第3話 街コンが始まって元勇者の俺が自己紹介することになったけど、なにか質問ある?

「本日はお集まりいただき、ありがとうございます」


 女神が一同に深々と頭を下げて言った。


 男は剣一郎けんいちろうを含め4人。

 対する女性陣も彼女を入れて4人。


 総勢8名。

 街コンサイトで、彼女自らが主催者となって集めた、本日の参加者たちである。

 学生限定にしたので、全員若く、歳の離れた社会人などは見当たらない。


「では、まず自己紹介をお願いします」


 女神はそう言って、テーブルの一番端に座る男子を促した。

 順番に、名前と所属する大学、趣味などを述べてゆく男たち。

 最後に、剣一郎に出番が回ってきた。


九重剣一郎ここのえけんいちろうです。○×大学環境生物学部1年です。趣味は経験値稼ぎです」


 テーブルに着く一同の顔が一様に、『ん?』となる。


 ごほん、と女神がわざとらしく咳払いをして、彼に目配せした。

 幸いにも、彼女の行動の意味が伝わったらしく、剣一郎は慌てて付け足す。


「あ、すみません。経験値稼ぎは、趣味というより仕事というべきですよね」


 全然伝わっていなかった。


 だが、この程度は女神の想定の範囲内だった。

 彼女は何事もなかったかのように笑顔で司会を続ける。


「はい、みなさま今の発言にご注目で~す。なんと彼は――」


 そこでためを入れ、彼を、『ジャン!』とばかりに手で示す。


「最近話題になっている異世界返りさんなんですぅ!」


 居並ぶ女性たちが、異口同音に、『おおー!?』という感嘆の声を上げた。


 にやりと心の中でほくそ笑む女神。


 ――初対面ではインパクトが肝要かんよう。やはり、この情報を募集の段階ではあえて伏せおいて、正解でしたわ


 彼女は剣一郎と違い、入念なプランを練って、この街コンに挑んでいたのである。

 参加希望者のプロフらん丁寧ていねいに確認し、趣味に「やろうやカキヨミの投稿作を読むこと」とか、「読書(ラノベがメイン)」と記してある女の子を精査して選んだのだ。

 この手の趣味を持つ人間が、異世界返りの彼に関心を持たないはずがない。


 案の定、三人の女の子たちの剣一郎を見る目が微妙に変化したのを見て取り、女神は再度にやりとする。


 もちろん、戦略はそれだけではない。


「あー、すみません主催者さん。とりあえず、連絡先を教えてもらっていいっすかぁー」


 一番最初に自己紹介した男子が、彼女にそう尋ねてきた。


「おいおい、おまえちょっと早すぎね?」

「それを聞いちゃっていいなら、俺もLI○Eを教えて欲しいし」


 他の二人も口々に告げてくる。


 ――これも計算通り


 女神は唇の端を僅かに吊り上げ、笑みを形作る。

 彼女が厳選したのは、女子だけではない。男子の方も同様である。

 プロフ欄の様々な要素を分析し、「北欧美女フェチ」の傾向があること、および「年上のお姉さんに、もてあそばされるのを好む性癖がある」ことが垣間見える男子学生を選び出したのだ。


 目的は自分がちやほやされること――ではもちろんない。

 剣一郎を除く男子のターゲットをひとえに自分に集め、他の女子が手隙になる状況を作り出すためだ。

 ほかが狙えないとなれば、必然的に彼女たちの的は残った男子――つまり剣一郎のみに向かうこととなる。


「おねえさん、ほんと綺麗っすねぇ」

「マジでこんな美女生まれて初めて見るレベルっす」

「俺、今日のために生きてきたのかも……」


 競い合うように賛辞の言葉を口にする男子たち。

 繰り返すが、彼女は自分がちやほやされたいから、戦略を練ったのでは断じてない。

 称賛を浴びて少し小鼻が膨らんでいるように見えるのは、気のせいである。


「まあ! ありがとうございます♪ でも、わたくしたちにも自己紹介をさせてくださる?」


 はい、と聞き分けの良い犬のように同時に頷く男子連中を尻目に、女神は女性参加者たちの様子をうかがう。

 こちらを見る女の子たちから、『こいつあざとい真似しやがってよお』という圧を感じたが、まあそんなことはどうでもよい。

 肝心なのは、彼女の狙い通り、剣一郎が女子の標的になっているかどうかだ。


 女の子たちは、彼を囲むように座りなおしていた。


 場は、女神中心に男子が集まり、剣一郎サイドには女子たちが群れている二極化の構図となっている。


 ――完璧だ


 事前に考えておいた某有名女子大の嘘っぱち自己紹介をしつつ、心中で黒い笑みを浮かべる女神。


 そう。

 この元勇者の青年はそこそこイケメンだし、背は高いしで、黙っていれば、実は決してスペックは低くないのだ。

 ……黙っていれば。


 そんなことを思いつつ、女神は口元に手を当てて、少し離れた女性陣に声を投げかける。


「では、順番に女子の方も自己紹介をお願いしまーす」


 彼女たちの中で一番小柄な女子が振り返った。


「ミカです。大学で生物学を勉強しています」


 彼女はアーモンドのようなくりくりとした瞳を剣一郎に向ける。


「九重さんも生物学部でしたよね?」

「あ、はい。勇者柄しごとがら魔物せいぶつの生態とかに興味があって…」

「なんだか私と話が合いそうですね」


 にっこり笑ってそう告げる。


「はーい、ヒルみんでぇす」


 そんな彼女を押しのけるように、短髪の女子が元気よく手を上げて続く。


「体育大学に通ってまぁす。体育教師になるのが夢でぇす」


 ヒルみんと告げた女子は、細身の引き締まった肢体ごと、剣一郎に向き直る。


「剣一郎君だっけ。ケンくんでいいかな? もしかしてなにかスポーツやってた?」

「あー、スポーツというか、剣技を少々」

「やっぱりね! ちょー身体がデキてるから、絶対なんかやってると思ったぁ。剣技って、剣道とかフェンシングかな?」

「どちらでもないですけど、対人戦もやりましたよ。木刀ではなく、全部真剣での勝負でしたけど」


 微妙に嚙み合っていないながらも話が盛り上がり始めた二人を見て、女神はそっと口の端を舐めた。

 いい流れだ。これはいける……


 だが、ここで彼女はあえて最後の一人を促す。


「はいはーい。それじゃ、そちらのサマーニットの似合う綺麗なお姉さん、自己紹介をお願いしま~す」


 指名を受けて丁寧に頭を下げたのは、誰に聞いても見目麗みめうるわしいと判断されるであろう、美女だった。

 腰まで届くウェーブのかかった金髪。雪のように白い肌。柔和な顔立ち。

 スタイルも抜群で、サマーニットの胸元ははち切れんばかりだった。


「マリンです。看護学校に通っています。本日はよろしくお願いします」


 そう告げて再度一礼すると、どこかわざとらしく、ふらっと頭を剣一郎の方にもたせかける。


「あらやだ。酔ってしまったのかしら」


 いや、まだお酒出てきてないでしょ、と心の中で突っ込みつつ、女神はまた黒い笑みを浮かべた。

 この子も脈ありだ。


「それじゃ、今日は楽しくいこうねー♪」


 快活な声でそう宣言する女神。


 ――すべて計算通り


 殺人ノートを巡る少し古い漫画の主人公のような腹黒い笑みを浮かべる女神だったが、しかし、彼女は重大なことを忘れていた。

 彼のためのイベントである以上、ここから先はどうしても剣一郎にターンを回さねばならないということを。


『九重剣一郎は黙っていれば、スペックは低くない。黙っていれば』


 これから、彼女は策士策におぼれるという言葉の意味を、身をもって知ることとなるのであった……。

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