第10話 料理番、村に到着する。

 ローレン村。都市からすぐ離れた場所にある、人口の少ない酪農地帯と聞いている。


 ただ、一歩でも外の森に入ろうものなら、魔物に襲われる危険性は高い。近場にダンジョンのスポットが、いくつも存在するからだ。恐らくこの村も勇者組合があるはず……。


「ワシがこの村の村長。ローレンじゃ。若い勇者が来るのは珍しくてのう……。嬉しゅうてかなわん……」


 そう、シクシクと喜びの涙を流しながら、僕の手を取るおじいさん。


 僕、勇者じゃないんです。料理人なんです。とは、もう言い出せない雰囲気となってしまった。


「この村は今、収穫祭を控えていてね。怯えているんだ、みんな」


 若い青年が、説明するようにそう語る。


「今から1か月前の事だった。毎年行われるお祭りのために、若い子も含めて大勢で収穫をしていた時に、いきなり現れたんだ」


「大人達で応戦したけど、全く歯が立たず、重傷を負った男達は皆、ギンガルドに運ばれていったよ。ここにはちゃんとした医療設備が無くてね」


 後ろからタタタ、と駆けてきて僕の手を取った女の子が言った。


「とてもうれしいです! 勇者様が来てくれるなんて! 私と同じくらい若そうなのに凄いです! 尊敬します!」


 その子は目をキラキラと輝かせていた。三つ編みをした素朴で純粋そうな見た目である。


 僕は、ゴクリ。と喉を鳴らした。


 どうしてこうなった?


 ローレン村役場の中はとても狭くこぢんまりとしているのに、僕を一目見ようと、たくさんの人が駆け付ける。


 そりゃ、そうだ。グランドベアといえば、一流の冒険者でも手を焼く、上位モンスター。まず僕が倒せるわけ無い。倒せるわけ無いんだ……。


「報酬はグランドベアが倒された証拠、首でもなんでも持って帰って来て欲しい。一体につき、160枚だ。これは中々破格の値段だろう? この村の経済規模だと、払える余裕なんて勿論無いけど、外に出れない住民も多いんだ。これは仕方の無い事だと皆思ってる」


「あ、あの……」


「これがこの村周辺の地図と、ダンジョン内の地図。それと、この村特産のフレッシュブルーベリー、ホワイトピグの生肉、ローレン牛の牛乳だよ。君、装備とか付けてるように見えないけど、リュック一つかい? なら、簡易的なモノになってしまうが、剣や盾は自警団にあるものを使ってもらっても構わないよ」


 すごい早口で捲し立てられた。食材を持てるだけ、僕の腕へと乗せてくる。


「あ、ぶ、武器は大丈夫です!」


「な、なんと……! さすが勇者様ッ! ここにあるなまくら剣じゃ、物足りないですと!」


 何故かそれを聞きつけて、辺り一斉が大はしゃぎする。


 そうは言っていない。駆け出し料理人は、フライパンしか装備出来ないのである。


 とは言えない。とは言えないよ……。


「おーい! 勇者様ー!!」


「あ、ゆうしゃさまだー! がんばえー!」


「帰ったら寄ってくだせえ! うちの野菜は美味しいですぜっ!」


「はは、ははは……」


 外に出て、少し歩くだけで畑作業をしているオジサンから、小っちゃい子まで、僕は皆の人気者になってしまっていた。僕は薄ら笑いで、駆け足になって歩く。その場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。


「ここが……、森か」


 地図をばっと、広げてみて確認した。目の前には柵。魔物除けのランタンが大木に刺さり、明かりを照らす。どうやらここが結界みたいだ。


 つまりは、一歩入れば死……ということ。


 僕の装備品はフライパン、ただ一つのみ。


「いやだなー、ははは……」


 小言を垂れてもしょうがない。いきなりグランドベアに勝てるわけ無いのだから、まずはレベルを上げないと。初戦闘はザコキャラでお願いします。どうか……。


「れお、こわいの?」


 柵を乗り越える、乗り越えない。足をぷるぷるさせながら地団駄を踏んでいると、彼女が僕を見上げる。


「君はここで待っていてね。この先は、大変危険だから。もしかしたら死ぬかもしれないし。死……、うぷっ……」


 ヤバい。ゲロ吐きそう。昨日から何も食ってないのに。


「わたし、どこにもいかない。れお、まもる!」


 両腕で自信満々にガッツポーズを決めた彼女。その顔を見て、少し心が落ち着いてきた。


「分かったよ。でも、本当に危ないから、後ろにいてね。いざとなったら逃げること。いいね?」


「うん!」


 彼女の元気の良い返事を聞いて、僕は柵を越えて飛び出した。一人だったら、この柵の前でずっと、こうしていたかな。まるで、彼女から元気を分けて貰えたみたいだ。

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