第6話 異世界返りの元勇者がオタ芸するけど、なにか質問ある?
街コンに来た3人の女の子も2人がドロップアウトし、残すところあと1名。
開始からわずか15分足らずでこんな状況を作り上げた
女性に嫌われる能力に特化した傑物だが。
「さあさあ、みなさん! せっかくの街コンですよ! 気を取り直してエンジョイしましょう」
女神は、手をパンパン叩いて、気まずい雰囲気に包まれた部屋に、強いて明るい声を響かせた。
もはや半分やけくそである。
「どなたか一曲歌ってくださいませんか?」
マイクを手に取り、一同に呼びかける。
そもそも彼女がカラオケルームという会場を選んだのは、『コミュニケーション能力に自信のない男子でも歌を通じれば女の子と仲良くなりやすい』という知見をネットの記事から得たためである。
異次元レベルのコミュニケーション能力の持ち主である剣一郎にその戦略が適用できるのかはわからないが、とにかく当初の狙い通りいこうと考えた次第だ。
しかし、当然ながら誰も手を上げようとしない。
やむを得ず、女神は、押し付けるように一人残った女子にマイクを手渡した。
「はい、お願いしますっ♪」
そう言いつつ、カラオケ端末を操作して、流行の曲を予約する。
前奏が流れ始めた。
幸いヒルみんと名乗ったその女子は、ためらいつつも女神の意図を組んで、歌う姿勢に入ってくれた。
曲が流れ始めた。
普段からスポーツをしているというヒルみんの歌声は、躍動感にあふれており、男性陣から感嘆の声が上がる。
女神はちらりと剣一郎の様子を確認した。
彼も他の男子と同じく彼女の歌唱力に引き込まれているようで、一心に聞き入っている。
ほっとした彼女だったが、その時ふと彼の手になにかが握られていることに気付いた。
光を放つ二本の棒。
某大河的SF映画に登場する、ジェ○イの武器にそっくりなそれは、街コン会場に向かう前に剣一郎が見せた、ペンライトとかいう代物だった。
そこはかとなく嫌な予感をおぼえる女神。
それに呼応したように、剣一郎がゆっくり立ち上がる。
曲は、うっせえわ的な台詞を連呼するサビの部分にさしかかっていた。
剣一郎の持つペンライトがメロディに合わせてゆっくり振られた。
初めはテンポを探るように。
それから徐々にスピードを乗せ、うねるように変じていく。
上下左右、
時に円を描き、またある瞬間は見えざるものを断ち切るような動きで、二本の棒は華麗に光の軌跡を宙に紡いでゆく。
「剣舞……」
女神の口からその言葉が漏れる。
異世界でカンストまでいった剣士のみが実現できる、それは一つの完成された美だった。
曲が終わった。
女神や男子たちはもちろん、マイクを握っていたヒルみんさえもいつの間にか歌うことを忘れて、彼の動きに魅入っていた。
はっと我に返った女神が慌てて拍手する。
「いや~、凄かったですねえー」
彼女の言葉に、他の参加者たちも手を叩き始めた。
けして人数が多いとは言えないカラオケルーム内に、
「いや~、たまげたよ」
「人間って、あんなに綺麗な動きができるんだなあ」
「俺、感動しちゃったよ。今のが見られただけで、この街コンに来てよかった」
口々に賞賛する男子たちに、剣一郎はどうも、と短くこたえる。
リアクションが薄いところからすると、当人は大したことをしたという自覚がないのかもしれない。
「あー、ケンくん。その、良かったら、LI○Eを教えてくれなぁい?」
ヒルみんが短い髪を片手ですきつつ、さらりと言った。
やりましたわ、と女神は心の中でガッツポーズをする。
どうなることかと思ったが、とりあえずこの街コンにおける最低限の成果は上げることができたらしい。
二人が無事ID交換したのを見届けると、女神は今度は作り物ではない明るい口調で告げる。
「はいっ、じゃあもう一曲行きましょう♪」
お開きにする前に、ここでさらに彼の良所を印象付けて帰ってもらう算段だった。
ダメ押しというやつである。
女神は再び流行歌をチョイスし、端末から予約を入れた。
ただし、一曲ではなく二曲。
念には念を入れて、ダメ押しのさらにダメ押しである。
前奏が流れ始めると、今度はヒルみんが自らマイクを取り、歌う準備をした。
男性陣も手拍子を入れる。
曲が始まった。
前回同様、剣一郎はメロディを計るように、ゆっくりペンライトを振り始める。
ヒルみんも力強い声で歌い始めた。
いい感じね、と女神はそっと微笑を浮かべる。
その微笑みが数秒後には凍り付くことも知らずに。
ふいに剣一郎の目がぎらりと光った。
「ユニークスキル『二刀独立』」
ぼそりと告げる声が、ヒルみんの歌声の合間に届く。
途端に、彼の動きが変化した。
右腕のペンライトは曲に合わせて宙にゆったり弧を描く。
対して、左腕はまったく異なるリズムで、メトロノームのようにペンライトを左右に刻み始めた。
説明しよう。
ユニークスキル『二刀独立』とは、剣一郎が異世界で会得した彼の固有スキルである。
その能力は、「両手に持った武器をそれぞれ完全に独立させて動かすことができる」というものだ。
意識を二分割させ、それぞれに右腕と左腕を担当させる。
これにより、高度な剣の操作を保ちつつ、左右の攻撃タイミングを自在にずらすことを可能にしているのである。
異世界において剣一郎の地位をソードマスターまで至らせた、最強のスキルだ。
とにかくすごい。
すごいのであるが。
「なんか異様じゃね………?」
参加者の男子が小声で漏らした。
ペンライトを振る剣一郎の動きは、先程と同じく完全に曲とマッチしている。
だが、人間の両腕がそれぞれがまったく異なる動きとタイミングで完璧なリズムを刻んでいる様は、傍から見ると極めて異様に映った。
端的にいうと、キモかった。
本日、何度目かわからないドン引きする空気がカラオケルーム内に満ちてゆく。
――剣一郎さん、ストップ。ストップですわ
女神はそう心の中で叫ぶが、当の本人はペンライトを操る方に集中しているのか、まったく彼女の様子に気付かない。
曲が終わった。
あたかも一心不乱に指揮棒を繰るマエストロのごとく、両腕を振っていた剣一郎も、ようやくその動きを止める。
今度は誰も拍手をせず、無言で彼を見つめた。
剣一郎の首が女神の方を向いた。
さすがの彼も場の異様な空気を察したのだろうと思った女神は、剣一郎の顔にそこはかとなくドヤった表情が浮かんでいることに気付いた。
こくりと、なにかを確信したような頷きを送ってくる。
――あ、これは駄目ですわ
二曲目の前奏が流れ始める。
「神速モード3倍」
剣一郎の口がそう告げた。
そして、先程の人間が生理的嫌悪感を催す動きが、三倍速で
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「うっせえ、うっせえ、うっせえYО~」
最後まで露も乱さぬ動きで二本の棒を振り続けた剣一郎が、ぴたりと動きを止めた。
ゆっくりとペンライトを下ろし、すがすがしい眼差しでカラオケルーム内を見渡す。
そこに参加者の姿はなかった。
「あれ? みなさんトイレですかね?」
彼が
「全員帰りましたよ」
女神が淡白な表情で告げる。
いったいなぜ、と呟きながら、慌ててスマホを操作する剣一郎を眺めつつ、女神は妙に落ち着いた気分で思った。
おそらく、先程交換したLI○Eにお礼のメッセージでも送っているのだろうが、絶対彼女はブロックしているだろう。
絶対に。
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翌日。
剣一郎が自室でスマホを眺めていると、ふいに部屋の扉がバタンと開いた。
「おにいちゃん! 昨日の街コンはどうだった!?
そう叫びつつ、剣一郎の方を見た灯里は、すぐに言葉を切った。
兄の様子がおかしかった。
こちらの呼びかけが聞こえなかったかのように、諦観の漂う顔でスマホを眺め続けている。
「……おにいちゃん?」
再度よびかけると、彼はようやく頭を上げて、彼女を見た。
「ああ、お前か。どうしたんだ?」
「いや、その…………昨日はどんな感じだったのかなあって……」
なんとなく結果を察したのか、聞きづらそうに尋ねる灯里。
剣一郎はふーっと、ため息を吐き、目で卓上のスマホを示した。
灯里はそちらに近付き、液晶画面を覗き込む。
動画が再生されていた。
某有名動画投稿サイトにアップロードされたもののようだ。
そこには、人間が生理的嫌悪感を催すような所作でペンライトを振る青年の姿が映し出されていた。
『キッモwwwwwwwwwwwwwwww』
『こいつ、真剣な顔でこれやってるのキツ過ぎだろ』
『その場にいたら、食った物をぶちまけてた自信がある』
そんなコメントが画面を埋め尽くすように左から右に流れている。
動画のタイトルは『男を捕まえに街コンにいったら、予想外の化け物と出くわした件について』。
再生数はすでに10万を超えており、今もぐるぐる回り続けている様子だった。
「お、おにいちゃん………………その、気にしない方がいいよ」
「そうか?」
「ほ、ほら、今度からは、勝負ぱんつは顔に被っとこ? そうすれば、万一撮られても顔バレしないで済むから」
「そうだな」
妹の言葉に死んだ目で返す剣一郎。
「そうだ灯里」
ふいに彼はサイドテーブルに手を伸ばし、皮ベルトを手に取った。
自らの首に巻き付けると、ベルトの端を灯里の方に向ける。
「な、なに?」
剣一郎は穏やかな笑みを浮かべて言った。
「おまえ昨日、パートナーがどうとか言ってただろ? ちょうどいいから、灯里が俺のパートナーをやってくれよ。ほら、このベルトを思い切り引っ張るんだ。俺が昇天するまで絶対に手を緩めちゃだめだぞ?」
「おにいちゃんっ!?」
今回は失敗に終わったが、異世界帰還者リア充計画はまだ始まったばかり。
めげずに頑張れ、
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