第2話 料理番、路頭に迷う。
「うぅ……、どうしよう……。これからどうしよう……」
ヤバい。涙が溢れる。
この寒空の下、もう真っ暗な夜道を駆け足で僕は歩く。
他人から見れば絶対変なヤツ。挙動不審でブツブツと、小言で泣きわめくただの少年だ。
もう遅いし、明日から紹介所へ行って仕事を探さなきゃ。
果たして僕を雇ってくれるところは、あるのだろうか?
とても不安だ。僕は、ポケットの中の小包を取り出して、結んだ紐を緩め、封を開けて中の小銭を数えていく。金貨2枚、小銀貨14枚、銅貨21枚…………、か。
少ないな。伝説のギルドの癖して安月給で、党首はチャラチャラとした金色のアクセサリーを身に着けているわりに、ケチケチしていて、オマケに僕の名前を呼んだ事も無く、てめえ扱いだ。
伝説のギルドに憧れがあったから、耐える事も出来たけど、今じゃこの有様。
そんなこんなで、僕は路頭に迷っていた。行く当ても無く。ただダラダラと。
見慣れない坂道を下りきった時、大通りに面した噴水がある広場にたどり着いた。
ライトアップされた街中では、遅い時間にも関わらず、出店が多く立ち並んでは、とても美味しそうな匂いが鼻孔を強烈にくすぐってくる。
ぐぅぅぅ……。
「お腹が減ってきたな……」
これはヤバい。ちゃんと食事を取っていなかったのがいけなかったのか、それとも料理人としての魂が揺さぶられているのか分からないけど、一つ一つ買って、食べて確かめてみたい欲求に駆られる。
ダメだ。ダメダメ! 節約しなきゃっ!
僕は慌てて、大通りから外れるように民家の小道へと逃げ込んだ。
なんかここ。狭くて薄暗いけど、床道の両脇に小さく淡い紫色のクリスタルライトが照らしていて、地味に歩きやすく、妖艶というか妙に変な違和感のようなものを感じさせる。
ジャラッ。
「ん?」
ジャララッ。
「誰かそこにいるの?」
金属が擦り切れるような音が聞こえて、僕は思わず立ち止まった。
急に襲われるのではないかと、ビクビクしながら声を発している。……が、返事が無い。
怖いな……。えっと、包丁包丁……。
「あっ、一式全部置いてきたんだったぁー!」
僕は思わず頭を抱えて、声を張り上げてしまっていた。
「ひっ」
暗闇の中で小さく聞こえた、甲高い声。
「えっと……、そこに誰かいるの?」
声の感じからして、こちらの音に恐怖している様子が伝わってきたので、僕は優しく声を返していた。
「こ、こないで……」
こないで、と言われて待ちぼうけを食らう事が出来る人が、果たしてどれだけいるのだろうか。まぁ、そんな些細な事は頭の片隅にでも置いておいて、声の正体を知るべく、僕は近づいていった。
奴隷か。
思わず声を失ってしまった。そっか、そういう事だったのか。
人間が入るのには狭すぎるほどに、小さい金属製の檻。その中にはまだとても幼いような少女の見た目の姿があった。両手両足を太い鎖で縛られていて、どうやらこの音に僕は恐怖していたらしい。
嘘だろ? こんな寒いのに、羽織り一枚だなんて。それに、ガリガリに痩せこけた肌色の太ももや足先が露出している。これじゃ、下着を履いているのかすら、正直分からない。
マジで声が出せなくなる驚愕さを痛感していた。この世界では当然闇の世界があって、そしてそれはすぐ身近なところに存在していたはずだったけど、僕は生まれてこのかた何不自由なく生きてこれたから、想像の片隅にも存在していなかったんだ。
「こ、こないでって、言ったのに……」
逃げ場も何も無いのに、檻の一番後ろへと後ずさりする少女。とても警戒している様子が見て取れた。這った彼女の後ろからふさふさの茶色い尻尾が見えて……。ん、尻尾……?
「そいつは獣人だよ、ぼっちゃん」
「うわぁっ!」
居たのか、そこに。
僕は真後ろに大きく倒れ込んで、ブリッジの状態で着地をした。
とてもびっくりした。そこには、ボロボロの服装に、大きなハットを目元すら見えなくさせるほど深くかぶった、ご老人の姿。手には大きな酒瓶を持って、壁側にもたれかけている。
「獣人たぁ、物好きなこったな。珍しいが、コイツは良い声で泣くぜ?」
やはり、クソ野郎だったか。この手の商売に身を染めてる時点で、想像は難くないけど、どうやら僕を顧客か何かだと、勘違いしているらしい。
「い、いや……。出してっ! 出して出してっ! いやぁーっ!」
急に大声で泣きわめきだす少女。懇願しているというより、抵抗しているという感じだ。
「オラッ、黙れッ! メスガキがっ!」
「うぅ……」
老人は檻を強く蹴り飛ばし、大人しくなった少女の顔を見てはニヤつく。
下衆だ……。
僕は今すぐにでも、ここを立ち去りたい気持ちでいっぱいだった。
同じ穴のむじなだと思われたくない、顧客だとも思われたくない、こんな風景二度と見たくない。
「おう、坊ちゃんよ。コイツは顔が良いが、触れられねぇんだ。売りもんじゃねぇ。大層強い呪いの魔法が掛けられちまって、残りの寿命もねぇ。コイツをしばこうとしたムチも、この通り腐っちまった。売りもんの価値がもう、ねぇってんだ。へへへ」
ケラケラと笑いながら、饒舌に語る老人。もう片方の手には、確かに腐ったムチのようなものを僕へ見せつけていて、きゅぽん。と酒瓶の蓋を開けてはぐびぐびと飲んでいく。
僕は顧客でも無いのに、聞き入っていた。この道を今すぐ引き返したい気持ちなはずなんだけど、興味の方が先に沸いてしまったんだろうか。あぁ、そうか。僕も下衆なんだな。
「触れられないって、どういう事ですか?」
「コイツが触れたもんは生き物だろうが、物だろうが、腐らせるってぇ事だ。ちなみにこの檻はもう、7個目。次、逃げようとしたり、檻や鎖を朽ちさせたら、殺すと脅してあるぜ。まぁ、明日には殺処分だがな。そいつはやめておけ。でもまぁ、商品ソレしかねぇんだけどなぁっ!」
老人はまた笑いながら、檻を蹴り飛ばす。
「ひっ、うぅ……」
ぽろぽろと涙をこぼして、うずくまって泣く少女。
僕はそれを見て、今まで経験した事の無いような、強烈な怒りの感情を心底感じていた。
「オヤジ……。その子いくらですか……」
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