第22話 料理番、危機を知らない。
「やぁっ!」
ザシュッ。
獣人の女の子がまた、やっつけた。これで何回目だろうか。
「またホーンラビットだぜ!」
「楽勝だな!」
「村の近辺はホーンラビットの巣になっていたのか。初めて知った」
もう、慣れた手つきで怖がりもせずに、ホーンラビットの死体に触れる男共。
背に背負った藁のかごに、ひょいっと入れてまた歩き出す。
「そろそろ、集まったんじゃないか。食材」
「いや、ドングリイモってのがまだだ」
「ドングリイモって、アレか?」
大きな木の上になっているソレ、を見上げて指差す男。
「あんな高い所にあるのか、どうやって取るんだ? アレ」
「登る……。とか?」
「登るって……、あんな高い所を?」
「のぼる!」
獣人の女の子が駆けて、ぴょんぴょんと木の上へと、登っていく。
「んしょ、んしょ」
あっという間に、大きな木の枝が横へと伸びている場所へ、到達した。
「とった!」
一房ちぎり、下へと落とす。
「んー、んー」
届かない。一生懸命彼女は手を伸ばすが、木の枝が大きく揺れてバランスを崩し、ぱきぱきと根元辺りが音を鳴らして、折れそうだった。
「おいおいっ! 危ないぞっ! 嬢ちゃんっ!」
「落ちるぞー! 気を付けろ!」
「とどかないもん……」
しょんぼり、と耳をたたんで諦めきれずにいる彼女。その場から動こうとはしない。
「任せな」
「アレスさん!」
黙って見ていたアレスが動き出して、背の大剣の柄にゆっくりと手を伸ばし……。
シュンシュン、大きな暴風が空を駆けた。
一瞬にして、横一線に振り切った剣先。あっという間に到達した剣波。轟音を鳴らした。
ぷちぷちっ、ぽとぽとっ。
優しく千切れて緩やかに落ちた。目に見えない剣波は、食材を傷一つすら付けていない。
「おおー!」
「すげー! さすがアレスさん!」
「…………」
歓喜する男達と、すぐにまた黙り込むアレス。背に大剣を背負い込み、木に背を預けた。
「む。そろそろ暗くなるな」
一言呟いたアレス。空の色がオレンジに染まっている。
「そうですねぇ。そろそろ帰りましょうか」
「だいぶ食材の方も揃いましたしねぇ。皆さんお疲れ様です」
「おつ!」
獣人の子はブイサインを見せる。一同は村の方へと歩きだしていった。
「ローレンバーガー、お待ちどッ! 持っていってね!」
「はい!」
「ぜぇはぁ。ちょっとしんどくなってきた……」
「頑張っておばさん! お兄ちゃんが一番大変なんだから!」
「お、おば……」
がっくりと肩を落として、うなだれたメイド服の女性。幼女が優しく頭を撫でた。
「それにしてもだいぶ混んでいるな……」
人の往来の行列が止まる気配が無い。テーブルは全て満席。もっぱら大繁盛である。
「うめー!」
「どれどれ……。うっ、うまっ! うまいっ!!」
「これ、ローレン村で取れた食材を使ってるらしいぜ!」
「すごいな……! あのコック。……じゃなかった、勇者」
目を輝かせて、丸くて不思議な形をしたソレを見て、眺めたり、一口かじっては感動する面々。料理人様様ではある。おっと、今は勇者だったんだよな。
彼女等は無事だろうか……。早く帰って来てくれよな。
「いらっしゃっせ! どうぞ、お掛けなってください!!」
「…………。嫌な匂いがするぜ」
アレスが鋭い目つきになって、一言だけボソリと呟いた。
「なんですか? アレスさん」
「ずっと、こちらを付けてきてる殺気だ。お前等、注意しとけ」
「え、殺気って、まさか……」
「は、早く村へと戻りましょう!」
一目散に、駆け出した男。目の届く先に、村へと続く柵が見えている。
「馬鹿野郎! 走るな!」
「え? え、あ……」
ガサガサ、と草むらと揺らして、出てきたその大きな巨体を見て、男は戦慄した表情を見せた。
「グルルッ……」
「グランドベアだ……」
「ひ、ひいいいっ!」
「あああっ! お助けっ……!」
我先に関係無しと、走り出した男がいる。それを見て、本能の修正というか、男の背が瞳孔に映ったグランドベアは、四足歩行で駆け出した。
「グォルアッ!」
ギィン!
鈍い音が、ぶわっと広がった風圧に混じった。
アレスは即時に振りぬいた大剣を、グランドベアにぶつけたつもりだった。
二足歩行の状態で立ち上がる姿。アレスの大剣を止め切った大きな爪。その馬鹿でかい姿からして、いとも簡単にアレスの一撃の威力を無くして見せた。
「ああああああっ!」
「チッ!」
叫びながら、村へと一目散に駆けていく男達と、舌打ちしたアレスの姿。
ガサガサっと、いくつか音が増えて、アレスは目をかっぴらいた。
「グルルルル……」
後ろから出てきた5匹の姿。それはグランドベアの集団だった。
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