伝説ギルドの料理番
メカジキサトシ
第1話 料理番、クビになる。
「おい、料理番。てめぇはクビだ」
歴戦の猛者共が集う大広間で、一人の男が発した声が響き渡った。
「え?」
一瞬、意味が分からず僕はきょとんとした表情で聞き返す。
「クビだ。クビクビ。さっさと出て行け」
ガヤガヤと楽しく振舞っていた周りの連中がそれを聞きつけるや否や、ぎょっとした顔を浮かべる。
シーン、と静まり返っていく場の空気にイラ立つかのように、男は舌打ちをした。
「チッ、聞こえなかったか? 今すぐ荷物を纏めて、ギルド【黄金血族】から立ち去れってんだ。あ、料理道具は必要だから置いていきやがれ」
「なぜ、でしょうか。理由を聞いてもよろしいでしょうか……」
机の上に小汚く組んだ足を乗せた男に、僕はおどおどとしながら聞き返していく。
僕はここの料理番だ。
この美しく輝く黄金色の甲冑と、イヤリングと兜。赤いマントを羽織った威風堂々とした様。ギルドの顔、と言うのなら相応しい様な美麗な顔つきと、恵まれた体格。天性の剣の使い手にして、伝説とまで称されるギルド【黄金血族】の長である彼には、たった一つだけの短所があった。
「説明は不要だ。消えろ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。ラインハルトさんっ! それはあんまりでしょうに!」
「そそ、そうです! 一体彼が何をしたというのですかっ? とりあえず理由だけでも言ってあげてください!」
周りの奴等がギルド長、ラインハルトをなだめる様に駆け寄ってくる。
僕はダンジョンを見事攻略し、意気揚々として帰還した誇り高き戦士達に、労いをするつもりで目一杯の晩餐会を開いたつもりだった。
下を向いて、元気を無くした様に帰ってきた傷だらけの戦士達も、大きな鎧や盾、ロングソードをごとり、と落とした後は、目の前のご馳走に目を輝かせては、明るく元気に活気を取り戻していくのを見るのが唯一の楽しみであり、僕は彼らが満足に食事をしてもらって、また頑張って貰えば良いと。それだけを思っていたのに……。
「はぁ。我がギルドは一番だ。それは今までもこれからも、揺ぎ無い。これからの攻略戦に向けて人を増やしたいと思っているのに、なんだこの料理の数は? どれだけ金が掛かっていると思っている? それとてめえ如きにくれてやる給料が口惜しい」
一つ、ため息を付いたラインハルトは、僕を指差して捲し立てた。
「財政難では無い。無いが、俺様はてめえが気に食わねえ。ギルドでは俺様より目立つなって、前に忠告しただろうが、ボケ」
「そ、そんな……」
僕はエプロンの袖を握り締めて、俯いた。
「てめえみたいな若造が、そもそも料理番なんて面してんじゃねえ。偉いのはこの、お・れ・さ・ま・だっ! 分かったら、さっさと出て行きやがれ」
「おいっ! てめえらっ! 何じろじろ見てやがるっ! さっさと飯にありつきやがれっ!」
いきなり怒号を飛ばされて、慌てふためくように戦士達は、食事に一目散へとありつく。
ひたすら無言で。美味しいとも、笑顔をも見せず、まるで仕事のように。
あぁ……。僕はそんな顔させたくて作ったんじゃないのに。年季の入った珍しいワインボトルだって用意したのに…………。
「うぅ……。ぐすぅ……」
ぼろぼろと涙がこぼれ落ちてくる。何のために僕は料理を作っていたんだろう。
「チッ、殺すぞガキ」
「お、お待ちくださいっ! すぐに追い出しますからっ!」
僕が涙でぼんやりと滲んだ世界で覚えていたのは、ここまでだ。
脇差しの剣を抜こうとした彼をなだめる連中と、僕の背を軽く押す優しい手。
「この軟弱者めっ!」
後ろから聞こえた強い声に、僕はビクリとした。
「気にするなよ、若いの。君はこんなところに居ちゃいけない。いつも美味しい料理をありがとうな」
僕を外へと連れ出し、戸を閉めようとしたご老人の声が聞こえて、振り返った。
「あ、あのっ。こちらこそ、ありがとうございましたっ」
急いでお辞儀をして、感謝をする。
「ワシはもうジジイだが、お前さんの行く末を祈っとる。達者でな、レオ」
僕は戸が閉まりきるまで、深く深く頭を下げた。
短い間だけど、お世話になったギルドへ。ただの料理人の名前を覚えてくれたご老人へ。
僕の名前はレオ・カルロス。
最高峰のギルド、【黄金血族】に憧れを抱き、その門徒を叩いた。ギルドマスターのラインハルト・ディカプリオは、誰もが尊敬の念を抱く有名人であったが、性格がたいそう悪く、入ってから内情を知り、辞めていく者も多い。
まだ15の僕を拾ってくれた、ギルドメンバーには感謝しかない。支えになりたかったけど、僕じゃまだ力不足だったみたいだ。
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