第7話 異世界に転移者を送る係の女神が地球の神様に詰められてるんだけど、なにか質問ある?
そこは『
異世界ではないが、かといって地球上に存在しているわけでもない。
どこにも所属しない無の空間が広がっているのみの場所だ。
その狭間に、一つだけ宮殿が浮かんでいた。
この『
「契約を破棄したい」
宮殿内の一室で、老人が女神に告げた。
床に届くほど長く伸びた白髪と
古代ローマ人の着ていたトーガのような衣服。
年齢をうかがえないほど高齢に見えるが、凄まじい威厳を備えた人物である。
並の人間なら、眼前に立っただけで、自然とひざまずいてしまうだろう。
「それはなぜでしょう?」
女神が彼に尋ねる。
「たしかに、貴殿とは今まで良好な関係を続けてきた。しかし、ここにきて問題が発生したからだ」
老人は、ばさり、と卓上に数枚の資料を広げた。
「これを見てもらえばわかる通り、異世界から戻ってきた人間が問題を起こす割合が、最近急速に増加している」
女神は卓上の紙に目を走らせる。
彼の言う通り、異世界返りの犯罪率やニート率、さらには自殺者の増減を示す曲線が、極端なカーブを描いていて上昇していた。
「貴殿はわしの世界から日本人を借りて、異世界に送る。その対価として、もし地球に危機が迫った際は、異世界側の人材をこちらに送り込んでくれる。わしの記憶に違いがなければ、そういう契約だったな?」
「はい」
老人は地球における神と呼ばれる存在だった。
日本人には勇者の資質を持つものが多い。
なので、彼女は地球の神と取引をして、
もちろん、相手側にもメリットがないと契約が成立しないので、もし今後地球に未知の危険生物が発生したり、科学技術が暴走したり、または外宇宙からの侵略があったりした場合、それに対応できる人材をあまたの異世界から探し出して、逆に送り込むという約束を交わしたのだ。
「しかし、肝心の異世界帰りの子供たちに、こうも問題が起こるようではな…」
「ご懸念はごもっともです」
神の苦言に、女神は素直に
「トラブルが発生する方々に共通点などはございますでしょうか?」
「何人かに会って直に話を聞いたが、だいたいみな同じ趣旨のことを言っていたな。『現代日本では生き甲斐が見つからない』と」
「なるほど……」
女神の脳裏に先日行動を共にした、ある青年の姿がよぎる。
「状況は理解致しました。しかし、契約破棄は少々お待ち願えないでしょうか」
女神は椅子の上で居住まいを正すと、神にそう訴えかけた。
「実は、現在わたくしの方で、ある計画を進行中なのです」
「ふむ、計画とな?」
「はい。とある生き甲斐を喪失した元勇者の青年に、こちらの世界で生きるための希望を見出してもらうプロジェクトです。わたくしは、
「ほう?」
「全能なる地球神におかれましては、一つ寛大な御心で計画の行く末を見届けていただけたらと存じます。そののち、しかるべき処断を下していただけましたら、この上なき喜びです」
神は、しばし黙考したのち、改まった声音で告げた。
「あいわかった。貴殿の言うとおりにしよう」
「ありがとうございます」
女神は頭を垂れたまま、ようやく安堵の表情を浮かべる。
もちろん、胸中に不安を抱いたままであったが。
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「――という次第ですので、さっそく次の計画に移りましょう」
場所は変わって、都内の一戸建てにある
最前の神とのやり取りを伝え終えた女神は、さっそく当人である件の青年にそう提案した。
「次、ですか」
「ええ。前回と同じことをしても、前回と同じ結果になってしまうのは、目に見えていますから」
それを聞いた剣一郎が心なしうなだれる。
先日の街コンにおける
「いえ、あれはあなたが悪かったわけではございませんのよ」
女神は慌てて言った。
「そもそも、『この世界では恋人や
「はあ……」
「まず、あなたに合っているかどうか。これを念頭において計画を練るべきでしたわ」
彼が必要以上にへこまないように口にした言葉だったが、言いえて妙だと女神は思った。
この壊滅的なまでに異世界ボケしてしまっている青年に、対人関係の構築――それも最もハードルが高い異性との特別な関係の構築などという難題を、いきなりこなせるわけがなかったのだ。
もっと彼の現状に即した、地道な目標にすべきだった。
「ということで、次のプランを一緒に考えましょう」
「わかりました」
剣一郎は素直に頷く。
「まずあなたの得意なことを教えていただけますか?」
女神が尋ねた。
「得意なことですか?」
「はい。人が生き甲斐を感じるのは、自分がある程度結果を出せる物事――つまり得意分野を行っている時が多いので」
「たしかに」
剣一郎は顎に手を当てて、しばし黙考した。
「一番結果を出したのは、モンスター討伐ですかね? クエスト達成率一位だったし」
「はい却下」
言下に女神が告げる。
「モンスターなどという存在は、この世界には実在しませんから」
ううむ、と剣一郎は唸る。
「では、猛獣狩りはどうでしょう?」
「猛獣?」
「はい。ヒグマやライオンの生息する地域に行って、片っ端から狩って回るんです。もちろん死体から皮や牙などの素材を剥いで、買い取り業者に売ることも忘れずに。現実では、これが一番討伐クエストに近いかな、と」
「…………」
それ色々な意味で絶対捕まるし、そもそもそんなことを生き甲斐にするぐらいなら、自宅に引きこもっていた方が百倍マシでしょう――という言葉をかろうじて飲み込む女神。
「他にはなにかありませんか? たとえば、周りの人から『あなたのここが凄い』と褒められる点などは?」
剣一郎は腕を組んで虚空を睨む。
しばし間を空けたのち、ゆっくり口を開いた。
「そういえば、武器や防具のチョイスがいいとは、ちょくちょく言われていましたね。状況に即した装備選択ができている、と」
「それは素晴らしいことですが、この現代日本において装備選択という技術が活かせるかどうかとなると……」
女神は、そこで言葉を切った。
「……いえ、否定してばかりではなにも始まらないですね。とりあえず、なにかできないか考えてみましょう」
二人は再び頭をひねり始める。
「相手の能力値を見て、おすすめ装備を
やがて剣一郎がぽつりと告げた。
女神は頭をフル回転させる。
現代日本で装備が欲しい状況……
「防犯グッズを選んであげるというのは、いかがでしょう?」
痴漢や暴漢対策に、催涙スプレーや警棒的な物を勧めるのなら、ギリギリいけそうな気がする。
「盗賊団や野盗たちの襲撃に備えた装備ってことですね」
「盗賊団はともかく野盗とか今の日本にはいないでしょう………とにかく、人の命を奪うような装備はNGで」
「刀は勧められないってことか……。それなら毒を塗った
異世界脳全開の発言に、女神は内心頭を抱える。
うかつにこの青年を行動させたら、『元勇者が銃刀法違反で逮捕』などという類の記事が朝刊を賑わせることになるのは明白だ。
半ば諦めかけた女神は、そのとき、ふとあることに思い当たった。
――武器はたしかに駄目だ。
しかし、防具なら?
自らの閃きをしばし
「剣一郎さん、次はアパレルショップにしましょう」
目を瞬かせる剣一郎。
かくして、彼は大学構内に『異世界アパレル同好会』なる怪しげなサークルを立ち上げることになってしまったのだが、果たして大丈夫なのやら……
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