第15話
蒼斗達七人は、それぞれの色のラインが引かれたコースの上に立った。
左からキイロ、ミドリ、アカ、オレンジ、アイ、ユカリ、一番右側がアオ、即ち蒼斗だ。
そして。
正面の建物、その入り口の上に設置されたモニターには、いつの間にか競技用のピストルが映っている。
『それでは』
声がする。
『皆さん、位置について下さい』
その言葉に、七人は同時にしゃがみ込んだ。所謂『クラウチングスタート』の姿勢だ。
別にそういう指示があった、という訳では無いけれど、マラソンのコースの様に引かれたラインを見て、きっとこういう風に走る事になるのだろう、と皆が何となく察していた。
そしてどうやら、その予想は間違っていなかったらしい。
『用意……』
映像の中から声がする。
やはり、その声は、いちいち違う声になっている。
だがそんな事はどうでも良かった。
蒼斗達は声に従い、腰を持ち上げる。
そして。
『スタート!!』
声が響き、モニターの中でピストルが放たれる。
それと同時に、蒼斗達七人は走り出した。
「……ぐっ……」
走り出してすぐに、蒼斗は微かに呻いた。
足首が、痛い。
昔から、蒼斗は運動はあまり得意では無いのだ、しかも……
しかも……蒼斗は、今はあまり足を激しく動かせない。
かつて、ある事件がきっかけで、蒼斗は右の足首を骨折した事があるのだ、どうにか骨はくっついて、日常生活には支障が無い様にはなったけれど、それでも激しい運動などをすると、ずきん、と足が痛むし、しかも上手く足を動かせない、おまけに頭の仮面が重いし、視界も例のスリット部分の僅かな隙間しか無いせいで、コース上をきちんと走れているのかどうかすらも危ういくらいだ。
「うう……」
蒼斗は呻いた。あっという間に他の六人との差が付いていくのが解る、自分のすぐ前を走っているユカリでさえも、かなり離れているのが解る。
そして。
トップにいるのは、キイロだった、黄色いラインを、まるで風のような速さでビュンビュンと走って行くのが見えた、陸上か何かをやっているのだろうか? 仮面の重さや視界の悪さも、どうやら彼には何のハンデにもなっていないらしかった。
蒼斗は、キイロの後ろ姿をじっと……
じっと、見ていた。
ビュンビュンと、風が身体を通り過ぎていくのが解る。
黄島悠斗(きじまゆうと)は、全身でその風を感じながら、心地良い感情と共にコースを走っていた。
スポーツ推薦で、今の大学へ行ってから、ますます順調にタイムを伸ばしている、この変な仮面の重さと、きちんとスポーツウェアに着替えていないせいで走りにくいが、そんな事は何のハンデにもならない、コースの上をしっかりと走っているという感覚、他の連中をどんどん引き離している、というのも解る。
顔を上げ、正面を見る。
いつの間にか、あの大きな建物の出入り口の上に設置されたモニターには、デジタル式の数字が映っていた、それが一秒ごとに数字が減っている、さっきの映像の中で、十分以内にあの建物の入り口に辿り着け、という指示があったから、つまりはあれは、制限時間を計るタイマー、というところだろう。
残り時間は……九分程度、既に半分以上過ぎている、ここに記録係がいないのが残念だ、これは……かなり良いタイムでは無いだろうか?
悠斗は、微かに笑う。足の速さでならば、自分は誰にも負けない。こんな場所でも、それは変わらない。
ちらりと背後を見る。自分に追いつけそうな者は、案の定誰もいない。唯一、アカだけがなかなかのペースだが、それも平均より少し上、という程度だろう、他の連中は平均レベルかそれ以下か。
ただ一人。
その中で一番遅いのは、アオだ。足でも悪いのか、妙なフォームで、どたどたと情けなく走っている、悠斗はそのアオの走りを見て、思わず笑いそうになってしまった。
視線を正面に戻す。
そうだ。
自分は……
自分は、この足で、いずれ世界の頂点を目指すのだ。誰であろうとも、自分には追いつかせないし、自分の前を走らせはしない、もっとも、そんな人間はいないが……
そうだ。
だからこそ自分は、こんな頭のおかしい『ゲーム』になんか関わっている暇は無いのだ。
一刻も早く、こんな場所は抜け出して、元の生活に戻らなくてはいけない。
自分の足で、世界に輝く。
その栄光を掴める、あの場所へ。
そんな事を考えながら、悠斗は走り続けた。
ゴールは、もうすぐだ。
こんな場所であろうとも……自分は……
自分は、誰にも負けない。頂点に立つのだ。
そう思って、悠斗は足を踏み出した。
その瞬間。
かち……
と。
微かな音が、足下で聞こえた。
そして。
激しい爆発音と衝撃が、悠斗の身体を、後方へと吹き飛ばした。
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