第13話 料理番、鍋を煮込む。

「土の精霊さん、精霊さん。この炎を起点にして、鍋が置けるような土台を作ってくれるかい? 土魔法、クラフトサンドッ!」


 僕は宙で手のひらを下に向けて、掴むような動作をして、そのまま上に引き上げれば、みょこっ。と地面が盛り上がる。ズズズ、僕は指先で絵を描くみたいに、テーブルみたいな形へ変化させた。


 【クラフトサンド】土魔法LV.1。砂や土を自在に操る。固めたりする事が出来る。


 うーん。そうだな、今のうちに椅子も作っておこう!


 慣れた手つきで、ズズズ。不格好で簡素的な4本足の椅子が出来上がる。最後に、背もたれの部分を、優しくちょちょいと足した。


「あはは! わーい!」


 出来上がったばかりの椅子に、ちょこんと座ってはきゃっきゃっ、とはしゃぐ彼女。


 アート作品としては0点だけど、すぐ乗っても壊れない。うん、70点。どうせすぐに壊すしね。


 ことん。と作った土のテーブルに、鍋を置いてみて感触を確かめる。


 あれ、ちょっと遠すぎたかな。炎の煙がメラメラと立ち上る空間と、テーブルとの間に少しスペースが出来てしまっている。


 これじゃ、熱が通らない。僕はまた、宙を両手で握って、ズズズ。ズズズ。と優しく撫でて、ちょっとずつ土を変化させて、高さ調整を行う。こうか……? こうかな……?


 ぐつぐつ。お、これだっ。


 手ごたえをちょっと感じた。熱すぎない、遠すぎない、弱火でじっくりコトコトね。


「次は野菜!」


「やさい!」


 僕の独り言を聞きつけて、万歳をする彼女。


「野菜好きなの?」


「やさいすき!」


 僕の疑問に、目をキラキラと輝かせて、即答した彼女。


 へぇ。野菜好きなんだ。獣人だから、てっきり。でもそれは、偏見だよな。良くない。


 トントン。


 …………。


 レッドホットキャロットを置いて、指を猫の形に曲げて、僕はテーブルの上をチョップしている。


 いったい、何をしているんだ僕は。


 癖でつい、食材をリュックから取り出して、トントンしてしまったっ……!


「包丁が欲しい、包丁が欲しいよ……」


「ほうちょうほしい?」


 軽くうなだれて見せた僕に、彼女が疑問符を頭に浮かべる。


「あぁ、包丁ってのはね。料理人にとって魂みたいなもの、なんだ。命の次に大事かな」


 とはいえ、手放してしまったけれど。もう、あのギルドの事はあまり思い出したくない。


「じゃあ、ほうちょうかう! わたし、わるいくまさんたおす!」


 前のめりになって、僕を励まそうとする姿。この子、ホントに優しいな……。


「ははっ、そうだね。なら、腹が減っては戦は出来ぬ、だ。ちょっと待っててね」


「うん!」


「風の精霊さん、精霊さん。このレッドホットキャロット、ドングリイモ、オリーブオニオン、ブルームキャベツ。この野菜たちを、まとめてスライスしてくれるかい? 風魔法、エアースラッシュッ!」


 僕は食材を次々ぽいぽいっ、と宙に投げていき、その度にしゅんしゅん、と切り刻まれてそのまま鍋の中へとぽちゃん、と落ちる。


 エアースラッシュ自体の使い勝手はかなり良い。LV.1の魔法だから消費マナはそこまで気にしなくてもいいし。だけど、やっぱり切られた形がいびつに見えるというか、料理人として、これじゃまずいよなぁ……、と再三思う。


「僕……、この依頼が達成出来たら、包丁を買うんだ……」


 ふふ、と笑みを浮かべて、コトコト鍋を動かす。あれ、もしかしてフラグが立った?


「血抜き……、出来たみたいだ」


 水の玉の中は、どす黒い色に染まっている。僕は手を突っ込んで、ぷにぷにと触っては、水が十分に浸透した事を確かめた。


「次はお肉!」


「おにく!」


「お肉好き?」


「おにくすき!」


 もう、彼女はなんにでも万歳をするようだ。つまりは好き嫌いは無い……という事だな。


 気持ちは分からんでもない。腹減りの前には、どんな好き嫌いも勝てやしないのだ。


 ぽちゃん。


「あちっ」


 ホーンラビットの肉を鍋の中へと移し替えていた時、大きく跳ねた汁が指先を刺激した。


 ぐつぐつ。鍋は良い音を鳴らし続ける。全部、肉は入れ終わったかな。僕は、指先でちょんと、水の玉を触り、一気に空中で爆ぜて無くなる。


「ふー、ふー」


 思ったより熱かった。僕は跳ねた先の人差し指に向かって、息を吹きかけ続ける。


「あむ」


 がぶり、と僕の指へとかぶりつき、ペロペロと舐め始める彼女。唾液が僕の指を刺激し続けるっ!


「って、あぁっ! 毒っ!?」


「んん、らいじょうぶ」


 軽くのけぞった僕の指を捕まえて、彼女は舐め続けた。毒持ちなんじゃないのか……?


「なおった!」


「え……? あれ、ホントだ」


 ちょっと赤く腫れていたはずの軽いやけどが、綺麗さっぱりと無くなっていた。


「どく、ちょうせいできるようになった。これ、わたしのこきょうのなおしかた」


 なんだこれ、魔法? いや、獣人特有の唾液に含まれる何かなんだろうか……。


「いーにおい!」


 くんくん、くんくん、とぐつぐつ煮えたぎる鍋のそばで、ワクワクする彼女。


「そろそろ……かな」


 僕はリュックからおたまを取り出して、ぐるぐるとかき混ぜる。


 ホーンラビットの肉は元々柔らかいから、ほどほどにね。


「っし! お待ちどうさまッ!」

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