第4話 異世界返りの元勇者がゲームのアドバイスをするけど、なにか質問ある?

 街コンも、最初の15分ほどは、本当に平和に進んだ。

 剣一郎けんいちろうが聞き役に徹し、女の子たちの話にほぼ相槌を打つだけだったからだ。


 異変が起こったのは、ミカと名乗る女の子が次のような話題を振った時である。


「そういえば私、最近モソハソライズっていうゲームにハマってるんです」


 彼女はそう言いながら、スマホの画面を一同に向けて見せた。

 ゲームの実況動画が再生されている。

 そこでは、鎧や武器を身に付けた複数のキャラクターが巨大な竜と戦っていた。


「おお! これちょっと前にDLCで追加されたモンスターっすね!」


 女神を取り巻いていた男子の一人が声を上げる。


「この武器すげえな。もしかして、かなりやりこんでね?」


 別の男子も言う。


「これを作るための素材集めマラソンにはかなり苦労しましたね。トータルプレイ時間はだいたい700時間ぐらいかな?」


 おおーっ、とおそらくそのゲームの経験者であろう男子二人から感嘆の声が上がる。


「まだまだ立ち回りが下手なんですけど――」


 ここでミカは剣一郎の方に目を流した。


「九重さんは異世界返りの方でしたよね? どうですか、異世界で戦った経験上、なにか戦闘のアドバイスとかあります?」


 それは話すきっかけを作るための軽い振りだったのだろう。

 しかし、結果的には、開いてはいけないパンドラの箱を開くことになってしまった。


 ――カチリ


 地雷のスイッチが入る音が、女神の耳に届いた。


「失礼」


 剣一郎はそう告げると、画面に顔を近づけて、それまでとは打って変わった真剣な眼差しで動画を見始めた。

 食い入るように眺める。

 その瞳には、昭和の野球漫画のような炎が宿っていた。

 なにか異様なものを感じたのか、ミカがスマホを持つ手を無意識に引っ込めようとしたが、剣一郎はその手をガシッとつかんで、宙に固定する。


「だめだな……」


 ぼそり、と告げる剣一郎。


「全然なってない」


 炯々けいけいと光る両眼を、ミカへと向ける。


「もう戦うのをやめるんだ。さもないと死ぬことになる」


 とんでもないアドバイスを投げつけた。


 ぽかーんと口を開く一同に、彼は滔々とうとうと解説を始めた。


「まずこの竜との距離感からいこう。パーティのほとんどの面子が竜の足元あたりで戦っているが、ここは即死ゾーンだ。これほどの巨体が相手だと、どんなに装備を固めても軽く触れられるだけであの世行きになる」


 彼は人差し指で、戦闘場所からだいぶ離れた小高い岩山を示す。

 次いで、竜の後方にある、同じく小高い丘を、トントンと指した。


「二手に分かれて、このあたりまで下がる。そして、飛び道具で攻撃だ。ただし、ダメージを与えるためじゃない。竜の気を引くのが目的だ」


 剣一郎は両手の人差し指で、互い違いの半円を描くように画面をなぞった。


「岩山と丘を起点に、二部隊で竜を牽制し続ける。激怒した竜が突進してきたら、こんな感じにお互い逆方向に回りながら、移動だ。敵は的を絞れずに無駄に動き回ることとなる。これを竜の体力が尽きるまで延々繰り返す」


 彼は顎に手を当てて、少し考える素振りを見せた。


「まあ72時間ぐらいかな?」


 カラオケルームとは思えないような静寂が下りた。

 それから、おずおずと男子の一人が手を上げる。


「ええと、それってつまり72時間戦い続けるってこと?」

「その通り」

「ぶっとおしの徹夜で?」

「むろん」


 当然のようにそう告げる剣一郎に、男子は頓狂とんきょうな声を上げる。


「いやいや、待ってよ。体力続かないっしょ!?」

「そうですね。中には力尽きて竜に捕まり、殺される者も出てきます。しかし、それは仕方ない。強敵を倒すためのやむを得ない犠牲です」


 剣一郎は、やおらミカに向き直ると、強い意志のこもった顔で尋ねる。


「俺のパーティは、常にその覚悟を決めて強敵との戦いに挑んでいました。あなたのパーティはどうです?」


 ――たかがゲームでそんな覚悟してる奴がいるわけねえだろ


 彼を除く場の全員がそう思っただろうが、本人はいたって真剣である。

 剣一郎の眼圧にさらされたミカの口から、「ふぇ…」という言葉にならない声が漏れた。


「わかりました」


 こくりと頷く剣一郎。

 間違いなくなんの意思の疎通もできていなかったが、彼は納得した様子で、表情を和らげた。


「この話はここまでにして、次にいきましょう」


 まだ続くのかよ!? という一同の心の叫びも虚しく、剣一郎はスマホに注意を促す。


「これ、人が上げた煙ですよね」


 彼が示したのは、画面の端の方に映る一筋の黒い線だった。

 たしかに煙や狼煙のように見える。


「もしかして、この下には民家があるのでは?」


 剣一郎に尋ねられたミカは、恐る恐るこたえた。


「……村がありますけど」


 やはり、と険しい顔になって呟く剣一郎。


「人のたくさん住む集落のこんなに近くで、大型の敵と戦うなんて………。これはちょっと、とんでもない話ですよ」


 彼は、首を振った。


「はっきり言って狂っています」


 ――狂ってるのはおまえだろ……


 参加者たちは示し合わせたようにそう思ったが、剣一郎はまったく気付かず言を続ける。


「最低でも山を二つ超えた場所でやらないと、リスクが高すぎる」

「でも、この敵はこの場所じゃないと、出てこないんだって」


 男子の一人がそう告げたが、自分の思考に没入している剣一郎の耳には届かなかったようで、ブツブツ呟く声が聞こえてきただけだった。


「会敵してしまった以上はここで戦うしかないか……しかし、その前に敵を誘導できればあるいは……」


 彼はふと画面内のあるキャラクターに目を止める。


「先程から気になっていたのですが、戦士の間を走り回っている、この動物はなんですか?」


 この異世界ゲームに詳しくなくて……と少し恥ずかし気に言い足す剣一郎。

 有名ゲームに無知なことを恥ずかしがるより、もっと別のことを恥ずかしがった方が良い気もするが、とにかく彼は猫に似た二足歩行の亜人キャラを指さし、そう尋ねた。


「ああ、こいつはただのお供だよ。プレイヤーが操作してるんじゃない」


 男子の一人がこたえる。


「お供というと従者じゅうしゃとして参加しているパーティメンバーでしょうか」

「従者って……まあそんな感じかな」

「なるほど」


 剣一郎は再び沈思黙考にふける。


「俺なら、この従者におとりになるよう指示を出すかな」


 やがて彼がぽつりと告げた。


「動きはそこそこ機敏だが、戦力的にはあまり役に立っていないし……。敵を山の向こうに誘導するために生餌いきえとして全力で頑張ってもらう」

「ええっっ!?」


 何人かが同時に声を上げる。


「もちろん、彼が生き残れるよう、こちらも全力でサポートします。でも、従者とはいえ作戦に加わった以上、やはり殉職する覚悟はしてもらわねばなりません」


 殉職とかいう、普通にゲームをやる分にはまず使われないワードに、目を丸くする一同。


 再び部屋に沈黙が下りる。


「あのう……」


 やがてミカがおずおず口を開いた。


「もし万一ですけど、あなたと私が付き合うことになったら、その、いまみたいなクソ話……じゃなくて、アドバイスをいつも受けることになるのでしょうか?」


 彼女の問いに、剣一郎は腕を組んで即答する。


「もちろんです。恋人の冒険の生還率を上げるのは、当然の義務ですから。異世界へ旅立つゲームをする時は、常にあなたの背後に守護霊のように立って助言しますよ」

「あ、すみません、一昨年亡くなったおぼあちゃんが危篤きとくだって、家族から連絡が……。今日はこれで失礼させてもらいます」


 そう告げるや、そそくさと部屋を後にするミカ。


 ――まず一名脱落ね……


 女神は胸中でため息を吐いた。

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