第5話 料理番、材料を買う。
「こっちきて!」
そう言って、彼女の手を引く。
「あ……」
手袋が軽くじゅっと鳴って、彼女は貰った手袋を気にしているようだった。
いいんだよ。そんな細かい事気にしないで。分かったよもう。こうなったら、たらふく食わせてやる。
「おー」
屋台の食べ物はどれも選り取り見取りで、大変美味しそうだった。少女は目をキラキラと輝かせては、色々な食べ物や漂ってくる匂いに対して、興味を惹かれているようだった。
僕は、袋を開けてまた小銭類を確認した。……今、手元にあるのはこの金貨2枚とわずかな小銀貨と銅貨がちょろっと。もう、それは分かりきっていた事だけど、あらためて見てしまうとこれは……。一食分にしかならない。
僕の腹の虫も、いい加減ぐーぐー、とうるさいし。ならば、ここは料理人らしく材料を買うほかあるまい……!
ええと……、この子がお腹いっぱいになれて、元気が付くようなもの。
獣人の子、ってどんなモノが好きかな?
人間と大して見た目は違わないし、食べれないものとか聞いたことない。
やっぱ、お肉とか好きかな?
「うーん……」
これは僕の悪い癖。メニューを構想している内に、つい色々な事を考え過ぎてしまう。
僕が唸っていると、頭に疑問符を『?』と立てているかのような不思議めいた顔で、僕の表情をうかがおうとする彼女の姿。小動物みたいで、ちょっと可愛い。
「えーい、ままよ!」
こうなったら、即決だ。安くて食べにくくなく、病弱の子でも美味しさを確かに感じられるような、暖かなもの。
……よし、今日の献立はこれにしよう!
「おじさん! ヒートボアの足、丸ごと一つ!」
「あいよっ! 金貨一枚なっ!」
「すいません、おねえさん! そのモチモチスライム一つ!」
「あら、一つでいいのかい? まいどあり」
……。食材は一通り、こんなものでいいだろう。後は極めつけに……。
「すみません、そのビッグトメトを一つ、お願いします!」
僕は彼女の腕を掴みながら、引っ張りまわし、夢中になって買い物をしていた。
いつの間にか、噴水のある広場まで戻ってきていたようだった。あんまりこういう所で火を使ったりするのは怒られると思うんだけど……。どうせこんな時間、誰も来やしないし、構うものか。
彼女をベンチに腰掛けさせて、僕は背負い鞄を下ろした。そして荷物の中をまさぐり、ボロボロのフライパンを取り出した。ちょっと汚いけど、お構いなし。こんな経験も、きっとありだろう。
僕は、洗浄液の入った小瓶を取り出して、きゅぽん。と開けた。
「水の精霊さん、精霊さん。このフライパンを綺麗にしてくれるかい? 泡魔法、バブルスプラッシュッ!」
渦を巻いて、小瓶から水流が勢い良く飛び出す。それは空中で丸い球体状へと変化して、細かい泡となって弾けた。僕は泡に手をかざし、円を描くようにフライパンの中を慣れた手つきでなぞっていく。
【バブルスプラッシュ】水魔法LV.1。水を細かく泡のように変化させ、操る。
小瓶の中にキュキュ実のタネを入れてあるから、あら不思議。汚れが綺麗に落ちるのだ。
魔法を扱うには、体内のマナを消費するため、ある程度の知識や心得が無いと使えない。
まぁ、だけどこれぐらいの簡易魔法であれば、一般の人でも使える人は多いんだけどね。
「よし、綺麗になった」
フライパンの円周をなぞった泡をくるん、と指で一つ回せば水流へと変化する。くるくると指を動かして、水流を小瓶の中へと戻したら蓋を閉める。とてもピカピカになった。
「おー」
横の少女は、僕が見せた魔法に驚いていたようだ。
よし、それならばもっと面白いもの、見せてやる。
「風の精霊さん、精霊さん。このトメトを潰して、小さく圧縮してくれるかい? 風魔法、ウインドプレスッ!」
パァン。とフライパンの中で、トメトが弾ける。風魔法の力で、圧縮した空気を思い切りぶつけたからだ。
【ウインドプレス】風魔法LV.1。風を纏めて固め、圧力の空気の板を作る。
「あっ、ご、ごめっ」
思ったより、圧縮した力が強かった。少女の顔にちょっとトメトの汁が飛び散っていく。
「んー、んまい」
彼女は、頬に飛び散った汁を舌でなぞって、ペロリと舐めた。そして、にこやかに笑みを浮かべる。
とても可愛らしい様だった。この笑顔をもっと見ていたい、そんな気分になってくる。
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