第3話 料理番、奴隷を買う。

「おいおいっ! やめておけっつったろ! こちとらもう、そいつが死んだら足を洗うつもりなんだっ! 寿命はねぇし、まともに喋れねぇし、触れられねぇ。ゴミクズの売れ残りさぁっ! いくら珍しい獣人で、顔が良くったって誰も買わや……」


「コレで足りますか、僕の全財産です」


 僕はポッケの金貨が入った袋を取り出した。震える手で。柄にもなく。このような場所で。老人に向かって突き付けて見せた。


「マジか、コイツ……。ひぃふぅみぃ、……足りねぇな。全然足りねぇじゃねぇか。なんでぇ、これは」


「…………そうですか」


 僕は出した腕を引っ込めた。柄にもない事をした自分を少し恥じた。そりゃそうだ。そもそも料理人の安月給で奴隷なんか、買えるわけない。うつむいて僕は来た道を戻ろうと思って、振り返ったその時……。


「まって……。たす……けて……。おねが……します……。おねが……」


 かすれた声で僕を呼び止める少女。振り返ると、檻を強く握り締めてボロボロと涙を流し、立って懇願する様が目に映る。


「メスガキィ。その檻壊したら、どうなるか分かってんだろうなぁ……」


 じゅう。とまさかの金属が溶け出していく音がする。彼女の掴んだ鉄の棒が、赤く高熱を発していた。


「ひっ、ごめなさっ!」


 睨みつけた老人の鋭い眼光で、彼女はまた奥へと後ずさりした。


 僕は……。このまま来た道を戻っていいんだろうか。何不自由なく生きてこれて、今はこのザマだ。ボロボロと泣きわめく様は、僕だって一緒だ。


 そう思うと、途端に親近感が沸いた。そうだ。僕だって捨て猫みたいなものだ。

 一体、何のために料理人になったんだっけ。


「おかあさん! 僕、料理人になる! おかあさんが笑顔になったみたいに、たっくさんご飯を作って、泣いてる人をみんな笑顔にするんだっ! だからもう、泣かないで!」


 途端にフラッシュバックした。胸の奥に仕舞い込んでいた、亡き母との懐かしい思い出。


 そうだ、僕は。一体何のために。


 僕は焦りながら、肩に掛けていた袋を落とし、所持品を洗い出していた。ボロボロのフライパン……、洗浄液が入った魔法瓶……、これじゃない……。汚いタワシ……、これでもない……。あっ、あった……。


 ちゃら、と音を鳴らしそれを手に取った。黄金をふんだんに使ったネックレス。亡き母との思い出。蓋を開ければ、最先端の魔法写真で撮った母と僕との唯一無二の写真。絶対に捨てるべからず。そう思って一生懸命、これだけは大事にしてきた。これだけは……。


「これっ、これはどうですかっ!」


 思わず叫んでいた。自分の最も大切な形見を差し出して。一心不乱だった。


「おまっ、これいいのかっ? これならば、全然足りるが……。こんないつ死ぬかも分からん奴隷のために? 本当に物好きなこったぁ……。もうコレは俺のモンだからなっ!」


 僕の形見の品をいそいそとポッケに仕舞い込んで、驚愕しながら笑みを浮かべる老人。


 僕は決意していた。一体何のために、料理人になったのかを。それを思い出したから。


 母との思い出を失うのは辛いけど、路頭に迷っていた僕の気持ちを正してくれるような、そんな導きがあるような気がしていた。


「これで良しっと、へへへ。まいどありっ」


 老人は暗がりへと駆け出して行った。鍵を僕に手渡して……。


 カチャカチャと音を立てて、開錠した。


「ひっ」


 扉が開けば、恐怖して奥へと身を潜め、体をビクビクとさせる少女の姿。


「もう、いいんだよ。怖がらなくて。って……、言葉は分かるかな」


 僕は檻の中へと、顔を突っ込んだ。


 クサイ。確かにケモノだ。ずっとこの中にいたのかな。可哀想に。


「いやぁー、さわらないでっ! あぁーっ!」


 手を前に突き出して、距離を取ろうとする少女。


「ごめんね。ごめんね。すぐに終わるから」


 僕は彼女の手足に繋がっている鎖に手を伸ばし、カシャン、カシャンと二箇所を外してすぐに楽にしてあげた。残るは首元の鎖だけ……。こう見えても細かい手先は器用な方だ。


「よし、終わりっ! さぁ、どこへでも好きなところにお行き? 二度と捕まっちゃ駄目だよ」


 僕は仁王立ちして、清々しい笑顔を見せた。


 なんか、してやったりな気分だ。

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