第7話 耀春の実力
一人残された
「それでは、お前の世話をする者に引き合せよう。
席を立った何恭を待ちながら、耀春は周囲の絵師達が紙に絵を描きつけて行く様子に、喰い入るように見入った。
やがて何恭が、一人の若い女性を伴って戻って来た。
小柄で細面のその女性は、耀春を見て驚いた表情を見せた。
「こんな小さな娘だったのですのね。」
そんな娘を、何恭は耀春に引き合わせた。
「紹介しよう。お前の世話をしてくれる
小媛は、耀春を
「
「小媛様。宜しくお願いします。」
丁寧に頭を下げる耀春見て、小媛は微笑んだ。
まだ八つか九つ位かしら。
思わずぎゅっと抱きしめたくなる衝動を、小媛は何とか抑えた。
「お行儀も良いのね。お母様から、しっかりと
そう言いながら、小媛は耀春を見下ろした。
「さてと...。警護所の絵師さん達が集まって来る迄には、
耀春が小媛に案内されたのは、狭いながらもきちんと掃除の行き届いた小部屋だった。
「私は運がいいの。一人で部屋を貰えたから。女は私一人だからね。他の男の人達は、みんな一緒くたに大部屋に押し込められて、
部屋の中で座った耀春の前に、茶碗が差し出された。
「
耀春は、脇に置いた
「これ、どうですか? 父さまが作ってくれた
小媛は、竹包から饅頭を一つ
「なにこれ...。
「父さまは、料理屋をやってるんです。それは人気の献立の一つなんです。」
そう言いながら、耀春はふと部屋の隅にある机に眼をやった。
机上には、
おかわりの饅頭を
「それは、私が今練習で描いてる絵よ。」
そう言いながら、小媛の頭に一つの考えが浮かんだ。
この子、一体どの程度に絵が描けるのかしら?
師匠は俊才と言ってるし、警護所から絵師が
そこまで頭を巡らせた小媛は、耀春に誘いを掛けた。
「耀春も何か描いてみない?
それを聞いた耀春の頬の笑窪が輝いた。
「描いて良いんですか?」
そう尋ねた耀春を見ながら、小媛は机の上にある小窓に歩み寄ってそれを引き開けた。
窓の外には庭が広がり、
「私の描いていたのは此れ。耀春も描いてみない?」
そう言いながら、小媛は耀春に絵筆を差し出した。
耀春は小媛から手渡された絵筆を取ると、庭の花々に
その様子を見守る小媛の顔に、驚きの色が広がった。
「耀春....。この
小媛に詰め寄られた耀春は、少し
「さっき小媛様を待ってた時に、絵画処の方々の作業を見ていたんです。その方達の中で、本当に凄い描き方をする人がいたんです。それがあんまりにも凄かったんで、真似してみたくなって....」
その言葉に、小媛は息を呑んで立ち
そんな小媛の姿を、耀春は不思議そうな顔で眺めた。
その時部屋の扉が開き、一人の若い男が顔を
「おい、小媛。何をしてるんだ。警護所の絵師達は、もうとっくに集合してるそうだ。早く耀春を連れて来いと言って、師匠が怒ってるぞ。」
小媛は、その男の顔を見ると、黙ったまま
耀春が描き上げたばかりの絵に眼をやった男は、
「何だ、
そう言って詰め寄る男に向かって、小媛は言った。
「季煌....。それを描いたのは私じゃない...。
季煌と呼ばれた男は、
そして改めて机上の絵に眼を落とした後、声を絞り出した。
「そんな馬鹿な....あり得ない...」
翌朝、
何恭の前には、季煌に肩車をされた耀春と、その
「お前ら、これはどうした事だ。耀春は昨日の用事が済んだら、直ぐに警護の者の元に渡し、家に送り届けよと言った筈ではないか。」
そう言って
「申し訳ありません。
何恭から急用の知らせを受けて、王平が直ぐに絵画処にやって来た。
王平が部屋に入り腰を下ろすと、直ぐに何恭が報告を始めた。
「何だと...。昨夜、耀春は家には戻らなかったと言うのか...」
驚いた顔つきになった王平に向かって、何恭が頭を下げた。
「申し訳御座いませぬ。耀春の画法に驚いた絵画処の二人が、耀春に様々な絵を描かせているうちに夜半になり、耀春は部屋で寝入ってしまったとの事です。それを見た季煌と言う者が、
そう言って
「それはそうであろうな。
「二人のうち季煌が耀春の描いた絵を見て、直ぐに別の絵を描いてくれと頼んだそうです。季煌の筆は絵画処でも一二です。その
それを聞いた王平が、身を乗り出した。
「それで...。お前も、耀春が描いたその絵を見たのか?」
「はい。我が眼を疑いました。耀春の描いた絵の
「それだけではありません。小媛と季煌の眼の前で、耀春が描いた他の絵...。あれには、
それを聞いた王平は、春秋という言葉に思い当たる表情を見せた。
「それは恐らく...。
それを聞いた何恭は、思わず腰を浮かせた。
「何と...。
それに
「そうだとすれば帝の
「まだ何かあるのか?」
「今朝、耀春を連れて現れた季煌と小媛が、耀春を師匠と呼ぶのです。お
あの小さな耀春が、大の大人から師匠と呼ばれている光景を想像して、王平は思わず笑いを漏らした。
しかし何恭の顔は、真剣そのものだった。
笑い事ではないと訴える表情だった。
「
王平が、またもや思い当たる事がある表情で何恭の顔を見た。
「そう言われれば、あの警護所の絵師達...。帰り
王平の言葉に、何恭が大きく
「彼等も、きちんと教えて貰うなどという体験は初めてだったのでしょう。あの耀春という娘。小さな娘とはいえ、持つ
そこ迄の話を聞いた王平は、改めて何恭の顔を覗き込んだ。
「それで...。お
王平に見つめられた何恭は、真っ直ぐに王平の眼を見返した。
「あの娘は、真の天才です。しかしこのままでは、
「だからどうすれば良いかと...。私はそれを聞いているのだ。」
やや
「単なる通いではなく、ずっと
何恭に両手をついて懇願された王平は、戸惑いの表情を見せた。
「しかし...お
王平にそう言われた何恭は、今度は床に
「技法を教えるのは苦手です。しかし絵を描く心は教えられます。耀春だけが描ける絵の心を掴み取れるように、私に導かせて下さい。...。
「ふうむ...何恭がそのような事を...。何恭と言えば、国でも一二を争う名筆ではないか。耀春も、大変な人物に見込まれたものだな。」
王平から話を聞かされた志耀は、腕組みをしながら、視線を宙に
「何恭だけでなく、絵画処の季煌と小媛という者達からも、是非とも耀春を絵画処で預かりたいと
それを聞いた志耀は、何度も首を振った。
「私には決められぬ。
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