第25話

 扉の先には、埃っぽい空気が充満していた。

 鼻腔に埃の臭いを含んだ、嫌な空気が飛び込んで来る、蒼斗は顔をしかめながら、鼻を押さえようと、顔に手を近づけるが、すぐにこつん、と、冷たくて固い鉄の感触が指先に触れた。例の仮面だ、このおかげで鼻を押さえる事も出来ない……

 蒼斗は顔をしかめたまま、正面を見る。

 そこには、かなりの広さの上り階段があった、何の変哲も無い、コンクリート打ちっぱなしの階段だ、辺りを見回すが、他には通路も無いし、今の様な扉も見当たらない、つまりはこの階段を進む以外に道は無い、という事だ。

 蒼斗はゆっくりと……

 ゆっくりと、階段に向かって足を踏み出す。

 かつん……

 と。

 それほど力を入れて踏み出したつもりも無いのに、異様に大きな足音が響いた。

 蒼斗はそのまま、階段をゆっくりと上って行く。


 かつん。

 かつん。

 かつん。

 と。

 足音が異様に大きく響く。それなりの広さがある階段なのに、妙な圧迫感があるのは、壁に窓が無いせいなのか、それとも仮面のスリット部分だけでは見える範囲が狭すぎるからなのだろうか?

 解らない。

 おまけに……

 蒼斗は顔を上げる。

 この階段は、とにかく長いのだ。それほど広くも無く、あまり急な階段でも無いから疲れる、という事は無いが、それでも何段も上っているうちに、自分が一体、今何処を歩いているのかが解らなくなって来る、ここは……

 ここは本当に、一体何処なのだろう?

 蒼斗は思う。

 この建物に入る前の、あの最初に目覚めた時にいた建物。

 外に出た時に見た、施設全体を覆う高い壁。

 そして今、自分達がいるこの建物。

 全てが謎に包まれている、一体ここは何処で……

 自分達をここに閉じ込めた『誰か』は……

 一体、何の目的で自分達をこんな場所に……?

 その手がかりは……

 蒼斗は歩きながら目を閉じる。

 そうだ。

 手がかりが、一つだけある。

 それは……あの黄島悠斗の映像だ。

 あの映像、あの映像の中で足を折られていたのは蒼斗だ。

 そして自分達をここに閉じ込めた『誰か』は、その事を知っていた。あの場所に第三者はいなかった、悠斗と一緒に、もう一人男子生徒がいたが、まさか彼が……?

 いいや、それも無いだろう。

 蒼斗は思った。あの男子生徒は、いつも黄島悠斗と一緒になって自分を虐めていた男子生徒だ。それが悠斗を殺す様な事をする訳が無いし、第一、あんな事をする理由が無い。

 なら一体……

 一体、誰が……?


 そんな事を考えて歩いていた時、不意に、段差の感触が消えた。

 蒼斗は顔を正面に向ける、どうやらようやく階段を上りきったらしい。一体どれくらい上ったのか、さすがに両脚が疲労を訴えていた。

 蒼斗は周りを見回す。

 相変わらず、床も壁もコンクリート打ちっぱなしの、とても無機質な空間だ。正面には冷たい鉄製の扉がある、そこにも何の飾り気も無く、まるで牢屋の扉のようだった。

 蒼斗はゆっくりと扉のノブに手をかける、何のアナウンスも、例のつなぎ合わせた声も聞こえ無かったけれど、きっとこの扉を開けて先に進め、という事なのだろう。

 蒼斗は思いながら、ゆっくりと扉を開け、中に入る。


 埃っぽい空気では無い、それでも何処か淀んだような空気が、蒼斗の鼻腔をついた。

 だがようやく、コンクリート打ちっぱなしで無い、きちんとした部屋に入れた事で、蒼斗は一瞬安堵の息を吐いていた。

 室内に入る、きゅ、と微かな足音がする。コンクリートとは材質の違う床……これは何の素材だろうか? やけに表面が滑らかで……

 ああ、と蒼斗は思い出す。かつて中学や高校で見た、これはリノリウムだ。そして。

 蒼斗は室内を見て、あんぐりと口を開けた。

 下の階の、あのガラスで仕切られた部屋。

 あそこと同じくらいの広さがある部屋の真ん中。

 そこに規則正しく並べられていたのは、机と椅子だ。それもまるで中学校か、小学校の教室に置いてあるような机と椅子が並べられている。

 蒼斗は黙って……

 黙って、席に近づく。机の上にはそれぞれの仮面の色と同色のテープが貼られている、つまりはそこに座れ、という事だろう。

 蒼斗は黙って机の上を見る、貼られているのは、六色のテープだった。

 赤、緑、青、紫、橙、藍……虹の七色のうち、『黄』を除く六色。つまり……

 つまり、自分達をここに閉じ込めた『誰か』は……あの第一の『ゲーム』でキイロが『失格』となる事を、既に予想していた、という事だろうか?

 解らない。

 だが……

 とにかく今は、ここに座るしか無い。

 蒼斗は黙って、椅子を引いて席についた。

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