第17話

 バタバタ、バタバタと。

 いくつもの足音が、部屋の中に飛び込んで来る。

 ややあって……

 足音が、全て聞こえなくなった頃……

 蒼斗は、ゆっくりと……

 ゆっくりと、息を吐いた。


 蒼斗は、顔を上げる。目の前に広がっているのは、広い部屋だった。

 すぐ目の前には、大きなガラスが張られ、真ん中の辺りで部屋が仕切られている、その向こうには、パイプ椅子とスチール製のデスクが置かれている、デスクの上には、何か細長い物が置かれているようだけれど、それが何なのかは、ここからでは見えない。

 そして。

 そのデスクの置かれた場所の上の方。

 そこには、この建物の入り口にもあった、あの大きなモニターが設置されている。

 またあそこに、何かが映るのだろう、そう思って蒼斗は、じっと……

 じっと、モニターを見ていた。

 だが。

 モニターには、何かが映る気配は無く……

 その代わりに……

 どす、どす、どす、と。

 怒っているような。

 否。

 怒っている事がよく解る足音が、こちらに真っ直ぐに近づいて来る。

 蒼斗はそちらを振り返る。

 ミドリが、蒼斗のすぐ目の前に立っていた。

「……どうし……」

 た? と聞くよりも早く。

 ミドリが、右手を伸ばして蒼斗の胸ぐらを掴んでぐいっ、と身体を引っ張り上げる。

「っ!?」

 蒼斗は息を呑んでいた、だけどミドリは気にした様子も無く、仮面を被った顔を、蒼斗にぐいっ、と近づけて来る。

「こ この……人殺しが!!」

 ミドリが怒鳴り付ける。

「ひ 人殺し?」

 思わず問いかける蒼斗に、ミドリが怒鳴り付ける。

「しらばっくれるんじゃねえ!!」

 ミドリは叫んだ。

「な 何の話だよ?」

 蒼斗は問いかける。

「何でだ!?」

 ミドリが叫ぶ。

「なんであの時、キイロを見捨てて『走れ』なんて言いやがった!?」

「……それは……さっきも説明しただろう?」

 蒼斗は言う。

「最初に、あのモニターから流れたメッセージは、『何があっても十分以内に辿り着け』と言っていたじゃないか」

 そう。

 あのモニターから流れたメッセージは、確かにそう言っていたのだ。

「それをもしも守れなければ、一体どうなるか……」

 蒼斗は言う。

「そんなの、解らないじゃないか!?」

 ミドリは怒鳴る。

「もしも、何の『ペナルティ』も課せられないんだとしたら、解ってるのかよお前!!」

「……それは……」

 蒼斗は口ごもる。

「もしも、何の『ペナルティ』も無いんだったら、お前は助けられる人間を見殺しにしたんだ!!」

 ミドリは叫ぶ。

 蒼斗は何も言わない。

「さっき、俺は聞いたんだ……キイロの横を走り抜けた時に……」

 ミドリは、歯ぎしりしながら言う。

「あいつ、言ったんだよ……」

 ミドリは告げた。

「『助けてくれ……ミドリ』って」

 その言葉に。

 蒼斗は……

 そして。

 他のみんなも、言葉を失っていた。


 だが。

 ややあって。

「止めなさい」

 声がする。そのまま横から伸びて来た手が、蒼斗の胸ぐらを掴んでいたミドリの手を、ゆっくりと払いのけた。

 ミドリがそちらを見る。

 蒼斗もそちらを見る。

 ユカリだった。

「貴方の言う事は、確かに正しいかも知れないわ、ミドリ」

 ユカリが言う。

「だけど、あの状況でもしも……キイロを助ける為に、私達全員があの場に留まっていたら、どんな目に遭っていたと思う?」

「……っ」

 その言葉に。

 ミドリは一瞬鼻白んだ。

「もしも、この仮面が『爆発』していたらどうなるのか、私は良く知ってるわ」

 ユカリは、はっきりと告げた。

「……それは……」

 ミドリは呻く。

「貴方も、そうなっていたかも知れない、だからこそアオは、あの時『走れ』って言ったんじゃないの?」

「で でも……」

 ミドリは言う。

「確かに、どうにかすればキイロを助けられたかも知れない、でも、私達全員が死んでいたという可能性だってある、実際……」

 ユカリは言う。

「貴方がここに辿り着けたのは、彼の警告のおかげでしょう?」

 ユカリは告げた。

「でも、だからって……」

 ミドリは言う。

「それに」

 ユカリは告げる。

「勘違いしているみたいだから言うけれど」

 ユカリは、スリット越しでも、真っ直ぐにミドリを見た。

「もし本当にキイロを助けたいって、そう思っているのなら、貴方はあの時、一人で残ってでもキイロを助けるべきだったんじゃない?」

「……っ」

 その言葉に、ミドリは鼻白んだ。

「だけど貴方はそれをせず、結局アオの言葉に従って、彼の後を追って走ってここに入った、つまりは……」

 ユカリは告げる。

「貴方も所詮は、キイロを見殺しにしたって事に変わりは無いの」

 ミドリは黙り込んだ。

「そんな貴方に、彼を責める資格なんか無いわ、解ったのなら離れなさい」

 その言葉に。

 ミドリは、ちっ、と舌打ちし、ゆっくりと……

 ゆっくりと、手を下ろした。

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