第21話
『なあ?』
映像の中から、黄島悠斗の下卑た声が聞こえた。
『どうせお前は足遅いし、もう『これ』要らないよなあ?』
ひひひ、と。
悠斗が品の無い声で笑う。
『何を……』
映像の中にいる少年が、抗議するような声を上げる。
だけど。
悠斗はにやにやしたまま、隣にいる少年に目配せをした。
もう一人の少年は、その目配せに頷くと、スマートフォンをポケットに戻して、ゆっくりとした足取りで、壁を背にしている少年に向かって近づいて行く。
そして。
スマートフォンを持っていた少年は、壁を背にした少年の右の足を掴んで、ぐいっ、と強引に引っ張って伸ばし、そのまま脇の下に脛の辺りを挟み込んで、がっちりと固定した。
さらにはポケットに手を突っ込んで、一枚のハンカチを取り出すと、それを強引に足を掴んでいる少年の口の中に、丸めて突っ込んだ、叫び声を上げられないようにする為、という事だろう。
そして……
そして。
『どうせ要らない足なら……』
黄島悠斗が、ヘラヘラ笑っているのが解る口調で言う。
『俺様が……』
「止めなさいっ!!」
映像に向かって、誰かが叫んだ。
それはユカリだった。
「なんて事を……!!」
アカも、怒った口調で言う。だが無論、それは映像の中にいる黄島悠斗に聞こえるはずが無い、それ以前に、これは過去に起きた出来事なのだから、当然変わるはずが無いのだ。
そして。
悠斗が、ぶんっ、とバットを振り上げた。
『ぶっ潰してやる、よおっ!!』
そのまま、バットが振り下ろされる。
「……っ」
蒼斗は、思わず顔を背けていた。
ざざ……
顔を背け、目を閉じていた蒼斗の耳に、いつの間にかさっきも聞いたノイズ音が届いた。
恐る恐る、顔をモニターに戻すと、そこにはもう、あの映像は映っておらず、代わりに最初に見た、あの黄島悠斗の顔が映っていた。
そして。
『確かに』
モニターから、またしても、いくつもの単語をでたらめに組み合わせて作った、あの声がした。
『彼には、才能があった』
モニターからの声が言う。
『速く走る才能、彼は順調にいけば、恐らくは世界すら狙うことが出来ただろう』
誰も何も言わない。
蒼斗も黙って、モニターを見ていた。
『だが……』
声が、今度はやや、低い声に変わる。
そして。
モニターに映った黄島悠斗の顔が、ぱっ、と切り替わる。
次に大写しになったのは、さっき、あの少年の右足にバットを振り下ろした時の映像で、散々見た、あの下卑た笑顔のアップだった。
『彼には、才能があった』
モニターからの声が、同じ言葉をまた告げた。
『しかし、彼はその才能を、『自分だけが持つ特別なもの』だと思い込み、『自分よりも足が遅い』というだけの理由で、他者を見下し、あまつさえ傷つけた』
モニターからの声が言う。
そして。
ざざ、と音がして、またしても映像が切り替わる。
次にモニターに映ったのは、どうやら先ほど行われた最初の『ゲーム』の映像らしい、黄島悠斗とおぼしき、黄色いラインが入った仮面を被った青年が、猛スピードで他の者達を引き離して走って行く映像が、多分高い位置に設置されたカメラで撮影されていたのだろう、鮮明に写っている。
そして。
やがて、コース上の地雷を踏んだのだろう、土埃が舞い上がり、振動がカメラを揺らし、映像が一瞬途切れた。
カメラが映像を回復した時には、もうもうたる土埃しか映っていなかった、けれど……
きっとあの中に……
黄島悠斗が、倒れているのだろう。
モニターからは、またしても声が響いた。
『先ほどの『ゲーム』においても、彼は『自分一人だけが一番に『ゴール』に辿り着く』という、その事ばかりに捕らわれ、他のメンバーを顧みようとしなかった』
声が言う。
『傲慢、野蛮、かつ人を傷つける事を何とも思わない下劣な人間』
ざ、ざざ、と。
またしてもノイズ音が響き、モニターの映像が切り替わり、映ったのは最初に見た黄島悠斗の顔だ。
『そのような人間に、生きる価値は無い』
モニターからの声が言った瞬間。
黄島悠斗の写真が一瞬にして、色を失ってモノクロになる。
そして。
『キイロ=黄島悠斗 リタイア』
どろり、と。
真っ赤な血が流れるエフェクトが、黄島悠斗の顔を覆い隠し、血の中から浮かび上がるようにそのメッセージが表示され……
ぶつっ、と。
微かな音がして、モニターが真っ暗になる。
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