第11話 宝物殿の盗賊
ある日の夕刻。
王宮の
「何だと! 王宮の
そう聞いた警備隊長に向かって、部下の警護兵がおずおずと報告を行った。
「それが…。異国から
「馬鹿者。王宮の宝物殿が荒らされ、その
隊長の怒号を聞いた部下の警護兵が、言い
「わかりました。それで…。王宮上部への報告は、どう致しましょう? 此れは報告が必要な事案ではないでしょうか?」
部下の進言を聞いた隊長は、息を呑んだ。
そして
「お前の言う通りだ。上への報告は直ぐに行え。しかし我らの名誉にかけて、何が何でも我ら自身の手で賊を捕らえるのだ。軍の出動にまでなれば、我らの
命令を受けて後ろに下がった警備兵に代わって、別の兵が進言を行った。
「ならば賊を捕らえるまでの間、王宮全体を外出禁止にすべきではないでしょうか。
その進言を聞いた隊長は、少し考えた後に決断を下した。
「直ぐに外出禁止の発令は出さぬ。夜半や朝方に外に出る者など、王宮には
命令を受けた兵がその場を立ち去ろうとした時、隊長がその兵の背中に声を掛けた。
「待て。明日の朝一番で、文官や職人達の宿舎に兵達を派遣して、王宮内の林や森に出掛けようとする者がいた場合には足止めしろ。外出禁止といった
次の朝。
この日は、
その朝、耀春はいつものように画帳を抱えて、何恭と共に王宮の林に向かっていた。
二人の後ろには、これもいつものように
「露摸。今朝は良いお天気ね。水辺はきっと気持ちが良いわよ。今日は、露摸の好きな水浴びが出来るわね。」
そう言って振り返る耀春に向かって、露摸は嬉しそうに尻尾を振った。
綺麗好きの露摸は、
特に
今日は絶好の
何恭と耀春が外出して
絵師の一人が、寝起きの眼を
「今朝、誰か外出した者はおりますか? または午前中に森や林に出掛ける予定のある者は?」
急な警備兵達の訪問に驚きながらも、絵師は直ぐに答えた。
「今日は、師匠の何恭様と耀春が、絵を描く為に出掛ける日だった筈です。この時刻ならば、もう出掛けておりますね。」
それを聞いた警備兵達の顔色が変わった。
「
「
一人の警備兵が、上官らしき兵に向かって尋ねた。
「早く後を追わねば、危険ではないですか?」
すると、その兵の言葉を耳にした絵師が、手を振ってみせた。
「何があったかは知りませんが、師匠と耀春なら大丈夫だと思いますよ。あの二人の
それを聞いた上官が、何事か思い当たったように直ぐに指示を出した。
「急いで二人の元に急行するぞ。」
そう言って
林の方角に向かって速足となった上官の後を、部下達が
「班長。あの絵師が言っていた露摸って、あの白い
そう尋ねる部下達に向かって、上官が早足のまま答えた。
「確かに露摸が一緒なら、例え賊と鉢合わせしても心配などないだろう。だが、大事な事を
何恭と耀春は、林に踏み入ると、川辺に向かって歩みを進めていた。
ふと耀春が振り返ると、露摸の姿が見えなくなっていた。
また、
絵画処のみんなは、
でも一匹だけじゃあ、いつも串焼きの奪い合いになっちゃうのよね。
まぁ、露摸なら、その辺りは分かってくれてると思うけど…。
そんな事を思いながら、耀春は先を進む何恭の後を追った。
二人が
そして、薮の中から十人近い男達が姿を
男達の姿を見た何恭が、直ぐに耀春を背後に押しやった。
「何者だ。
何恭と耀春の姿を認めた男達は、せせら笑いながら二人の前に立った。
「
そう言いながら二人に近づこうとした男達の足が突然止まった。
そして、男達全員の顔に
男達の目の前に、
露摸の姿を見た賊達の全員が、思わず後ずさった。
「な、何なんだ、こいつは!王宮の中に、何で狼がいるんだ?」
すると一人の男が、気を取り直したように叫んだ。
「びびってるんじゃねぇ!ようやくお宝を手に入れたんだぞ。あの先の塀を乗り越えれば、それで目的達成なんだ。何が何でも
その男の声に励まされるように、賊達は武器を構えた。
それを見た露摸が、威嚇の構えを解くと、前脚を踏ん張って攻撃の態勢に移った。
その様子を見た耀春が叫んだ。
「露摸、駄目よ。誰も傷つけては駄目!」
耀春の声を耳にした露摸は、直ぐに攻撃の構えを解いた。
そして、賊達を
男達が武器を手にして、一斉に露摸に襲い掛かろうとした
露摸の眼から発した金色の光に
一人の賊が、大きく眼を見開いたまま呻き声を挙げた。
「か、身体が動かねぇ。どうなってるんだ、これは…。」
男達が懸命に
警備兵達に縄を打たれた男達は、その場から引き立てられる前に、恐怖に満ちた眼で露摸を
「あ、あれは化け物だ。お前達に捕まって良かった。そうでなければ、俺たちは切り裂かれて血肉の固まりになっていただろう。」
耀春と何恭が襲われたとの報告を受けて、絵画処には
絵画処の玄関前で、華真は耀春から露摸の
華真は、腕を組んで考えを巡らせた後に、長い息を吐いた。
「恐らくですが…。これは
華真の言葉を聞いた警備処の隊長が、恐る恐る質問を発した。
「瞳術とは…?それはどのようなものなのですか?」
隊長から問われた華真は、溜息を
「仙人が使うとされている術です。催眠術のようなものと言われています。瞳術に
露摸が盗賊を捕らえた話は、
そして、それを知った王宮の一部の文官達が、また動き出した。
「やはり、あの狼は神の使いだ。仙人だけにしか持てぬ術を
勿論、その意見に躊躇する者もいた。
「でも、露摸の
しかし、多くの文官達がその意見を封殺した。
「暁建国に貢献した者の身内ならば、尚のこと露摸は国に捧げるべきではないか。そのくらいの事説得出来ぬなら、暁の臣下とは言えぬ。」
こうして多くの文官達が、露摸を耀春から取り上げようと動き始めた。
それを聞いた志耀は、珍しく怒りを
そして直ぐに、それを主張する者達を自分の前に呼び出した。
「
今までに見た事がないほどの志耀の怒りを前にして、呼び出された官僚達全員が震え上がった。
そして、その後同じような事を口にする者はいなくなった。
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