第6話 料理番、料理をする。

「危ないから、ちょっと離れててね。火の精霊さん、精霊さん。このフライパンを加熱してくれるかい? 火魔法、ファイヤートルネードッ!」


 僕はフライパンの下に手のひらを広げて、そこから炎の渦を真上に向かって放出する。回転しながらフライパンにぶち当たり、一瞬にして加熱させていく。実はこのファイヤートルネード、中級魔法でコントロールが凄い難しい。けれど、料理人必須スキルだから、僕はコレ、一番最初に修得した魔法なんだ。母さんには凄い才能だって褒められたっけ。


 【ファイヤートルネード】火魔法LV.3。炎の渦を手のひらから、発生させる。


 ぐつぐつ、と次第に煮えたぎってくるトメト。鼻孔をくすぐる良い香りが、次第に湯気と共に、湧き上がってくる。


「おー! おー!」


 僕の腕を掴んで、ぶんぶんと上下させる少女。とても興奮した様子だ。


「あぁっ、だめだめっ! まだできてないからっ! もうちょっとだからっ!」


「おー……」


 まるで子供をあやすみたいに、ちょっと怒って彼女から鍋を遠ざける。その途端、しょんぼりと獣耳が折りたたまれて、下をうつむく。もうちょっとだけ、待っていてくれよな。


「風の精霊さん、精霊さん。このワイルドボアの肉をスライスしてくれるかい? 風魔法、エアースラッシュッ!」


 僕は空中へと、大きなワイルドボアの足を投げた。透明で見えない風の刃がシュンシュン、と唸る。重厚な肉塊は骨ごと、あっという間に綺麗な12分割となって、そのままフライパンの中へと、ものの見事に落ちた。


 【エアースラッシュ】風魔法LV.2。風の鋭い刃を多数発生させ、操る。


 よし、上手くいったっ! 肉はOK。次は野菜類のスライスだ。


「風の精霊さん、精霊さん。えーと、今度はブルームキャベツ、オリーブオニオン、レッドホットキャロット。この野菜たちをスライスしてくれるかい? 風魔法、エアースラッシュッ!」


 僕は、袋に詰め込んでおいた食材を持てるだけ手で掴み、そのまま丸ごと宙へと投げて、空中でみじん切りにして見せた。次々と宙へ投げてはスライスされ、フライパンの中へと落ちてゆく。じゅわぁぁっと、音を立てては湯気と共に、腹減りを一気に加速させていく。


「おおー! おおおー! おおおおおー!」


 耳をぴょこぴょこ、尻尾をぶんぶん、とバタつかせては大はしゃぎの彼女。犬みたいにハッ、ハッ、と舌を出してよだれを垂らす。どうやら僕の合図を待ってくれているらしい。


 ブルームキャベツは、花の蜜みたいな味がして、それ単体でも食べられるような歯ごたえと栄養価の高さで、人気の野菜食材だ。オリーブオニオンは、油がたくさんしみ込んでいて、切り落とすと辛みを少し発するけど、加熱するとかなり美味しい。涙が出てくるぐらい刺激が強いのが難点だけど。レッドホットキャロットは、いわばスパイス。硬めの触感だけど、こいつを加熱させると辛さが一段階増して、とっても美味しくなる。人によっては辛みが苦手な人もいるけど、そこはやっぱり加減じゃないかなーと、思ったりする。


 おっと、料理人の悪い癖で考え事が長くなってしまった。


 ついつい、加熱し過ぎないようにしないと。どれも体にとっても良くて、美味しい食材なのは、間違いないんだ。


 僕はフライパンにかざしていた手のひらを、緩やかに引っ込めて、炎の勢いを止めた。


「最後に、こいつだ」


「水の精霊さん、精霊さん。このモチモチスライムを、水で膨らませてくれるかい? 水魔法、ウォーターブレスッ!」


 僕は、水の入った瓶をきゅぽんと開け、詠唱を唱えた。瓶から水流が勢い良く上に飛び出して、緩やかに空中で円を作って滞留する。その水の玉の中にモチモチスライムを入れると、たちまち膨張していくみたいに膨らんでいく。これは水を吸う性質を利用している。


【ウォーターブレス】水魔法LV.1。水の流れを操る。慣れれば空中に留める事も可能。


「風の精霊さん、精霊さん。このモチモチスライムを、細かく切ってくれるかい? 風魔法、エアースラッシュッ!」


 しゅんしゅん、と空中で唸り、見えない刃が水の玉の中を数回駆け巡る。水球が細かく分かれて、水を吸ったモチモチスライムもまた、綺麗に断面を見せて分割される。指先でちょん、と優しく触れた水の玉は、たちまち爆ぜて、そのままフライパンの中へと落ちていった。


 モチモチスライム。どちらかと言えば、食材で使うというより菓子の扱いを受けて、水で膨らませてから、そのまま食べるのが一般的。水を吸うと、糖度の高い甘味と柔らかな触感へと、変化する。料理で使うのは珍しいけど、僕はこいつをメインで使うのがとても好きだ。まぁ、それもこの後のお楽しみではあるんだけど……。


「よし、出来たッ!」

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