第14話 料理番、シチューを提供する。
~ホーンラビットのとろけるシチュー~。
名づけたら、こんな感じかな。
ローレン牛乳のおかげで、白というよりは肌色に染まった、鍋の中。
ぐぎゅるるる。
う~ん。沸き立ってくる湯気の香りで、僕の腹の虫も限界だ。
「れお! はやく! はやく!」
「ほらほら、テーブル揺らさない。置けないでしょ」
皿によそった僕の様子を見て、ピョンピョンと跳ねる彼女。耳のぴょこぴょこする動きで、何を考えているのかは丸わかりだ。
ことり……。
「わぁっ……!」
彼女の目の前にお皿を置いて、目をキラキラと輝かせて涎を垂らした彼女へ向かって、手のひらを差し出した。
「待て」
「うぅ……」
僕の手の甲に、紫の刻印がわずかに浮かび上がる。彼女の体をビクン、としならせ、効力を発揮しては、すぐに消えていくようだった。
「あ、ごめん! 痛かった?」
「うぅ、れおひどい……」
「ごめんごめん! そんなつもりじゃなかったんだ! 食べる前には、ちゃんといただきますをして欲しくてっ!」
「いただきます?」
「そう、『いただきます』。全ての食材、命に感謝して、召し上がる。僕の故郷では大事な儀式だったんだよ。元は伝説の料理人、ニホンジンが広めたとされているけど。僕は一、料理人として、この風習を大事にしたい。だって……、キミはもう僕の家族だろ?」
「かぞく? ……、かぞく! れおとわたし、かぞくっ!」
彼女は僕に飛びついて、腕をぎゅうと握り締める。もう、どこにも逃がさんぞ。とばかりに。
「こうやって手を合わせて……、目を閉じたら『いただきます』だよ?」
「わかった!」
「「いただきます」」
まずはスープから頂くことにしよう。スプーンですくいあげて、ごくり。と一気にいく。
熱々だ。だが、それが良い。ローレン牛乳はとてもまろやかで、少し甘味を感じる。これ、多分だけどなんにでも合うんじゃないか。うーん、今更ながらキノコが欲しかった。苦みのある薬草なんかとも相性は良さそうだ。次からはスパイスとかも考えてみようかな。
さあ、お次はメインのホーンラビットの足、丸ごとかぶりついてみよう。
ガブリ。
柔らかっ! ふわっ! 肉の繊維が歯の弾力に簡単に負けて、するすると溶けるように柔らかく落ちていく。噛めば噛むほど奥の方から肉汁が溢れ出す。これが人気であるこのホーンラビットの正体……! 一見。柔らかいだけかと思いきや、しっかりとした歯ごたえと、奥に詰まっているかのような溢れ出てくる肉汁。他の肉質では再現できない、高級な味わいをもたらしてくれている。
「あむっ! あむっ! あむっ!」
ゆっくり食べて、自分の料理を賛美している僕とは対照的に、皿に勢いよく食らいついている彼女。
「んまい!」
一気に平らげて、まっさらなお皿の上に、カランとスプーンの音が鳴る。
「うぅ……、れお……、なくなっちゃった……」
しゅん、と耳を折りたたんでは、僕にお皿をよこしてくる彼女。
「はいはい……、おかわりありますよっと……」
「わぁっ! れおだいすきっ!!」
「うわわ! ちょっと! 揺らさないで! こぼれるこぼれるっ!」
彼女の腹の底のこんたんは読めている。読めているが……、耳をピョコピョコ、尻尾をブンブン、と体を使って、全力の笑みを浮かべられたら、料理人明利に尽きるってもんだ。
「いたらきます」
「いただきます、だよ。最初だけで良いからね」
うーん。この子ホント可愛いな。やっぱり僕は自分が食べるより、食べてもらって、それを見ている方が幸せだ。だってこんなにも、彼女は幸せそうな顔をしているんだもの。
でも、それはそれ。これはこれ。お腹は満たされていない。僕も再びスプーンを取った。
レッドホットキャロットをサクッとかじってみた時に思った。これ、抜群に合うじゃないか。甘さと辛さが絶妙にマッチングしている。スパイスを入れて無かったけど、丁度良いほどのスパイスの起点になっている。これは良いモノを見つけた。ローレン牛乳、大変素晴らしい。
ドングリイモ、これも初めて調理で使ったが、ちゃんと身の方まで火が通っているようだ。最初手で持った時は、硬い方かなとも思ったりしたんだけど、茹でたらちゃんと柔らかくなって、ほくほくだ。恐らくローレン牛乳あっての事だろう。とても美味しい。
我ながら、シチューにして正解だったかな。寄せ集めの食材だったけれど、野菜類もお肉もここまでぴったりと合うのは奇跡だよ。また料理番に戻れたら、メニューに追加するのもいいかもしれない。僕はしゃく、とブルームキャベツをひとかじりしてそう思った。
「ん、んんっ、んああっー!」
またいつぞやの時みたいに、身をもぞもぞと悶えさせて、喘ぐ彼女。口からピンク色のハートマークを飛ばす。まるで絶頂しているかの……って、
やっぱりそうなのか? 僕の思い違いじゃなければ恐らく……!
「光の精霊さん、精霊さん。彼女のステータスを鑑定してくれるかい? 光魔法、チェックザフラッシュッ!」
僕は、両手の親指と人差し指を合わせて、四角を作ったらパシャリっ。と撮影した。
名前:??? 種族:獣人
職業: 【LV.2】
HP:14(+900) MP:7(+300)
STR:8(+500) DEX:4(+1500) INT:2(+500) LUX:4(+500)
装備:???の呪縛印。対象の心臓を残りあと3日までに死滅させる。呪鍵×(9-1)
※この呪いは取り外し不可である。呪鍵によってのみ、解除可能である。
スキル:【食事効果】~ホーンラビットのとろけるシチュー~スピード系パラメータを大幅に上昇させる。呪い除けの加護を発動させる。スタミナ2時間無敵化。雷属性抵抗強化小。脚力強化大。雷属性へのダメージ強化小。経験値ボーナス大(倍率3.00)。
こ、こりゃすごい……! 前回のより、ステータスアップしていないか?
っじゃなかった! やっぱりそうだ! 僕の料理によって、呪いは解除されるんだコレ!
「キミ、寿命あと3日しかなかったのか……」
「?」
美味しそうにスプーンを頬張って、頭に疑問符を浮かべた彼女。
「よし、決めた」
ここで会ったが運命。この子の命は絶対に救おう。僕の料理人魂にかけて。
そのためにも、このクエストは必ず達成しなければならない。
お金が無ければ、食材を買う事すら叶わないからだ。
そうとなれば、僕もステータスを上げなくちゃ。
僕は、彼女みたいに一気にかき込んで、鍋の中身をガツガツ減らしていった。
「そうだとしても……、今日中にグランドベアを倒せるだろうか……?」
それは恐らく無理だ。今、いくら料理ボーナスがあるとはいえ、上位モンスター。あの【黄金血族】ですら、手を焼くモンスターなんだ。僕らはまだ、レベル2。少しでもレベルを上げなければ、ちょっとやそっとじゃ倒せないのは、間違いない。
3日しかないってのは、言い換えれば3日もあると言う事。もしかしたら今日も入れてあと3日なのかもしれないけど、だとしても、だ。
「幸い、経験値ボーナスがある。今日は狩れるだけ狩りつくそう」
「わかった!」
聞こえの良い返事を聞きつけたら、僕は足場のたき火を、足で砂をかけて消して、バブルスプラッシュで洗い落とした鍋をリュックにしまったら、すぐにまた駆け出していく。
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