第8話 料理番、奴隷と契約する。

「そういえば、君の名前なんて言うの?」


「ぜんぶ」


 ハッ、ハッ、とまるで犬みたいに息を切らして、舌を出したまま、おねだりをする彼女。


 僕の声は、もはや聞こえてはいないみたいだ。尻尾をずっとブンブンと振り回していて、お預けが解放される瞬間をずっと待っている。そんなに美味しかったのかな? そりゃ、料理人冥利に尽きるんだけれども……。


「あ、あむあむ……」


「ほらほら、がっつかないがっつかない、まだまだいっぱいあるよ! ふふっ」


 まぁ、いいやコレで……。


「って、僕の分も食われてしまった……」


 なんという獣人の食欲! ワイルドボアって、結構腹に溜まると思うんだけどなぁ……。


 あんまり表立って言った事は無いけれど、自分が食べるより、他人が僕の料理を食べてくれて、幸せそうにしているのを見ていた方が僕は幸せだ。檻の中でまともにあったかいごはんを食べて無いんだから、そうなるよね。うんうん。


「それじゃ、改めて君の名前を教えてくれるかな?」


 出し汁だけを残し、見事完食せしめて見せたお皿にカラン、とお箸が乗って音を鳴らす。彼女は一息をふう、と付いて僕の肩に寄りかかってきた。このまま寝られても困るから、改めて僕は彼女に尋ねる。


「なまえ、ない」


「え?」


「なまえ、ないの」


「名前無いの?」


 名前が無い、ってどういう事なんだろう。奴隷だったのだから、ある程度の推測が立てられるとは思うけど、それにしても親とか普通いると思うんだけど……。


「どれい、でいい。みんなそうよぶ」


「奴隷……って」


「おにーさんは、なんてよぶの」


 お兄さん。年上だと思われてるのかな。見た感じは確かにこの子の方が若そうに見える。


「僕はレオ。レオ・カルロスだよ」


「れお。おにーさんの料理、とてもおいしい」


 彼女はぎゅっと、目をつぶって僕の腕を抱き締める。


 じゅう、と彼女の頬が触れた部分が、音を立てて虫を食ったかのように、輪っかの状態に穴を開けて、服の下から僕の肌が露出する。


「あぅ……」


 彼女は嗚咽を漏らして、僕から離れる。そういえば、触れられないって言ってたっけ。一体、どんな呪いなんだろう……。でも、彼女の優しさをちょっと感じた。


「おにーさんの、どれいになりたい。わたし、なんでもする。のろい、ちょっと調節できる。おにーさんが触れて、わたしになにしてもいい。おとなどうしがするようなやつ」


「ふぇっ、大人っ!?」


 びっくりして僕は、ベンチの上でのけぞった。


 改めて彼女の目を見ていると、うるうる……。と瞳孔が少し揺らいでいる気がする。そして、僕の顔にちょっとずつ近づいてきて、そのまま目を閉じて…………。


「ダメダメッ! 僕まだ15だからっ! 子供だからっ! 自分を大切にしてっ!」


 僕は彼女の肩を掴んで、遠ざけた。もちろん、そういう事に興味が無いわけじゃない。この子、とびきり可愛いし。料理一辺倒だったから、その……。まだキスだって、した事無いし。だってそういうのは好きな子とするもんだろ? ああ、そうさ。僕はヘタレさ。分かってるさ、そんなの! すまないねぇ、全視点の僕! 期待させるような事して!


 …………。我ながら、何を言っているんだろう。てか、顔アツッ!


「ふふっ、おにーさん。かわいい」


 両手で顔の温度を測った僕の顔を見て、彼女は優しく微笑んだ。……年下だよな?


「すき」


 彼女はぎゅっと、僕の腕をまた抱きしめて、肩に頭を預けて寄り添う。


 す……、すきって……、僕達まだ出会ったばかりなのに……。胸がドキドキバクバクする。僕の料理が好きって意味だよな? 獣人だもんね? 異種間で結婚って、できるの?


「それじゃ、本当に契約するって事で良いよね?」


「もち」


 僕はまだとても不安げなのだが、ダブルピースで応じる彼女。かなり元気になった様子。


 契約の儀式をいったん交わしてしまえば、この子はもう、他の人の奴隷になる事は出来ない。つまりは責任取って養え、と言う事だ。僕は明日の心配をしているのに……。


「汝。如何なるときも、身の危険があろうとも、主人を敬い、裏切る事無く、尽くす事をここに誓え。さすなれば、契約の口づけを……」


「ちかうます」


 僕が言いかけている間に、彼女はひざまづいて、僕の手の甲に向かって、キスをした。


 ぷぁーんっ。


 ファンファーレが鳴り響き、僕の手の甲に紫の紋章が現れる。契約があっという間に、成立してしまった。これで良かったのだろうか……。何もかもがなし崩し的なんだよなぁ。


「これでれおはわたしのもの」


 僕の腕に、ぎゅっと抱きついてきて笑う彼女。すっかりと関係がほだされてしまった。主従関係的に言えば、普通逆なんだよなぁ。


「雷の精霊さん、精霊さん。この一枚の紙に現在のステータスを書き起こしてくれるかい? 雷魔法、ライトニングライティングッ!」


 僕はペラペラの紙の束から一枚ちぎり、空中へと放り投げた。そして詠唱を放つ。


 一枚の紙は光を強く放ち、ビリビリと電気を通したように唸る。あっという間に文字が書き起こされていき、黒インクが印字されたかのように、僕達のステータスを表現した。


 【ライトニングライティング】雷魔法LV.1。紙にインクを使わず、書き起こす魔法。



 名前:レオ 種族:人間 性別:男 年齢:15

 職業:料理人  【LV.1】

 称号:【駆け出し料理人】※名声度が足りません。ランクアップまで残り5。

 名声:0 信頼:0 貢献:0 魅力:0 善悪:0

 HP:5 MP:5

 STR:1 DEX:1 INT:2 LUX:1

 装備:鉄のフライパン。

 スキル:【????】



 名前:??? 種族:獣人 性別:女 年齢:???

 ※鑑定スキルを上げる事により、一部解放されます。対象:体重、身長、スリーサイズ。

 職業:なし  【LV.1】

 HP:7(+???) MP:5(+???)

 STR:2(+???) DEX:1(+???) INT:1(+???) LUX:1(+???)

 装備:???の呪縛印。対象の??を??日までに死滅させる。呪鍵×(??-1)????????。

 スキル:【食事効果】~ワイルドボアの甘辛炒め~??を??させる。??の??を??。????????。



 見よ、この貧弱なステータスをっ!


 っていうのは冗談で、僕はモンスターを一度も倒した事が無いので、当然の如くレベルは1なのだ。だって痛いのは怖いんだもん。……ただ、気になる事が一つだけある。


 さっきはご飯中でちゃんと見る余裕は無かったけど、呪縛印の記述。恐らくは奴隷商が言っていた、触れられない呪いに関する欄なのだろう。


 正直、僕の料理に食事効果があったのは、初めて知ったんだけどね。でも、もしかしたら。もしかするかもしれない。推測に過ぎないけど、鑑定スキルを上げなければ……。


「ってか、明日からどうしよ……」


 肩に寄りかかって、すぴー、と眠る彼女の横顔を見て、僕はため息を付いた。


 ぐぅぅぅ……。


 腹が減って眠れそうにないや。


 とほほ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る