第18話

 そのままミドリは、不快そうにくるり、と蒼斗とユカリに背を向け、近づいて来た時と同じ様に、ドスドスと荒々しく離れて行った。

「……大丈夫?」

 ユカリが、蒼斗の顔をすっ、と覗き込んでくる。

「……っ」

 蒼斗は慌てて顔を背けた。仮面のスリット越しに顔を見られでもしたら……

 だが。

「大丈夫よ」

 くすっ、と。

 ユカリが笑う。

「どうせこのスリットだけじゃあ、顔ははっきりと見えないしね」

 ふふ、と。

 ユカリは笑う。

「……そう、なのか……」

 蒼斗はユカリの顔を見る。

「嘘だと思うのなら、ほら、私の顔も見てみてよ」

 ユカリはゆっくりと……

 ゆっくりと、顔を近づけて来る。

 蒼斗は言われるがままに……

 スリット越しに、ユカリの顔を見る。

 確かに……

 仮面の中は真っ暗で、はっきりとユカリの顔は見えなかった。

「ほらね」

 ふふ、と。

 ユカリは笑った。

「だからまあ、スリットから覗いたって顔は見られ無いわよ」

 そのままユカリはゆっくりと……

 ゆっくりと、蒼斗から離れた。

「で、貴方は大丈夫なの?」

「……あ ああ」

 蒼斗は頷く。

 引っ張られたせいで乱れた服を整え、蒼斗はユカリを見る。

「大丈夫だよ」

 蒼斗は言う。仮面のせいで見えないのだろうが、穏やかにユカリに笑いかけて。

「心配してくれて、ありがとう、それに……」

 蒼斗は、軽く……

 軽く、俯いた。

「君のおかげで……その……」

 蒼斗は目を閉じる。

 そうだ。

 どんな理由があろうとも、キイロを……

 キイロを、蒼斗が見殺しにした、という事実に変わりは無いのだ。

 蒼斗は、息を吐く。

「その……」

「……あのキイロが死んだのは、貴方のせいじゃない」

 ユカリが言う。

「貴方が、重荷に感じる必要なんか無いのよ、私も、それにミドリも、他のみんなだって、キイロを見捨てたの、そして……生き残って、『ここ』にいるんだから」

 ユカリはそう言うと、ゆっくりと手を伸ばして、蒼斗の右手をぎゅっ、と握った。

「っ」

 突然の事に、蒼斗はぎょっ、とした。こんな状況でも、多分自分のとそれほど年齢の変わらない女性に手を握られる、という事に、思わずドキリ、としてしまう。

「貴方は、気にする必要は無いのよ、だから……苦しまないで」

「……あ うん……」

 蒼斗は、頷いた。


 ざざ……


「っ」

 その時。

 唐突に響いた耳障りなノイズ音が、蒼斗の思考を現実に引き戻した。

 ユカリも、蒼斗の右手から手を離した。温かくて柔らかな温もりが消えて、蒼斗は何だか残念に思えたが、今はそれどころじゃ無い。

 蒼斗は音がした方を振り返る。

 それは……

 部屋の真ん中を仕切る、あの窓ガラス。

 その向こうに設置された、あの大きなモニター。

 そこに、何かが映り始めていた。

「……まさか……」

 蒼斗は呟く。

 まさか……

 次の『ゲーム』が始まるのだろうか?

 蒼斗は、ぎゅっと……

 拳を、握りしめた。


 ややあって。

 画面に映ったのは……

 一人の、少年の姿だった。

 蒼斗は黙って。

 黙って、その映像を見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る