第13話 胡蝶の技
ある日、
「胡蝶、明日は王宮の
そう言われた胡蝶は、思わず胸の前で両の手を組んだ。
「王宮の医療処って、王宮の偉い方々だけを
そんな胡蝶に、華鳥が説明を始めた。
「鎮痛効果の高い新しい薬草が王宮の医療処に持ち込まれたと、兄が知らせてくれたのです。もう一つ。兄自身が考案した新しい器具が
二年ほど前から、胡蝶は華鳥に連れられて、市井の医療所に定期的に足を運んでいた。
最初は雑用係だったが、直ぐに華鳥の
華鳥は、胡蝶に診断や治療について教え始め、
華鳥から、一緒に王宮医療処に連れて行く、と言われた胡蝶は緊張した。
「王宮にある医療処って、どんな風なんだろう?ちょっと怖い。でも新しい薬草とか器具とかは、是非見てみたい…。」
こうして、王宮医療本処を訪れる華鳥の
王宮門前では、医療長が華鳥達を迎えに出て来ていた。
「華鳥様。
当初は王宮医療処への復帰を依頼された事を蒸し返された華鳥は、むっとした表情で医療長に向き合った。
「王宮医療処の患者は、王宮の方達ばかりですからね。私のような一度引退した者が
不機嫌な様子の華鳥を見て眼を
「しかも王宮医療処には、最初のお話とは違い、女医は誰一人としていませんでした。それに比べて、
華鳥の言葉に
「そ、それは、その通りでは御座いますが…。しかし...華鳥様と同じような手術を
医療長の言い訳に、華鳥は容赦なく言葉を重ねた。
「王宮医療処に籍を置く方であっても、本当に熱心な方は
医療長に対して歯に衣を着せない言葉を繰り出す華鳥を見て、
医療長は
「ところで…お連れの美しい
そう問われた華鳥は、胡蝶を手招いた。
「
それを聞いた医療長の眼に、胡蝶を
それを察した華鳥が、やや語気を強めた。
「最初は店の手伝いに来て貰っていたのですが....。機転がきくので、一度市井の医療所に連れて行って、私の手伝いを頼んでみたのです。すると中々の腕なのでこれは...と思ったのです。その後は、私の助手を務めてくれています。王宮医療処の医師達よりも使えるかもしれませんよ。」
華鳥の言葉に医療長は曖昧に
そんな医療長の姿を眼に入れながら、華鳥が言った。
「今日は折角の機会なので、この
「それは、それは...。しかし羨ましい限りだ。
医療長にそう声を掛けられ、胡蝶は緊張した面持ちで拝礼した。
「胡蝶と申します。華鳥様のお弟子など...、とんでもないです。私はお手伝いをしてるだけですから...」
胡蝶の拝礼を軽く受け流した医療長は、すぐに視線を華鳥に戻した。
「ともあれ、そう言う事であれば、早速にも
医療長はそう言うと、二人を門内へと誘った。
約十年ぶりに王宮医療処の薬草保存庫に足を踏み入れた華鳥は、そこに納められた膨大な薬草の所蔵量に眼を
「
華鳥の言葉に、医療長は胸を張った。
「
そう言いながら、医療長は華鳥に大きな薬袋を差し出した。
「華鳥様が
丁寧に礼の言葉を述べて薬袋を受け取った華鳥は、次に医療器具の棚に眼を向けた。
「
「それは、治療の際に患者の体力が弱らぬように、血管に薬液を注入する道具です。実は此れを考え出されたのが華真様です。」
これが兄が作ったという器具か……。
そう思いながら、華鳥はその器具を手に取ると、
「
華鳥は、感心したように
「それでは、此れは何ですか?」
次々と質問を繰り出す華鳥の横で、胡蝶が真剣な表情で話に聞き入っていた。
その様子に気付いた華鳥が声を掛けた。
「御免ね。つい夢中になっちゃって... 貴女も何か質問したい事はないの?」
華鳥の問いに、胡蝶は
「あの....。先程の道具に使われてた針なんですが.....。これって、別の使い方はあるのでしょうか?」
その質問を聞いた華鳥は、胡蝶の顔を覗き込んだ。
「別の使い方....?
華鳥から問いを受けて、胡蝶はおずおずとした様子で返答した。
「実は.....炎翔様が、このような針を病んだ馬に何度も使っておられるみたいなので…。」
それを聞いた華鳥の眉が上がった、
「炎翔が...?。何のためにそのような獣医の真似事を...? しかも針なんて....」
「分かりません。でもそれを炎翔様が始められたのは....。以前に近所の魚屋の
それを聞いて、華鳥が思い当たったように顔を挙げた。
「あの時か...。産後の肥立ちが悪く、あの女将さんは衰弱してしまって、とうとう助ける事が出来ず亡くなったわね。産まれたばかりの
二人のやり取りを
「華鳥様の店には、病人が担ぎ込まれる事があるのですか?」
「以前は、そのような事はありませんでした。私が
それを聞いて、ようやく医療長が納得の表情を見せた。
「
二人の横で、胡蝶が辛そうな表情を見せた。
「あの時、炎翔様もその女将さんが亡くなるのを
「そうだったわね...。もしや病んだ馬というのは、その魚屋さんのあの馬の事...?」
華鳥にそう問われた胡蝶は、こくりと頷いた。
「そうです。女将さんを荷台に乗せて、店まで引いて来た馬です。その時も脚が変だなと思ってたんですが、その後どんどん悪化したようなんです。炎翔様は、その馬の様子を頻繁に見に行ってました。そしてある時から針を持って行くようになりました。」
「ふうん...。一体何をしてるのかしら?」
「それは、私も判りません。でも一度観に行った時は、針を馬の脚に刺していました....」
その時、医療処の外が
その騒ぎに気付いた医療長が、玄関に通じる扉に眼を向けた。
「何事か起こったのか?」
すると一人の医師が、部屋の扉を開けて駆け込んで来た。
「怪我人です。王宮の外壁工事の現場で足場が崩れ、何人もの職人が下敷きになったそうです。今、
その言葉に医療長は直ぐに玄関へと向かい、華鳥と胡蝶もその後を追った。
玄関口では、血だらけの五人の職人が、戸板に乗せられて
「
医療長の指示の下で医師達が直ぐに動き出し、華鳥も反射的に身構えた。
「私も手伝います。胡蝶、貴女も一緒に来なさい‼︎」
部屋には、医師達が様々な医療道具を
運ばれて来た職人達の状態を確認した医療長が、華鳥に問いかけた。
「こちらの二人は重症です。脈が弱っている。華鳥様。このような場合、
華鳥は、その二人の身体に順に
「おそらく内臓に裂傷があると思います。手術で損傷部位を縫い、出血を止めるしかないでしょう。」
すると医療長は言葉を
「ならば、この二人の処置、華鳥様にお願いしたい。此れは華鳥様以外の者では手に負えないでしょう。」
医療長の言葉を受けた華鳥の反応は早かった。
「判りました。それでは直ぐに手術着を持って来て下さい。胡蝶、貴女が手伝いなさい。大丈夫。いつも医療所でやってるのと同じよ。」
胡蝶は、華鳥の言葉に緊張の
華鳥は、
「消毒を...」
医療処の医師の一人が慌てて振り向く横で、胡蝶が直ぐに消毒液の壺を取り上げた。
そしてその中身を患者の腹部全体にぶちまけると、素早く布で拭った。
「小刀を...」
次の華鳥の指示を受けた胡蝶は、
その後、華鳥と胡蝶の周囲に立った何人かの医師達は、只眼を見開きながら、立ち尽くしたままの姿勢で二人の動きを見守った。
華鳥は、患者の
あっという間に一人の処置を済ませた華鳥は、
「後は向こうで、化膿止めの処置を。直ぐにもう一人を
怪我人の処置を全て終えた後、医療長が感に耐えない声を華鳥と胡蝶に掛けた。
「しかし...。華鳥様の手技の鮮やかさはいささかも衰えて
華鳥は、首筋をほぐすようにぐるりと首を回しながら、大きく息を吐いた。
「緊急を要する手術の時は、執刀をする者とそれを補佐する者の連携は、とても大事なのです。胡蝶がいてくれて良かった....」
医療長は、まだ興奮が冷めやらない視線を華鳥と胡蝶に向けていた。
「それにしても....。胡蝶殿の器具出しは
医療長からそう尋ねられた胡蝶は、困ったような表情を見せた。
「どうしてと聞かれても....。私は、華鳥様の様子と指示に集中していただけです。」
胡蝶の戸惑った様子を見た華鳥が、横から口を開いた。
「この
それを聞いた医療長が、改めて胡蝶の顔に眼をやった。
その顔からは、先程まであった
そんな医療長に向けて、華鳥が更に言葉を継いだ。
「そうそう、もう一つ。このような手術。胡蝶は何度も経験してますよ。言ったでしょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます