華鳥の顔を見て、耀春の眼から涙が溢れ出た。

「母様。来て下さったのですね。お願いです。小媛様を助けてあげて下さい。このままでは、お腹の子供を産めないまま命が絶えてしまうかもしれません。」

 胸にすがり付く耀春を、華鳥は強く抱きしめた。

 そしてその後、医療処の医師達に向き合った。

「患者の状態と、これまで行った処置を説明して下さい。」

 医療処の医師達から説明を受けた華鳥は眉を曇らせた。

「薬方は全て理にかなっている。お腹に子供がいるとなれば、母子両方の体力を考える事は当然。それでも状態は、良い方向には行かないのね?」

 力なくうなづく医師達の横で、華鳥は小媛の脈を取った。

「脈動が弱い....。このままでは、母子共に命を落とす事になる....」

 華鳥の声を聞いた季煌が、ひざまずいて床に頭を擦り付けた。

「お願いです。小媛を助けて下さい。華鳥様は国随一の医師だと、医療長様がおっしゃっておられました。何とか救ってやって下さい。」

 そんな季煌に、華鳥が冷静な口調で尋ねた。

「小媛さんを救う為には、お腹の子供はあきらめなくてはならないかもしれません。季煌さんは、その事を分かって頂けますか?」

 それを聞いた季煌は立ちすくんだ。

「そんな....腹の子を諦めなくてはならないほどに、状態は悪いのですか?」

 蒼白な表情の季煌に向かって、華鳥は説明を始めた。

「このままでは、小媛さんの体力は持たないでしょう。お腹の子は臨月よりも遥か前の状態です。産まれても生きては行けない。お腹の子を貴方があきらめて頂けるなら、小媛さんだけは助けられるかもしれない。でも絶対という保証は出来ません。医者も万能では無いのです。」

 華鳥の説明に、季煌は肩を落とした。

「子供を諦めるとは...それは、何をしようと?」

「手術で腹を切ります。そして、子供を取り出します。」

 そう言われた季煌の眼におびえが走り、全身をぶるぶると震わせた。

「腹を切って、子供を取り出す...」

 華鳥は、冷静な表情で季煌に向き合った。

「小媛さんのお腹の子には、何らかの異常がある可能性もあります。その異常に母体があらがおうとしているのかもしれません。子供を守ろうとするのは母親の本能。しかしそれゆえに小媛さんは、体力を使い果たそうとしてるのです。」

「子供を今取り出せば、どうやってもその子は生きては行けないのでしょうか?」

 その問いに対して、華鳥は苦しげな顔で季煌を見返した。

「まだお腹の中での成長が、あまりにも未成熟です。その状態で外に出ても生きる事は出来ません。しかも異常を抱えている可能性もある....。そうなれば尚更なおさら...。」

 その時、耀春が華鳥に向かってすがるような声を挙げた。

「駄目よ‼︎ そんな事‼︎ 小媛様は、子供が出来た事をとても喜んでいた。今の小媛様は、必死で子供を守ろうとしてるんでしょう? その小媛様からその子を奪い取ろうなんて....。絶対に駄目...。」

 必死に訴える耀春に向かって、華鳥はさとすように話し掛けた。

「耀春。貴女あなたの気持は良く判る。でも今は決断しなくてはならない。そしてそれを決めるのは...貴女ではない...。この決断を出来るのは、夫であり子供の父親である季煌さんだけよ。」

 華鳥の言葉に、季煌は立ち尽くした。

「小媛を救う為に、腹の子供を殺す事を俺に決断しろ...と言うのですか?」

 重苦しい沈黙を破ったのは、炎翔の声だった。

「皆さんが人殺しにならずに済む方法があるかもしれません。」


 一刻の後、小媛の周囲を医療処の医師全員が取り囲み、その様子を見守っていた。

 寝具をまくられた小媛の両脚にはびっしりとはりが並び、その横で炎翔が一本の鍼を手にして立っていた。

 炎翔の横では華鳥が小媛の右手を取り、脈の変化を測っていた。

「ここまで、脈動は不安定ながらも続いている。炎翔。ここからよ。」

 華鳥から声を掛けられた炎翔は、額の汗をぬぐった。

 そして小媛の顔に手を置き、閉じたまぶたの横に慎重に指を滑らせた。

 脇に立った華鳥が、炎翔を落ち着かせるように声を掛けた。

「慌てないで....。じっくりとつぼを探りなさい。その一本が一番大切。救深きゅうしんを確実に突ければ、脈が強くなる筈よ。」

 華鳥の言葉にうなづいた炎翔は、瞼の斜め上側で指を止めると、軽く指圧するように其処そこを抑えた。

 そしてもう片方の手に持った鍼を、ゆっくりと刺し入れて行った。

「...脈が、強くなって来た....」

 華鳥の声に合わせるように、胡蝶がもう一本の鍼を炎翔のてのひらに滑り込ませた。

 両瞼りょうまぶたの横に鍼をほどこした後、炎翔はじっと小媛の様子を見守った。

 季煌が、脈を確認する華鳥の反対側に座り込み、祈るように小媛の手を握った。

 耀春がその後ろで、胸の前で両手を組んで眼を閉じていた。

 やがて炎翔が二つの鍼をゆっくりと抜いた。

 そしてまぶたを指で開くと、ひとみの状態に眼をやった。

「脈は、どうですか?」

「大丈夫....。しっかりと安定して来たわ。一先ひとまずは危機は脱したようね。」


 ほっとしたように立ち上がった炎翔の顔には、びっしりと汗が吹き出していた。

 その汗を胡蝶が横からそっと布でぬぐった。

「炎翔。大したものだわ。止まりかけていた心の臓を見事に蘇生そせいさせたわね。」

「華鳥様が脈診みゃくしんで手助けして頂いたお陰です。俺一人ではこうは上手くは行かなかった。」

「それでは....小媛は、もう大丈夫なのですね?」

 そう問いかける季煌に華鳥が向き合った。

「この場の危機は乗り切りました。でもこれから一月ひとつきの間、この安定を保たなくてはなりません。お腹の子がその間に無事に成長して行ってくれれば、次の段階へと移れます。」

 そう言われた季煌の眼に、希望の色が生じた。

「そうすれば、お腹の子供も助かるのですね?」

「それはだ判りません....。恐らく小媛さんの体力は、子供を産む力をみなぎらせる迄には戻らないと思います。その場合は、胎児の成長を待って、手術で取り出すしかなくなります。」

 すると胡蝶が、立ち尽くす季煌の手を取った。

「手術が出来るようになるまでの間は、炎翔様がはりで小媛様の体力を持たせます。それまで、小媛様には私がそばについて様子を見守ります。季煌様は、横で小媛様を励ましてあげて下さい。」

 胡蝶がそう言って季煌を励ました。

 そんな胡蝶を観ながら、華鳥が言った。

「季煌さんも耀春も、先ずは休みなさい。これからのひと月、長いわよ。貴方達も、体調を崩さないように。医療長様にお願いして、他の医師達も付けて貰えるようにするから...」


 王宮の絵画処かいがどころでは、絵師達がこうべを寄せ合い、心配顔でささやきあっていた。

「小媛は本当に大丈夫なのか? このまま死んじまうなんて事にはならないのか?」

「主治医の華鳥様は、医療長様さえ一目置いちもくおく名医だそうだ。しかもあの方は耀春の母者様だと聞いた。」

「それと、もう一人。腕利うでききの医者が付いてくれているらしい。何でも針のようなものを使って、病人を治すって話だぜ。」

「だけどよ....。小媛のお腹の子供はどうなるんだ? だ産み月までは、二月ふたつき近くあるんだろう。」

 絵師達が話をしている場に、何恭が姿を現した。

「仕事の手を止めるな。小媛が心配なのはわかるが、お前達がどうこう言ってもどうなるものでもない。ここは先生達にお任せするしかあるまい。....ところで、耀春は何処どこにいるのだ?」

「ずっと部屋に閉じこもったままです....」


 小媛は、ひと月の間どうにか小康しょうこうを保った。

 季煌と胡蝶がその間ずっと小媛に付き添い、炎翔が数日おきに鍼治療はりちりょうほどこした。

 小媛のかたわらには、華真が考案した点滴器具が取りつけられていた。

 鍼治療の様子を見る為に姿を見せた華鳥に向かって、炎翔が言った。

「何とか、今まで持ちました。子供も大丈夫です。しかしこれ以上お腹の子が大きくなると、小媛さんが持ちませんね。そろそろ手術が必要ではないでしょうか。」

 炎翔の言葉に、華鳥がぴくりと眉を挙げた。

「そうね。しかし....貴方もとんでもない事を考え付いたものね。はりで小媛さんの体力を繋ぎとめながら、お腹の子供の成長を待つなんて。その上、手術で子供を取り上げるなんて…。こんな出産は初めてよ。」

 華鳥にそう言われた炎翔は、眼に決意の色を宿やどしていた。

「母体を助ける為に、直ぐに手術をすると華鳥様がおっしゃった時に思いつきました。子供を殺す手術するより、助ける為の手術をする方法はないかと考えました....。それが医者がなすべき事だと思いました。」

 そんな炎翔の顔を見て華鳥が小さく笑った。

「それは、貴方の言う通りよ。はりというのは凄いものね。どんな優れた薬を使っても、こうは行かなかったわよ。」

 炎翔は、自分に言い聞かせるように言葉に力をめた。

「鍼は、人の生命力を揺さぶって身体を回復させるのです。薬とは違います。しかし....まさかこのような状況で、この術式を初めて人間に使う事になるとは....。」

 そう言う炎翔に向かって、華鳥は小さく笑ってみせた。

「初めてと言うなら私も一緒よ。腹を切って赤児あかごを取り上げるなんて。それだって誰もやった事はないから。」

 そう言いながら、華鳥は宙を見上げた。

「この一月ひとつき、ありとあらゆる医学書を調べた。当然こんな手術の事例は見当たらなかったけど、大方おおかたの処置の方向は頭に入ったわ。大丈夫。きちんと子供は取り上げてみせる。その後の子供への処置は、貴方と胡蝶に任せるわよ。」

 華鳥の言葉を受けて、炎翔の眼に覚悟の色が宿った。

「判っています。小媛さんが必死に繋ごうとしてる命です。何としても救ってみせます。」

 そんな炎翔の顔を見て、華鳥が笑みを漏らした。

「炎翔。覚悟が据わった良い眼をしているわね。それこそが医者の眼よ。」


 翌朝、手術の行われる処置室に小媛が運び込まれ、手術着を身にまとった華鳥と胡蝶、そして炎翔が入室した。

 部屋に向かう三人に季煌がすがるような眼を向けると、華鳥が大丈夫とばかりに笑みを返した。

 部屋の入口では、季煌の他に耀春と多くの絵師達が、不安気な表情で小媛と手術に臨む三人を見送った。

 華鳥は、手術室の入口を取り囲む人々に向かって微笑んだ。

「大丈夫。貴方達の願い、決して裏切ったりはしないから。」

 手術が始まってから、長い長い時間が過ぎた。

 その緊迫の時の中、外で待つ誰もがひと言も言葉を発しなかった。

 緊張に耐えきれなくなった絵師の一人が声を挙げた。

「中はどうなってるんだ? 全く物音が聴こえて来ないが....」

 その絵師の声に耀春が答えた。

「祈るのです。只ひたすらに....。母様も胡蝶さんも、炎翔兄様も、必死に小媛様とその子供を救おうと戦ってる。私達がせめて出来る事は、祈る事だけ...」


 外で待つ皆の前で、やがて手術室の扉が開いた。

 医療処の医師達が担架たんかに乗せられた小媛を運び出して来た。

 その横に立つ華鳥に、季煌がすがり寄った。

「小媛は....どうなのです?」

「小媛さんは大丈夫よ。今は麻酔で眠ってるだけ。」

「良かった....。では...赤ん坊の方は....?」

「それが....。取り上げた時には呼吸をしていなかったの。今、炎翔と胡蝶が救命処置に取り掛かってるわ。」

「....駄目だったのですね...。でも...小媛が助かっただけでも、俺は....」

 そう言って項垂うなだれる季煌の背中を、華鳥がどやしつけた。

「まだあきらめるのは早いですよ。ここまで手術をする事を待った炎翔には、こんな事態も予測できていた筈。取り上げた赤ん坊が産声うぶごえを出さないのを見ても、顔色一つ変えなかったもの。」

 その横で、耀春が心配そうな表情で華鳥に尋ねた。

「母様。炎翔兄様の横に居なくて良いのですか?」

「胡蝶がいる。こんな時ばかりは、私より胡蝶の方がずっと炎翔の頼りになるわ。」


 手術室の中では、炎翔が赤ん坊の口元に小さな管を装着して自らの口を当てていた。

「炎翔様、何をされてるのです?」

「空気をこの子に送ってやっている。自分で呼吸をするようにうながしてるんだ。」

 小さく口をすぼめ、測るようにゆっくり息を送り出す炎翔を見て、胡蝶がもどかしい表情になった。

「それなら、もっと沢山たくさん息を送ってあげれば.....。そのように少しづつでは....」

「産まれたばかりの子供の肺は、恐ろしく小さい。息を吹き込み過ぎると、肺が破裂してしまうのだ。」

 そう言いながら、炎翔は時折息を吹き込むのを中断すると、今度は赤ん坊の胸を人差し指の先で、ゆっくりとさすった。

 そして、その二つの動作を慎重に繰り返した。

 やがて....。

 外で待つ一堂の耳に、部屋の中から甲高い産声うぶごえが響いた。

 その瞬間、外で待つ皆から大きな歓声が沸き起こり、季煌はへなへなと床に座り込んだ。


 数日後、小媛の寝台のかたわらには、愛らしい女の赤ん坊の姿があった。

 季煌と共に、その赤子の顔をのぞき込んだ耀春が微笑んだ。

「可愛い。本当に....。季煌様も、小媛様も、女の子が欲しいって言われてましたもんね。無事に産まれて本当に良かった。」

だお乳をあげては駄目って、華鳥様に言われてるの。今は母乳を薄めて、少しずつ飲ませるだけなんですって...」

「しかし、あのお三方にはどれほど感謝しても足りない。医療長様に言われた。華鳥様、炎翔様、胡蝶様。何方いずれかお一人でも欠けていれば、小媛も赤ん坊も助からなかった。それほどの名医達なのだと....」

 感無量の表情で言葉を絞り出す季煌の横で、小媛がうなづいた。

「本当にそうね。華鳥様が言ってくださったわ。赤ちゃんに何処どこか異常がないかを心配してたけど問題ないって。四肢ししの動きもひとみの運びも全て正常だって。」

 それを聞いた耀春が、二人に笑いかけた。

「良かったですね。ところでこの子の名前は、もう決まっているのですか?」

 耀春の問いかけに、小媛はにっこり笑った。

「それなんだけど....。季煌も私も女の子が欲しかったのは、耀春みたいな子が欲しかったからなのよ。」

 そう言った小媛は、季煌をうながした。

「そうだ。実は女の子だった場合のもう名前は決めてある。耀春、お前から字を貰った。耀耀ようようというんだ。俺も小媛も欲張りなんで、耀の字を二つ重ねたんだ。」

 赤子の名前を知らされた耀春は、少しはにかむような笑顔を見せた。

「耀耀ですか....。私は気恥ずかしい気もしますけど、とても可愛い名前ですね。それじゃあ、私から耀耀に贈り物があります。」

 耀春は手元の風呂敷包みを開けると、中から一本の絵軸を取り出してそれを広げた。

 その絵を見た季煌が、思わず腰を浮かせた。

「これは....海に昇る旭日きょくじつか...。」

 季煌の横からその絵を覗き込んだ小媛も眼をみはった。

「季煌、見て....。朝日の真ん中に、子供の顔が浮き出て見える。これは、耀耀...?」

「本当だ。耀春、此れはどんな技法が使われてるんだ? いや...技法うんぬんではないな。旭日に浮かぶ耀耀の未来が輝くように...という願いがこの絵にはにはめられている。....。この絵、本当に俺達が貰って良いのか?」

「勿論です。それは耀耀が無事に産まれ、健やかに育つようにって、心に念じて描いたんですから...」


 三日後の潘誕の店では、久しぶりに炎翔と胡蝶が戻り、皆が卓を囲んでいた。

「今日は、店は休んだのですか? それにしては豪勢な料理ですね。」

 炎翔が驚いたように卓の料理を見回す姿を見て、潘誕が笑った。

「妊婦も子供も無事だったと聞いてな。それに、炎翔がおのれの道を踏み出した祝いでもある。店を開けている場合ではあるまい。」

 潘誕の言葉に華鳥も同意した。

「そうね。今回の炎翔は本当に頼もしい医者だったわ。ところで貴方は、これからもお産を専門にして行くの?」

 華鳥の問いに対して、炎翔がやや戸惑いを見せながら答えた。

「出来れば、そうありたいと思います。無限の生命いのち宿木やどりぎを守るというこころざしには、最も相応ふさわしい道だと思うのです。」

 そう言う炎翔に向かって、潘誕が不安気な視線を送った。

「しかしなぁ。男であるお前に、進んで診て貰おうなどと考える妊婦がそう多くいるとは思えんが....。子供の出産に立ち会うのは、女の産婆と言うのが世間の常識だ。」

 すると、胡蝶が意を決した表情で声を挙げた。

「それならば....。私が最初に妊婦さんを診ます。ずは産婆の勉強をします。炎翔様を助けられるように…。これから一生懸命いっしょうけんめいに頑張りますから...。」

 胡蝶からの突然の申し出を聞いた炎翔があわてた。

「胡蝶。何を言い出すのだ。お前は華鳥様の元でもっと多くの事を学べば良い。直ぐにそのように決めつけるなど、早計そうけいに過ぎるぞ。」

 しかし胡蝶は、そんな炎翔の言葉など無視するように宣言した。

「私も自分の道がはっきりと見えました。炎翔様。これからの私は、ずっと貴方様あなたさまを支えます。」

 そんな二人の顔を見回した華鳥がにんまりと笑った。

「良いと思うわ。貴方達二人ならば、きっと多くの人を救える。ずっと胡蝶を頼りにして来た医療長様はがっかりするかもしれないけどね。」


 王宮では、志耀が晴れやかな顔で華真に語りかけていた。

「炎翔が、遂に自分の道を見つけたようです。これで父の司馬炎殿にも良い報告が出来そうですね。」

 それを聞いた華真が、笑いながらも首を振った。

「それにしても、お産の医者とは...。いや....。流石さすがに司馬炎殿の息子ですね。」




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