第18話 料理番、徹夜で料理を作る。

 あれから、数時間が経った。闇夜は真っ暗だって言うのに、この村の全ての人がここへと集結している。


「皆さん、こんばんは。勇者のレオ。と申します」


 まずは一言。僕は頭を下げた。


「夜分遅くにすみません。ですが、この村に蔓延っている病について、僕から話をさせてください。お気付きの方もいらっしゃると思いますが、これはとある呪いです。僕はこの呪いについてはあまり詳しくありません」


 周りがざわつき始めた。だけど、喋るのはやめるつもりは無い。


「ですが、治す事は出来ます。治療魔法です」


「おおっ!」


 声を大きく上げた、手前側の村人。


「……あまり時間がありません。この奥の部屋の方達はかなり深刻です。事態は一刻を争います。できれば、一人一人私が診て回りたいのですが……。皆さんには協力して欲しいのです。それは、この村の全ての食材、ありとあらゆる食べられるもの、そして料理器具……。それを用意して欲しい。これは、私の魔法について関係しています。詮索は企業秘密なので、しないで頂きたい。どうか、よろしくお願いしますッ!」


 全力で声を出して、今僕が出来る最大限の勢いで、頭を下げた。


「「「…………」」」


 村人はお互い顔を合わせ……。


「「「うおおあああッーーー!!」」」


 歓声が上がり、一気に熱く盛り上がった。


「さすが、勇者!」


「頼もしいな!」


「神様に祈って良かったねぇ!」


「そうと決まれば、こうしちゃいられない! 俺はどうしたらいいんだ?」


「さすがお兄ちゃん!」


 良かった。僕の言葉に耳を傾けてくれたようだった。ちょっと一安心……。


「…………」


 アレスさんが腕を組んで、無表情でこちらを見ている。


「明日が寿命の人達を救うには、今からでも料理を出していかなきゃ、だ。手伝ってくれるかい?」


 長らく喋っていなかった気がする。僕は後ろに寄り添う彼女に向かって言った。


「うん! わたしはれおのどれいだもの!」


 満面の笑みでそう答えてくれた。ようし、こうなったら負けちゃいられない。


「これにて、ローレン村料理大会、開っ幕っ、ですッ!!」


 高らかに宣言してみせた。腕がなるぜ。


「~ワイルドボアの甘辛炒め~。お待ちどおッ!!」


 僕は大きな鍋をがつん、と置いて、皿によそおうとする。


「れお! わたしやる!」


 彼女が僕の手を取って、皿を受け取った。


 謎にメイド服姿。アレしかなかったらしい。獣の耳や、後ろから尻尾が見えている。


 獣人だとバレてるぞ。いいのか? ってかその姿……。


 むちゃくちゃカワエエっ!


 なんだよそれ、卑怯だろ? 獣人美少女による、ご奉仕とかさ……。


 どうやら僕はその気の趣味があるようだった。


「ありがとう。きみかわいいね」


 包帯グルグル巻きの男が座る席に、お皿を持っていって、声を掛けられては、ニコリと微笑む。


「僕にその趣味は無いと思っていたのに……」


 おっと、声が漏れていた。料理が焦げちゃう。集中だ集中。それにしても……。


「熱いな……」


 昨日の夜からずっと、厨房で料理だ。おかげで汗まみれ。タラーっと、一筋大粒の汗が頬を垂れてきて、服の袖で拭った。


 以前作った料理だから、特に困る事は無いが、いかんせんこの量だ。自分でも、たまに自分の事頭おかしいと思うけど、僕は本気で村人中の人達に料理を振舞うつもりらしい。


「~ホーンラビットのとろけるシチュー~。お待ちどおッ!!」


「りょうかい!」


 奴隷ちゃんがニコニコご機嫌で、おたまをすくう。


 自分もそれ、食べたいだろうに。偉いぞ。思わず、奴隷ちゃんって表現してしまった。


「ぜえはあ。もう、朝か……」


 夜通しだよ。彼女は思ったより元気だなぁ。僕は死ぬほどしんどい。


「勇者さま。ちょっと宜しいですかな」


 ローレンさんだ。どうしたんだろう。


「森へ出払う男達を選抜しました。この地図の通りに、この周辺の食材を集めれば宜しいのですね……?」


 僕はコック用のエプロンを解いて、白い帽子を取ったら、袖を捲った。


 地図にはあらかじめ、僕がペンで書いたマークをしるしてある。どこにどんな食材があるのか、も細かく書き込んだ。


「ちょ、ちょっと待ってくださいっ……! この料理を一口。食べていってから

に、してくださいっ!」


「料理、ですか?」


「理由は申せません。ですが、食べると魔除けの効果がありますッ!」


 嘘八百。ホントすみません。食べれば多分、モンスターに襲われても平気な体になれるから、絶対に食っていってくれよな。いや、どんな嘘を付こうとも絶対に食わせてやる。


 それと……。


「この子を連れて行ってくれませんか」


 僕は奴隷の彼女を差し出した。


「?」


 わけも分からず、変な表情をして立ち尽くしている。


「実力は折り紙付きです。この子なら、多少のモンスターを倒せます」


「やだ!」


「え?」


「れおといっしょがいい! それにれお、つかれてる! わたしがいないとたいへん!」


 やだ! って子供じゃ無いんだから……。……子供か?


「この人達に付いて、サポートしてあげて欲しいんだ。これは、僕からのお願いだよ」


「やだやだ!」


 首を大きく振って拒否した彼女。ええ……。どうしたら……。


「なら、この仕事が終わったら名前を付けてあげるよ」


「なまえ?」


「そう。名前。いつまでもキミって言われるの嫌だろ……?」


「……うん」


 軽く頷いた。奴隷ちゃんじゃ、ちょっとね……。


「全部終わって、頑張ったご褒美だ。行ってくれるね?」


「わかった。わたしがんばる」


 真剣な眼差しになった彼女へ、よしよしと頭を撫でる。


「んん」


 尻尾を横に振って、軽く唸る。がんばってくれよな。


「まぁ、強そうな人も護衛についているしね」


「…………」


 アレスさんはいつまでもじっと黙っている。笑い掛けてもこの通りだ。


「皆さんをよろしくお願いします。ボディーガード務めてくださいますね?」


「分かってる。約束だからな。金はちゃんと払えよ」


「勿論です。あ、それと。ワイルドボアの肉とホーンラビットの肉はこの部位とこの部位を、×○○個ぐらい集めてきて欲しいんです……」


「……」


 アレスさんに紙を渡した。そこには肉の切り方、食べられる部位、必要な量が記してある。もちろん村中の人が食べる量で、だ。


「分かった。こっちは何とかする。任せておけ」


 軽く眉間にしわが寄ったところを指でつねって、紙をポッケにしまってそう言った。


 おっ。頼もしいな。さすがは実力者。


「おい、坊主」


 後ろに振り返って厨房に戻ろうとしたところを、呼び止められた。


「お前さん、この村を本気で救うつもりなのか?」


「ええ。そうですよ。何か?」


「いや……。なんでもない。ただの物好きなら、ぶっ飛ばすつもりだっただけだ。お前は、変な物好きだ。ぶっ飛ばす気にもなんねぇ」


「れお。ですよ」


「あ?」


「坊主でも、変な物好きでも、ありません。レオ。レオ・カルロスです」


「フッ、やっぱお前は坊主だし、変な物好きだよ。じゃあな」


「よろしくお願いします」


 軽い感じで手を払った男に、僕は真っ直ぐ90度のお辞儀で返す。


「……。やっぱ調子狂うぜ」


 そんな声が聞こえた気がする。でも早く料理に戻らないと……!


「うわーっ! これ美味いなぁ!」


「アイツ、勇者辞めて、料理人やった方がいいんじゃねぇ!?」


「アレスさん! これ、食ってみてくださいよ! なんか食ったらこう、なんつーか……。体中から元気がみなぎってくるっ! ……みたいな?」


「なんじゃそりゃ、ガハハッ!」


「ほら、アレスさんもこっち座ってくださいって!」


「あ?」


 森へ出払う面子は何故か、食卓を囲んで料理を楽しんでいる。


 異様な光景に思えたようで、アレスは眉間に寄せたシワを指で和らげた。


「…………」


 目の前にコトリ。と置かれたお皿。ケモノ肉の足が丸ごと煮込まれた、スープ

のようなもの。なんだこれは。初めて見る。ぶっきらぼうな表情をした俺を見ては、ファンシーな服を着た獣人がニコリと微笑んだ。これを、食えと言うのか……? 一体、何故……。


 ガブリ。たらーと垂れた汁そのまま、肉の多い部分に食らいついてみる。


「こ、これは…………!」


 かしゃんと皿が音を立てて、アレスの瞼が大きく見開かれる。

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