第4話 料理番、奴隷を逃がす。
「え?」
ポカーン、と呆けて驚きの表情を見せた少女。
うーん。確かにめっちゃ可愛い。よく見たら大きな獣人の耳と尻尾があるし、僕にそんな趣味無いんだけど、すごい健気でみずぼらしいのに、美少女だった。
「じゃあ、僕はもう行くからね。それと……、これ」
「なに……これ……」
少女は耳をぴょこぴょことさせながら、受け取った袋を見て、僕に聞き返す。
「ちょっとだけど、お金入ってる。握り締めちゃ駄目だよ? 中身は散らばるモノだからね」
「いら……ない……」
突き返そうとした少女の手を見て、僕はそそくさとその場を後にする事に決めた。
「お礼も、感謝の言葉もいらないから、受け取って! 少ないけど、大切にねっ!」
僕は元来た道を、駆け足で歩き始める。もうお金は無いけど、いいのさこれで。
「ま、ま……って……」
待たない。振り返らない。立ち止まらない。情が移っちゃったから、これ以上はもう。
「おねが……」
「え?」
僕の足をぎゅうと掴む、少女の手。這いずりながらも、駆け足の僕に追いついて、一生懸命懇願して、僕に伝えようとしていた。
「おかね……いらな……、ありが……とう……」
ニコっと、僕に金貨の入った袋を差し出して笑い掛ける姿。彼女に掛かっていた羽織りがはだけて、自分の裸体が晒されているのを気にも止めず、僕の事だけを考えていた。
「分かったよ……」
僕は諦めて、袋を受け取っては、上着を脱いで彼女に掛けた。
「あ……」
それと身に着けていたブーツと、手袋。黙って彼女は、僕に従うように着せられる。
「さっぶ……」
おおう。吹き抜ける風が、凍える冷たさだ。僕は、長袖一枚にズボン、裸足の状態で、両脇を抱えて震えた。
おっと、それと帽子……。
僕のあったか上着を深々と太ももの高さまで羽織れば、恐らく履いてないのはバレないだろう。それよか、ぶかぶかなブーツ、手袋をはめ、耳を覆い隠すほど大きな僕の帽子が、ちょこんと彼女の頭の上に乗る。
似合う。可愛い。ヤバい萌える。
いいじゃないか。人間みたいだ。これだったら絶対バレない。尻尾も見えてないし。
僕にそんな趣味は無いけど、これならば他の人間が助けようとするんじゃないか? なんとか生きていけるはずだ。
ぐぅぅぅ……。
彼女のお腹が大きく鳴った。やっぱりお金が必要じゃないか。
「いいかい? この道を真っ直ぐ行くと、大通りに出る。優しそうな人を見つけたら、『たすけて』って言うんだよ? 『おねがいたすけて』って。それとこれ、金貨2枚あるから、ポッケに入れて。一食分は食べられるから、絶対に無くさないで」
彼女の手袋に、2枚金貨を握り締めさせて、そのままポケットに手を突っ込ませた。
「それじゃ、今度こそ本当にさよならだ! またいつか会えたらいいね! 君の幸運を願ってるよっ!」
「あ……」
僕は走って小道を駆け抜けた。彼女の声が聞こえた気がしたけど、振り返らなかった。大通りには人が溢れていて、美味しそうな匂いが充満していた。僕は更に駆け抜けて、小さな果物屋の横まで行って、大きく息を整えた。
体を動かすのは苦手だったから、あまり走ってないのにたくさん呼吸がいる。横を見ると、店主が嫌そうにこちらを見ていて、申し訳なく思った。ここまでくれば、もう追ってはこれまい。獣人ならば匂いで追えるとも考えられるが、お腹減ってるみたいだったし、この食べ物が溢れている中で、僕を見つけ出すのは至難の業だろう。
「たすけて」
「へ?」
その声が聞こえて顔を上げた瞬間、僕のあげた手袋と金貨2枚がすぐ目の前に、現れた。
「おねがいたすけて」
「はぁ……、そうじゃないでしょ……」
僕は深くため息をついて、考えるのを諦めた。
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