第16話 料理番、村の実態を知る。

「そろそろ日が暮れそうだ。帰り道が分からなくなる前に、撤退しようか」


「うん!」


 ザシュ。


 満面の笑顔で彼女は、瀕死の状態でピクピクとしていた、ホーンラビットの喉元を掻っ切った。


 彼女の顔へ鮮血が大量に飛び散る。


 こわい。こわいよ……。


「あれ、もうリュックに入りきらないや」


 僕の背負い鞄はパンパンに膨れ上がっている。


 これは、料理人の悪い癖である。中身は全部、食材。ドングリイモだとか、サクサクオチバだとか、シュガーキノコだとかの山菜系。ワイルドボアの削ぎ落とした肉と、ホーンラビットの肉。もう、これ以上は入らない。しょうがない……、捨て置くか?


「もってく!」


 こちらの心の声が聞こえたみたいに、元気良く返事が返ってきた。


 ホーンラビットの首元をぎゅっと片手で握り締めて、こちらへと差し出しながら……。


 こわい。サイコパスだ。


 てくてく……。と来た道を歩いて僕達は戻る。


 やがて、僕達が乗り越えてきた柵の目の前まで、たどり着いた。


 すっかりと辺りが暗くなっていって、大木に吊るされた多くのランタンが火を灯して、周りを大きく照らしていた。


「ここが、この村の結界……」


 僕はぴょんと飛び越えて、中に入った。


 ふぅ、なんとか生きて帰ってこれたぞ。


「しまった。宿屋とかまったく考えてなかった」


 今更ながらではあるが、本当にどうしよう。


 今日手に入った食材たちの、下処理とかしておきたいなぁ。腐らせたくないし。


「?」


 彼女がこちらを見つめる。ホーンラビットの死体、ぶら下げながら歩いて良いのかな?


「…………。へんだな」


 もう、村の中心部まで足を入れている。


 畑作業をしている人だったり、通行人が多かったり、小っちゃい子からご老人まで。昼間はたくさんの人とすれ違ったはずなのに、今は人っ子一人すら見当たらない。不思議だ。


 ローレン牛がそこらで野放しに歩いているのは見かけているんだけど……。グランドベアを怖がっているって、事なんだろうか……?


 なにか、得体の知れない違和感みたいなものを、僕は感じていた。


 木で作られた三角形の屋根をした家の前に、松明が連続して置かれている。その中で、人の気配を即座に感じた。


「シクシク……」


「スンスン……」


 人がすすり泣く声。それも一人や二人ではない。一体何事だ……?


「これは……」


「おっと、勇者様。お帰り下さった。皆の者、歓迎せよ! 手厚くな!」


 村長が一番早く、覗き込んだ僕の顔に気が付き、周りの人達に激を飛ばした。


 それを聞いて、老若男女が慌てふためいて、食器を鳴らす音が聞こえたりした。


 でも、僕は見逃さなかった。村長が急いで隠した手元。恐らく亡くなってしまった方、藁で出来たシートの上に横たわる人へ布を被せた、真っ黒に焦げたようなその顔の姿を。


「いえ、結構です。これは一体、何があったんですか……?」


 僕は手を前に突き出して、恐らく料理の準備をしていた人達を止めた。


 この家の作りは結構広かった。本来は客人をもてなす場なんだろうと、予測は出来る。


「……呪いじゃよ」


 長らく沈黙した後、周りの人達がざわつき始めて、村長はやっと一言口を開いた。


「あんまり、知られたくなかったのじゃが、仕方あるまいて……」


「勇者さま、こちらへ……」


 この村に来たとき、案内をしてくれた若い青年が近づいてきて、僕に耳打ちをした。


 奥の方へと連れられて僕は、青年が開けた扉の先を見て、驚愕した。


「ゴホッ、ゴホッ!」


「ローレンさん、駄目ですよ来たら……。うつります……」


 目の前には咳き込む人。全身を包帯でぐるぐる巻いたような人達が、たくさんいた。


「かまうものか。どうせこの村はもう、終わりだ」


「そうおっしゃらずに……。あなたは、この村の希望なんですから……」


 若い青年に対して、包帯を巻いた人がそう声を掛けた。


「すまないな」


「いえ……、ゴホゴホッ!」


 青年はまた、扉を閉める。奥の方は、広間と同じぐらいの広い部屋っぽい感じだった。


「勇者さま、騙していたわけではございません。これは、この村の運命なのです」


 青年は僕に向き直って、真剣な顔をして言った。


「今から数か月も前の事、とある商人がこの村を訪れました。その名は『アーク商会』」


 その名前を聞きつけて、僕の眉はピクリ、と動いた。ん……?


「その男はこう言ったのです。この辺りで危険なダンジョンが、いくつか出現し

た。おめでとうございます。と」


「おめでとうございます?」


「ええ。多くの冒険者達がこの村を訪れ、この村は活気づいた良い村へ発展すると、その男はおっしゃいました。その前に、うちの商材。ポーションや武具などを仕入れて欲しいと。取引を持ち掛けてきたのです」


「確かに男の言う通りになったのです。村長である私の祖父も、ならばという事で優先的に他の業者を排除し、アーク商会との独占契約を結んだのです。今思えば……、あれが悪夢の始まりだった」


「我々は裏切られたのじゃよ」


「じいさん……」


 後ろから村長がやってきた。長い眉で表情が見えておらず、優しい人だと思っていたけど、今は鋭い眼光で怒りの顔に見える。


「勇者殿。この村にどれほど首を突っ込むつもりなのか、知りませぬが。恐れながら、出来れば他言無用でお願いしたい。軽い気持ちであるのならば、今すぐにここを立ち去って欲しい。言いふらされようものなら、たとえ勇者殿でも許せませぬ」


「じいさん! そんな言い方って、無いよ!」


 青年が激を飛ばして、村長は後ろへ下がっていった。


「ごめんなさい。勇者さま。他言無用というのは、このポーションに関係があります」


 ちゃら、と脇のポケットから、赤い液体が入った小瓶を取り出して、僕に見せた。


「見た目は、まったく普通と変わらないポーション。ですが、効き目はギンガルドで市販されているものより、効力が1.5倍ある」


「この1.5というのがミソでした。冒険者のみならず、村人の多くがこのポーションの虜となって使用者は一気に増えたのです」


「もうこれは、ギンガルド中で知れ渡ってしまっている事実ですので、勇者さまには、真実をお伝えします」


「このポーションには毒が入っています。正確に言えば、『呪い』だと」

 呪い。その言葉も聞いて、僕はピクリと反応した。


「この村に鑑定士がいなかったのが致命的でした。この村を去った勇者の皆さまは、ギンガルド中に噂を広め、この村に訪れる人はやがて激減していきました」


「ギンガルド連合組合は、呪いに掛かった勇者その全ての人を、一等魔法師の協力を得て、無償で浄化の魔法を使って、救う事を発表しました。ですが、この村はその対象には入りませんでした」


「あいつら、ひっでんだ! 騙されたのは俺達だってのに!」


 横からオジサンがしゃしゃり出てきて、言った。


「そうだそうだ! 全部、俺達のせいにしやがったんだ!」


 同調するように他の奴等も言う。目元は腫れていて、ふざけて言っているわけではなさそうだった。


「アーク商会と言えば、ギンガルド有数の大商会です。どのような手を使ったのか分かりませんが、ポーションに毒を入れたのは、あくまでこの村の責任。犯人が見つかって裁かれるまで、この村との断交をギンガルドは決意した」


 ん……?


「そこに現れたのが勇者さまなんです! 正直私達は、諦めていました。近くのダンジョンも放置されっぱなし、呪いの正体をいつしか突き止める勇者がきっと現れるんじゃないかと、希望を持ちながら皆、緩やかに呪いに苦しんでは大勢死んでいった」


 あれ……?


「お願いします! どうにか……。この村をお救いくださいっ……! 何卒、勇者さまだけは、この村を見捨てずに、どうか……、どうか……!」


 青年は前のめりになって、僕の両手を掴み、深く頭を下げた。


「お願いします! 勇者様!」


「勇者様……!」


「どうかお救いくだされ……!」


「おにいちゃん! おねがい!」


 僕の元へと群がってきた他の人達。若い男の子。オジサン。お婆さん。小っちゃい幼女。皆、ボロボロと涙を流している。


 何となく読めてきたぞ。あの受付嬢……。どうりでこのクエスト、誰も受けたがらないわけだ。断交されたとか言ってたし、そもそもコレ正規のルートなのか怪しくなってきた。


 はて……、呪い、か。


「ん? ちょっと良いですか、光の精霊さん、精霊さん。ここに居る人達のステータスを、鑑定してくれるかい? 光魔法、チェックザフラッシュッ!」


 パシャリ。


 僕は、出来るだけ多くの人の姿をフレーム内に収めるように後ろへ下がっては、両手の親指と人差し指を合わせて、詠唱を唱えた。

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