第24話

 室内に入った蒼斗は、そのままゆっくりと……

 ゆっくりと、奥に置かれた机に向かって歩いて行く。その上にはマイクが乗っていた。

 蒼斗は、椅子に腰を下ろして、ゆっくりとマイクに口を近づける。

「俺は……」

 蒼斗は目を閉じる。

 さっきの映像の中で、黄島悠斗に脚を折られていた男子生徒。

 それは……

 それは誰でも無い。

 松風蒼斗(まつかぜあおと)。

 即ち蒼斗自身だ。

 あの事件で、蒼斗は脚を骨折した。かなり酷い骨折で、どうにか歩けるようにはなったものの、もう走ったりする事は出来ない、と医者には診断されたし、あれは高校二年生くらいの時の出来事だから、もう二年くらい前の話だが、未だに微かに続く脚の痛みと、上手く動かせないせいで、普通に歩くのも遅い足が、あれが夢では無い事を物語っている。

 そうだ。

 自分は……

 自分は、あの頃……

 蒼斗は目を閉じた。

 否。

 『あの時』に限った話じゃ無い。

 蒼斗は、思った。


 松風蒼斗。(まつかぜあおと)。

 十九歳。

 所謂、『いじめられっ子』。

 理由など知らない。とにかく小さい頃から、蒼斗はずっと周囲の同年代の子供達と馴染む事が出来ず、酷い虐めを受けていた。無視は当たり前のようにされたし、暴力を振るわれた事だってある、さすがに脚を折られる様な酷い事をされたのは、あの時が初めてだけれど……当然の如く、その心の中には、あいつらに……

 自分を虐める連中に対しての、怒りや憎しみ、怨みの感情もあった。

 そうだ。

 蒼斗は目を開けた。自分は……

 自分は……

「思っていた……」

 蒼斗は言う。

「あの連中に対して……『死ねば良い』と」

 蒼斗はマイクに口を寄せた。

 そして。

 蒼斗は口元を歪めた。あの『キイロ』が黄島悠斗(きじまゆうと)であると解った後。

 あの第一の『ゲーム』で、地雷を踏んで爆発に巻き込まれた奴の姿を見た時。

 蒼斗は一瞬……

 一瞬……


「キイロが黄島悠斗だと解り、奴が爆発に巻き込まれる映像を観た時に……俺は……」

 蒼斗は言う。

「……『ざまあみろ』と思った」

 蒼斗は、口元を笑みの形にして言う。仮面のせいで、当然その顔は見えないだろう、だけど、それでも……

 それでもきっと、蒼斗が笑っている事は、声の調子から気づいているだろう。少なくともこの模様を……

 蒼斗がこうしてマイクに向かって話しているのを見ている、この『ゲーム』の『主催者』は、それに気づいているはずだ。

 そうだ。もう言ってしまおう。

 蒼斗は、椅子の背もたれに身体を預けて言う。ぎし、と椅子が軋んだ。

「今だって、あの黄島悠斗が死んで清々した気持ちだよ」

 はは、と。

 蒼斗は笑った。

「俺は……そういう人間なんだ、人が死んだっていうのに、その相手が……」

 蒼斗は言う。

「その相手が、自分を昔虐めて、しかも脚に酷い傷を負わせた相手だと解って、すっきりとしている、残酷で、卑怯な人間だよ」

 ははは。

 と。

 蒼斗は気がつけば、声を上げて笑っていた。

 そして。

 蒼斗は黙って……

 黙って、マイクを見ていた。

 ややあって。


 がちゃ……


 微かな音がした。音がした方に目をやると、デスクの置かれた正面にある壁、例の黄島悠斗の姿が映っていたモニターの横、そこに扉があった、周囲の壁と同じ色に塗られていて、近くで見なければ解らなかっただろう、ノブまで同じ様な色に塗られているせいで、ますます近づかなければ解らなかっただろう。

 蒼斗は、ゆっくりと……

 ゆっくりと、机から立ち上がった。

 そのまま扉に歩み寄り、ノブに手をかけ、扉を開ける。

 ちらり、と。

 横にあるモニターを見る、あの黄島悠斗の姿を映していたモニターだ。

 そこには大きく……

 大きく、『○』と表示されている。つまり自分の言った事は、『嘘』では無い『真実』だと……

 そして。

 そして。

 『罪』だ、と。

 この『ゲーム』の『主催者』は判断した、という事だ。

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